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いばらの森

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「…なぁ。大佐」
「ん?」
 鍵盤の蓋に手を掛けたまま振り返れば、手持ち無沙汰気味に(実際には恐らく照れ隠しに)スカートをもじもじといじりながら、目をそらして口を開くエドワードがいた。いささか緊張しているようにも見える。
「しばらく、オレ、ここにいるんだろ」
「あぁ…。どれくらいになるかはわからないが、とりあえずは身を隠していてくれ。なるべく早く片をつける」
 具体的に何をどうする、といったことには触れずに、ロイは鷹揚に答えた。すると…、
「…じゃあ、探しとく」
「え?」
 何を、という言葉は顔に出ていたらしく、エドワードがむっとむくれた顔をする。折角照れ臭いのを我慢して言ったのに―――という内心の非難が見て取れるような顔だった。それに笑わないように気をつけて待っていれば、鍵、と短い答え。
「…鍵…?」
「だから。…そのピアノの、鍵。探しとく。だから…」
「だから?」
「…。…して…、…その、…調律」
 言いづらそうにようやく口にしてから、うかがうように彼女はロイを見上げた。上目遣いに。ロイは一瞬息を飲んだが、…すぐに笑って、勿論、と答えた。
「ご褒美は『猫踏んじゃった』でいいぞ」
「…アルになんか弾いてもらった方がいいよ、それくらいなら…」
 この答えに、ロイは瞬きをした。不思議なことを聞いた。この子らの幼い日の思い出には、錬金術ばかりが詰まっているのかと思い込んでいたのだが。
「アルフォンスはピアノが弾けるのか」
「オレよりずっと上手い。…大体、アルって何でも出来るんだよ、あいつ昔っから小器用で…」
「一緒に習っていたのかい?」
 なんとなく想像をつけながら重ねて問えば、エドワードは渋い顔をして答える。
「習ってた、とゆーか…近所のおねーさんがたまに帰ってくると教えてくれたんだ。今にして思えば都会の音大とかに行ってたのかな。その辺覚えてないから自信ないけど…。で、母さんが習いに行けってオレに言ったんだけど、オレそういうの全然駄目で…アルが見かねてついてきてくれたんだけどさ、結局アルが上達しちゃったんだよな…」
 はぁ、とエドワードは情けなさそうに思い出し、…目の前の男が奇妙な顔をしている事に言い切ってから気付いた。
「大佐?」
「…い、いや…。何となく想像がつくよ」
「は?」
 必死で笑いを堪えるロイに、少女はただ首を傾げるだけだ。まさか目の前の男が、自分たち姉弟の昔を想像して笑いを堪えているとは夢にも思わない。…今の暴れん坊なエドワードの様子を過去に当てはめ、想像して噴出しそうになっているとは。
「…そんなことより、大佐はなんか弾けねーの?」
 なぁ、と興味深げに問いかけられ、笑いを止めたロイはふたつ瞬き。そして目を細め、困ったように首を傾げる。
「残念ながら、私も一曲しか」
「へー?なんての?」
 一曲ならオレと同じか、なんだよびびらすなよな調律とか、とほっとした様子で軽口を叩くエドワードの耳に、静かなロイの声が届いた。
「…Je te veux」
「………。……聞いた事ない…」
 やっぱりレベルが違ったか…、と途端に青褪める様子にロイは苦笑いを浮かべる。エドワードはその表情の意味を、曲名を知らなかった自分に対する苦笑とその時は解釈していたが、実際はもう少し違った意味でロイは苦笑していたのだった。どちらかといえば、自嘲に近い意味合いで。だがそれをエドワードが知るのは、もう少し後になってからだった。
 この何気ない会話に潜められた、ロイの願望を知るのもまた。もう少し、先の話。
「いつか聞かせよう。君が鍵を探してくれたら」
「…うん。オレ、探しとく」
「…その時に曲の意味も教えるよ」
「意味?」
 きょとんとした顔での問いかけに、男は首を振った。
「意味というか、曲名の意味だがね。まあ、でも、それは鍵が出てきてからのお楽しみだ」
「…なんだよ、そんなもったいぶった…。教えてくれればいいじゃん。なんて意味なんだよ」
「君にもご褒美があった方がいいだろう?だからそれは秘密だ。…屋根裏と地下室は明日、明るい時間に案内しよう。さぁ、上着を出して、戸締りをして、お隣へ行こうか。ハートネット夫人…、いや…、『ジェシカおばさん』が待ってる」
 そっと小さな背中に手を回して促すと、ロイはそう言って話題を振り替えた。エドワードはぱちりと瞬きしたが、確かに約束の時間が近づいていたので、そうだな、と深く考えずに頷いた。
「なぁ、そういやさ、アル達はいつこっちに着くんだよ。さっき電話あったんだろ?」
「うん…それが、どうもね、急な事故で渋滞に巻き込まれたとかで。夜中になるらしい」
「…じゃあ、オレ、今夜一人かもしれないんだ…」
 さきほどの「ジェシカおばさん」との会話を思い出し、少女は心細そうに眉尻を下げた。
 ロイは特に話していなかったが、婚前のふたりが一つ屋根の下でなど、と暗に彼女は言っていたし、ロイもまたそれを認めていた。ということは、ロイは今夜帰るのだろう、エドワードはそう思った。
 が…。
「いや、今夜は泊まっていく。君を一人にするわけにはいかないだろう?」
「…でも、さっき…」
「『ジェシカおばさん』は無闇に詮索するような人じゃない。それに、君を一人で残していくといったら、多分相当怒られると思うよ。うちに泊まりなさいとも言い出しかねないが…」
 正しくエドワードの不安を見抜いて、ロイは説明してやった。
「まぁ…大丈夫だと思うよ。私の誠実さは理解してくれるだろう」
「…誠実。…はー…セイジツ…へー…」
 不審げに繰り返すエドワードに、ロイは肩をすくめて苦笑いを浮かべる。
「…正直に言うと、…まあ彼女がどう思うとかいったことは二の次で、私が自分で、君を一人にしたくないんだ」
「………」
 エドワードは、ロイのこの言葉に、目を瞠って黙り込んだ。
「…、…さぁ、本当に支度しよう。それと、そうだな、少し打ち合わせもしておくか?彼女に疑われるのも困るし」
 黙りこんでしまったエドワードを気遣ってだろう。ロイは、殊更に明るい調子で話題を切り替えた。エドワードはぎこちなく口を笑う形に動かして、小さな声で、うん、と頷いた。
作品名:いばらの森 作家名:スサ