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生まれ変わってもきっと・・・(後編)

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「仕方がないだろう? 君の周辺にはそういう話題が多いじゃないか。誤解もするさ。」

「全部、貴方の誤解ですからねっ!本当、酷い。」

壁面のほとんどが作り付けの本棚で埋め尽くされた執務室の赤いソファーに座り、充血した目で向かい側から此方を見るブラッドを睨み返しながら紅茶を啜る。自分が男の間を渡り歩いている女だと思われていたというのがとても悔しい。何処からそんな誤解が生まれたのだろうか。

「ふふ、そうか?宰相閣下にハートの騎士。うちのエリオットや門番も手玉に取っているだろう・・」
「ちょっと待ってよ!なんでエリオットとディーとダムが出てくるのよ。全然関係ないでしょう?それに手玉に取るって言い方、止めてね。全然、そんなんじゃないんだから。」

少し大きい音を立ててカップを皿の上に戻す。真っ白な生地にレリーフと金の縁取りのあるカップの中で紅茶が波打つ。ペーターやエースの事だって、アリスは自分は被害を被っている側だと思っているのだ。それを関係無い名前まで挙げて話を大きくしないで欲しい。

「エリオットはすっかり骨抜きにされてしまっているじゃないか。君にベッタリだ。一緒に昼寝は貪るわ、上司の前でもデレデレするわで、とてもマフィアの幹部の行状とは言い難いぞ。門番共は、門番共で君が原因で仲違いしている。まったく、帽子屋ファミリーを潰す気なのか、君は。」

「んもう!話を勝手に作らないでよ。エリオットは凄く親切なだけよ?誤解してるわ。本当にお互い友達としか思っていないの。それから、なんでディーとダムが私のことで喧嘩するのよ。あり得ないわ。」

「さあな。君は一人しか居ないからじゃないか?」
「はぁ?何言ってるの?」
「そのままだろう。君と付き合うのはどちらか一人ってことだろう。」

ああ・・・と納得している場合ではない。そうではなくて、こんな年上を恋愛対称にすること自体があり得ないのだと言いたかったのだ。ブラッドにそのまま言うと笑い出した。

「ははは・・・年上好きなんだろう。いいじゃないか。今の君となら、彼らの方がうわ手だ。お似合いかもしれないな。」

見るからに子供のディーとダムがお似合いだなんて、年頃の女性を余りにも馬鹿にした発言にカチンと来る。

「ちょっと失礼じゃない。確かに私には自慢できるような恋愛経験は無いけど、だからってあんなに年下と一緒にされるなんて心外だわ。」

ブラッドは薄く笑いながら、彼らの見た目に惑わされてはいけないとだけ言う。それから、今回の乙女の危機をアリスに謝るどころか、君のせいだと言い出した。これにはアリスも言葉を失う。驚き、且つ沸騰するほどに怒りで身体が熱くなる。ブラッドの顔を見て、投げつける言葉を選ぶ。あんな事をしておいて、よくも抜け抜けと。沸々と湧き上がる怒り。ところが、何かきつい一言を浴びせたいと考えているうちに発言の機会を逸してしまった。

「君は初対面の時、私を凝視していただろう。それで私に気があるのかと思ったんだ。」

「わ、私は初対面の男性に好意を抱くほど軽率な人間じゃないわよ!!」

「おや、では私の勘違いかな?」

目の前の男は余裕の表情でじっとアリスを見る。私の言っていることに間違いはないだろうという自信を持って。反論の言葉が返せない。見詰めてしまったのは事実だ。それで誤解されてしまったのなら、どう言ったらいいのだろう。貴方と、私の失恋相手が瓜二つでしたなどとは口が裂けても言いたくはない。この男にそんなことを言えば、そこに付け込まれてどんな目に遭うか、想像に難くないからだ。

「それは、驚いたからよ。知人に余りに似ていたから。」
「ほう?」

それ以上は言わない。言えない。だが相手は興味津々のようで、その後に続く言葉を待っているように見えた。だが言葉は継がない。表情で訊いて来る。その此方を見る視線に耐えかねて、思わず苦し紛れに言葉が出てしまう。

「ち、父親の若い頃にそっくりなのよ、貴方。」

ブラッドは、父親ねぇと言った後ククク・・と笑いを漏らした。それは次第に大きくなって、背もたれに寄り掛かり、顔を上に向けて大笑いになる。暫く部屋に笑い声だけが響いていた。

「なるほどね、君はファザコンか。だから時計屋の所に居るのか。」

まだ笑いの残る声で言われた言葉に、アリスは呆気にとられた。この男はどうしてこうも人の発想の斜め上を行くのだろうか。会話の流れが全く読めない。少なくともこの部屋で交わされた会話は、全てアリスの予想を裏切っている。

(ファザコンじゃないし!どうして此処でユリウスを絡めてくるのよ。関係ないじゃない。普通に父親似で納得してよ。この話題なら、流れ的にどういう父親なのかとかそっちに行く展開でしょ。本当、信じられない。)

話題の方向性が自分の予想の範疇を超える可能性に、これ以上この件については口を開かない方が賢明だと判断したアリスは、不満げな表情のまま黙ってブラッドの顔を見ながら紅茶を口に含む。彼は此方を見ながら何が可笑しいのかまだクスクスと笑っていた。

バァン!!

小さな笑い声と、食器の触れる音しかしない静かな空気は、勢いよく開いた扉の大きな音に破られた。驚いたアリスは、手にしていたカップとソーサーを取り落とす。ガシャンと砕ける音と共に足元に落ちた。
エリオットが勢いよく飛び込んで来て、あれ?と言う声と共にアリスとブラッドを不思議そうに見ている。

「お嬢さん、大丈夫か? それに触らなくていい。使用人に片付けさせる。エリオット、ノックぐらい出来るだろう。お嬢さんが驚いているじゃないか。」 
「あ?ああ、悪い悪い。」

何か急ぎの用事でもあって飛び込んで来たのだろうエリオットはぼんやりしていた。

「何で二人でお茶飲んでんだ?」

エリオットの不思議そうな声に、足元の砕けた食器を見ていたアリスは思わず顔を上げる。ブラッドも此方を見ていた。
ブラッドはエリオットの方へ顔を向けながら、聞き返す。

「私が、私の屋敷の客人とお茶を飲むのがそんなに驚くことなのか?エリオット。ノックも忘れるほどに。」
「あ・・いや~、そういうわけじゃねぇんだけどよ。なんつーか、ほら二人は何か相性悪いのかなーって思ってたからさ。ははは。」

「私が、お前のお気に入りの女性に不埒な真似でもすると思ったか?」
「えー!! それはねぇって。ブラッドは紳士だもんな。」

目の前の男を信じ切っているという言葉を聞くと、アリスは無言で立ち上がりエリオットのほうへ向った。

「ねぇ、エリオット。ちょっとその腰の銃貸して頂戴。私、今、無性に誰かに向って引き金を引きたい気分だわ。こんな気持ち生まれて初めてよ。」

「えー、何なんだよ急にどうしたんだよ。この銃はあんたには無理だって。」

「そうだよ、お嬢さん。君に銃は似合わない。」

アリスは、自分の迂闊さ加減にも腹が立っていた。ブラッドは自らアリスとエリオットの関係に言及しながら、部下の女と認識していたアリスに手を出そうとしたことに今更気がついたのだ。そこに思い至らず、先刻は良いように言葉で翻弄されてしまった自分の頭を拳で何度も叩きたいくらいに悔しい。なのに、しれっと紳士面しているこの男が許せない。