ウサギとカメ (Fairy Tales epi.1張遼)
「貴方らしい」と、そう言って笑う彼女は、張遼にはとても眩しく映った。その造形だけではない、内面の――さっき彼女が言っていた――「内面」の話。張遼を張遼として、かけがえのない一個人として認めてくれる彼女の優しさが、張遼にはとても眩しく、そして嬉しいものだった。
呂布の側近として仕えていた頃。あの頃は体も心も、張遼は間違いなく土人形だった。否、むしろ心すらなかったのかもしれない。そんな自分に心を与えてくれ、人間を教えてくれたのは彼女だ。しかも彼女は、心を与えるだけでなく、寿命という何より尊いものさえ張遼に分けてくれた。
たまに思ってしまう自分は消せない。「自分」で良かったのかと、迷う心が確かにある。
「私の代わりは、いくらでもいたのですが……」
なんとはなしに、呟いた言葉だった。今も、そう思っているわけではない。けれどそれを耳聡く聞きつけた関羽は浮かべていた笑みをさっと消し、かわりに不安げな表情が浮かぶ。それを見て、張遼は「今もそう思っているわけでは、ありませんよ」と言ってみる。関羽はとりあえず安心したように頷いたが、まだ不安が残っているのは見てとれた。そんな顔を見ると、どうして良いのかわからなくなる。困らせたいわけではなかったのだが。
作品名:ウサギとカメ (Fairy Tales epi.1張遼) 作家名:璃久