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生まれ変わってもきっと・・・(後編)

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ペーターはアリスを下ろして、丁度着地した辺りの天井を見ていた。何事か、一人呟いている。その様子を見ながら景色の見える方へ移動した。眼下の景色が茜を加味されて絵のように見える。夕方とは、赤い色に染まるくせに、如何してこんなにも物悲しい気持ちにさせるのだろうか。昼間の透明な陽の光の方が、夜の闇よりも余程人の気持ちを覆い隠してしまう。この時間帯が一番人の弱い気持ちを引き摺り出すような気がする。

「此処から見ると、狭い領土の取り合いなんて、どうしようもなく不毛で馬鹿馬鹿しいことを我々はやってるんだと痛感しますよ。」

自嘲気味にペーターが言う声が頭の上から聞こえた。

「よく此処へ来るの?」

景色を見ながらアリスは聞く。

「最近、貴女に会いに来ても不在なことが多いですからね。此処は貴女と僕の思い出の場所ですよ。」

そう言いながらアリスを再び抱き上げる。丁度此処へ落ちて来た辺りの床に、直に座る様に下ろされた。
アリスの顎を持ち上げてキスをする。慌てて離れようとする彼女の後頭部にペーターの手が回されて、深く口付けられた。一度離れた唇は、顔の向きを変えてもう一度塞がれる。二度目は激しく長いキスだった。
唇が離れて、赤い瞳が見詰める。彼は一度ポケットに手を入れた後眉を顰めて、手袋で唇をゴシゴシと擦った。

「ちょっと! 人にキスしておいて何なのよ。この前もそうだったわよね。しかも、なんで貴方とのキスは苦いのよ。」

「え? ああ、すみません。雑菌が・・・」

バキッ

「ったぁ~~~痛い。酷いです、アリス。僕、そんな殴られるような事してないですよね。」
「っとに、二度も同じことしないでよ!学習能力皆無なわけ?」

アリスは立ち上がると、床に尻餅をついているペーターを見下ろした。

「口の中苦い・・・!! まさか、また変な薬飲ませたんじゃ。」

「違いますよ!! きっと此処に来る前に飲んだ紅茶に仕込んであった毒を解毒する為の薬だと思いますけど・・」
「なんですって!」

平然と怖いことを言ってくれる。アリスはもう一度ペーターを殴ろうとしたが、今度は避けられてしまった。抱き締められたチェックの上着の奥から時計の音が聞こえてくる。

「貴女を愛しています。例え貴女が僕を愛してくれなくても、僕は貴女の為なら何だって出来ます。何でもして差し上げたい。」

耳元で囁かれる。それは聞き飽きるほど聞かされたフレーズの筈なのに、何故か今は心に重く響いた。アリスの心の一番深いところまで瞬時に響いて、どうしようもなく魂を揺す振られる。気付けば涙が頬を伝っていた。どうしようもなく涙が出るわけをアリスはどうしても見付けられずにいた。

「ペーター、ごめんなさい。」

それしか言えない。ペーターはゆっくりとアリスから離れると階段を下りて行った。一瞬、彼の瞳が光っているように見えた。引き止められない。もしも見間違いではなく彼が本当に泣いているのだとしても、自分は最終的にペーターを選ばない。誰も選びようが無いのだ。元の世界に帰ると決めているから。彼もそれを感じ取っているのかも知れなかった。その場限りの自己満足で人を慰めることは、一番人を傷付けることだ。
今日のペーターは今までの中で一番変だと思いながら、アリスもペーターの後に続き階段を下りた。


★14. エース戻る

「ユリウス、ただいま。」

彼はいつもと変わらず仕事をしていて顔を上げない。アリスはキッチンでお湯を沸かす。そうしてペーターの事を考えていた。彼の言葉は何処か空ろだと何時からか気付いていた。だからこそ激しい愛の言葉も、右から左へと聞き流せていたのだ。でも今日の彼はどうかしていたとしか思えない。いや、どうかしていたのは自分の方だ。彼の言葉はいつもと同じ。何度も繰り返し聞いた言葉に涙が出てしまった自分の方がどうかしていたのだ。なにが琴線に触れたのだろうか。
気付くと湯が沸騰して、もうもうと湯気を放っていた。慌てて火を止める。
丁度コーヒーを落とし終わったところでドアが開いた。

「ただいま~。ユリウス、アリス、生きてる~?」

入り口で明るい声がする。久しく聞く声だ。ユリウスも顔を上げる。
アリスはエースの方を見て、お帰りなさいと言いながら、コーヒー二人分を作業の机の上に置く。ただいまと言いながら、ユリウスの方に壊れた時計が入った袋を渡すエース。そのまま近くの椅子に腰掛けて、アリスの淹れたコーヒーを飲む。

「あ~、美味しいよアリス。君の淹れたコーヒーって美味いよね。」
「そう? ユリウスには、まだまだって言われてるわよ?」

言いながらキッチンへ戻る。今度は自分に一杯分のコーヒーを淹れる為に。湯が沸いた頃にユリウスが来て、アリス用の一杯分をドリップしてくれた。

「まだ、お湯残ってるわよ?」
「良いんだ。これで飲んでみろ。」

アリスはカップを持ち、二人の近くに戻って一口飲んでみた。あら、何が違うのかしら? 俺にも飲ませてよ。カップを交換してまた一口。ユリウスの方がスッキリしてる。とエースが言えば、これが雑味が無いって言うことなのねとアリスが納得したように言った。こうして比較すると違いがはっきり判る。

「紅茶は最後の一滴まで注ぐけど、コーヒーはお湯を残すのね。」
「アリス、紅茶に詳しいんだね。」
「違うわ。ブラッドのところで、彼がメイドに一々煩く言っていたからよ。」

そう言えば女王陛下も煩いよ。とハートの城の話題に移り、暫く帰ってないなと呟いた。それから先刻、時計塔の下でペーターと遭遇し、いきなり銃を乱射されたと笑って話す。

「本当、俺って愛されてるよな~」
「それって愛されてるって言うの?」

エースもアリスも以前と同じ様にやり取りしている。その状況には何の違和感も無く、ずっと続いてきた日常の当たり前の風景のようだ。ユリウスはコーヒーを飲みながらそんな二人を見る。こんな景色が日常なら、詰まらない自分の人生も少しは楽しくなるのかもしれないと思いつつ。だが、エースは如何するつもりなのか、アリスの為にもそれは確かめなければならない。

アリスが三人分の空のカップをキッチンへ運んで洗っている間に、エースに口を開く。

「お前、如何するんだ?」
「如何ってアリスのこと? だったら何もしないよ。俺はこのまま時計塔に居て欲しいだけだよ。」

それはユリウスも一緒だ。以前のような一人暮らしで、時々尋ねてくるエースとの会話しかない生活には戻れない気がする。かといってアリスを選び、目の前の友人兼部下が不必要かといえばそうではない。全く面倒だと内心苛立ちを感じながら話を続ける。

「彼女が自分の方を向くまで待つと言う事か。」
「う~ん。そうなってくれると嬉しいけどね。まだ先はよくわからない。」

「もし他の男を選んだら如何するんだ?」
「ははっ。相手の男共々切っちゃうとか思ってる?流石にそこまでは・・・ん~あるかも。それより、元の世界へ帰るって言われたら切っちゃうかもしれないな。」

「お前・・それじゃ、自分を選べって言ってるようなものじゃないか。」

ユリウスは呆れる。

「やっぱりそうなっちゃうのかぁ~。誰のものにもなって欲しくないんだよな。俺以外にはさ。」