生まれ変わってもきっと・・・(後編)
持って行き場の無い怒りをぶつけるべくブラッドに駆け寄ると、罵詈雑言を浴びせながらバシバシと平手でところ構わず叩き出した。ブラッドは笑いながら腕でアリスの攻撃を避けている。慌てて後ろから羽交い絞めにするエリオット。
「何だよ、仲直りしたんじゃなかったのかよ!訳わかんねーな、ほんっと。」
だが、直ぐにブラッドが心底楽しそうに笑っているのを見て、暴れるアリスを抱え上げながら、エリオットは自分の人選が間違ってはいないことを確信した。
「アリス、落ち着けって!」
廊下に出て、アリスを腕の上に座るように抱え直すと、親指を立ててニカッと笑う。そのまま、送っていくか!と屋敷の玄関に向った。
「何よ!意味わかんない。」
アリスは、エリオットにもう二度と来ないからっと宣言するが、そう言うなってと返されて、絶対に嫌っと叫んだ。
二人の出て行った扉を暫く見ていたブラッドは、立ち上がると先刻アリスの割ったカップと皿を見下ろした。
「なるほどね。エリオットが落ちるわけだ。余所者とは面白い。」
★13. 夕暮れの時計塔で・・
仕事から戻ったエリオットは、客室にいないアリスの所在がブラッドの部屋と聞いて慌てる。またトラブルになっているのではと焦って扉を開けてみれば、二人は静かにお茶を飲んでおり拍子抜けした。しかもブラッドは上機嫌だ。何がどうなっているのか、さっぱり解らない。とにかく何故突然怒り始めたのか意味不明なアリスを部屋から連れ出すと、二人で時計塔へ向かい歩きながら宥める。
「エリオットは尊敬しているんでしょうけど、私とはきっと相性が悪いのよ。」
アリスは物凄く譲歩してこう言ったのだが、当然エリオットには通じていない。しかし流石に、貴方の上司に襲われかけましたと話す気にはなれずモヤモヤする。まあ話したところで隣を歩く男の上司崇拝が変わるとは到底思えない。
「そう言うなって。あんたもブラッドのこと知ればきっと良い奴だって解ると思うぜ。」
(げ・・・ 絶対無い!!)
心の中で即否定しながら表情では苦笑いに留める。マフィアのボスに良識を期待する方が間違っているのだ。これで納得するしかないだろう。宣言通り屋敷に出向かなければ良いことだ。今となってみれば、エースが帽子屋の屋敷前で自分を連れ戻してくれなければ、時計塔という逃げ場を断たれていたかもしれない。
そんな事を考えながら歩いていると、エリオットに腕を強く掴まれる。
「アリスから離れなさい。」
聞き覚えのある声。アリスが見た時には既にお互い銃を構えていた。呆れて溜息が出る。
「ちょっと、二人とも止めてよね。私の前で銃なんか撃ったら絶対に許さないわよ!!」
この言葉に、二匹のウサギの銃の構えは変わらないものの動揺が走った。
「ペーター! 銃を仕舞って。エリオットもよ。」
口々に不満が漏れるが、一喝する。仕舞いなさい!!と。二人は渋々アリスに従った。
「アリス、貴女に会いに行く途中でした。良かった会えて。これも・・・」
「あ~、はいはい。運命運命。会えたからもう良いんでしょ? じゃ、私エリオットに送ってもらうから。」
「酷いです~。貴女、最近城に来てくれないじゃないですか。僕は寂しくてこうやって会いに来ているのに冷た過ぎですよ。そんな小汚い野うさぎと仲良くしないでくださいよ。」
「なんだと、このっ!!」
「ペーター! エリオットを煽らないでよ。」
「エリオット、此処からペーターに送ってもらうわ。」
「えー、俺よりあいつの方が良いのかよ?」
「そういう問題じゃなくて、どちらが聞分けが良い人かって問題なのよ。」
ペーターはこういう場合絶対に折れない。アリスに執着が弱いエリオットに譲ってもらった方が話が早く済むだけのことだ。ところがエリオットもただでは引き下がらない。近々遊びに行くという条件付きだった。
(ペーターったら、本当、間が悪いんだから。)
振り向いて手を振りながら、頼んだぜと意気揚々と戻っていくエリオットを見送る。
アリスが振り返ると、ペーターが手を此方に出してきた。白い手袋を着けた細く長い指を揃えて。アリスは彼の顔を見上げる。柔和な笑顔で応えるペーター。
「手を繋ぎませんか?」
「なに恥ずかしい事言ってるのよ・・」
「ほら。」
長い腕が伸びてきてフワッと手を握られた。暖かい体温に包まれた右手。同意したわけでもないが、何故かそのまま手を繋いで歩く。アリスの歩調に合わせてゆっくりと赤の時間を歩く。珍しく変質者らしい行動を取らないペーター。特に何も語らない二人。どうしてだろう、彼と居ると落ち着くのだ。心が温かくなると言ったらいいのか。ただこうして歩いているだけなのに心安らぐとは、自分でも変だと思う。隣を歩くのは、恋人でも友人でもない。誘拐・ストーキング・変質者の三拍子揃った犯罪者なのだ。それでもこうして心地良いと思う自分は何なのだろう。不思議な気持ちでペーターを見る。
(顔が美形だから?)
つい先刻まで居た帽子屋で何度か思ったブラッドの整った顔付きとはまた違う。彼と比べると、もっと中性的な部分が大きいペーターの顔。色素の薄い皮膚の色。赤い瞳を嵌め込んだ眼は白い睫毛が縁取る。細く真っ直ぐな鼻梁。口角の上がった少し薄い唇。これらを卵形の頭部、細めの顎を持つ顔に部品として乗せると、冷たい知的なペーターの顔になる。彼はまだ完全な大人の男では無く、何処か少年の名残をほんの一滴残しているのだと思われる。それが中性的なものが漂うように見せているのだろう。アリスが見ていることに気付いたのか、此方を見る。その動きに合わせて揺れた髪は、昼の陽の下で見る色と違って見えた。今は少し濁った白い頭髪。それは何時もと違う印象を与える。アリスはペーターから眼を逸らさずに見詰め合う。
「この世界は気に入っていただけましたか?」
不意に聞かれて答えに詰まる。どんどん愛着のある対象が増えていっている。これは事実だ。でも、彼が訊きたいのはそんな事ではないと解っている。胸が苦しくなる。彼を見ているのが辛くなる。
「気に入ればそれだけ帰りが辛くなるわ。」
やっとそれだけ言うと、視線を進行方向に逸らす。ペーターが、まだ戻ることを諦めてないんですねと言いながら手を強く握ってきた。そのまま口元に引き上げて指先にキスをする。アリスはどうしてだか泣きそうになった。止めてと言いながら手を振り解こうとする。
「駄目です。この手は離さない。」
急に強く言われて驚く。
「ねえ、なんだか今日の貴方は変よ?」
「僕は、何時だって貴女に変だって言われているじゃないですか。」
それはそうなんだけど・・・なんだか変の質が違う気がする。そう思いながら、長く影を落す目の前の時計塔を見た。
「ねえ、僕たちが落ちて来た場所へ行ってみませんか?」
「えっ? 嫌よ。階段長いもの。何よ今更何だって言うのよ。」
言っている間にアリスは抱き上げられた。直ぐ近くにあるペーターの顔が余りに真剣で、それ以上何も言えなくなってしまう。両手を彼の首に回して、大人しく肩越しに階段の壁を見ていた。
この場所へ来るのは二度目だ。初回は忘れもしない落下直後。
作品名:生まれ変わってもきっと・・・(後編) 作家名:沙羅紅月