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いばらの森

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 そこで言葉を濁したアルフォンスに、ロイは首を傾げる。反対側で、エドワードがハッとした顔をした。
「アル言うな!それNG…!」
「…なんだね。秘密にすることないじゃないか」
 慌てるエドワードの様子に、ロイはニ、三度瞬きした後微笑を浮かべた。…少々、人の悪い微笑を。
「教えてくれたまえよ?」
「いやそれが、もう…」
「アールー!言うな、っつってんだろ!」
 たまらず立ち上がり、エドワードは弟にタックルをかます勢いで抱きつく。しかし巨大な弟には、そんな攻撃痛くも痒くもない。
「『フィアンセの方は素敵な方なんですってね』『出会いのきっかけは?』『セントラルではどんな場所でデートしていたの?』『フィアンセのために家一軒用意するなんて、どんなお仕事なさっている方なの?』」
「ぎゃーーー!!」
 元々高い声を活かして、アルフォンスは見事にヤングマダム達の台詞を再現してロイに聞かせた。とうとう言われてしまったエドワードは、顔を真っ赤にしてソファに突っ伏してしまった。
「………す…、…すごいね…」
 そして聞かされたロイはといえば、…口元を引きつらせて苦笑いを浮かべている。よくよく注意してみれば目元が微かに色づいていて、…彼も照れているらしいのが見て取れた。いや、照れているのかどうかは良くわからないが…。そんなロイを見て、アルフォンスは内心目を細める気分である。
 噂で聞くよりも、この人はずっと…女性に対して臆病な人のような気がする。今ではそう思う。晩生とは言いすぎだろうが、思っていたよりも硬派な人のようだ。
「で、にいさんしどろもどろになってるもんで、子供たちが見かねて」
「見かねて?」
「エディお姉ちゃんはママ達みたいにツツシミブカクナクナイノ! …って」
「……。慎み深くなく、ない…」
 ―――何と言うか、…すごい二重否定だ。最近の子供はすごいな、と言葉を失いながら、ロイは繰り返す。なんというか…自分が酷く年をとったような気がしてたまらない。
「…ま、とにかく、馴染んでますよ?奥様方も、要するに、照れて真っ赤になってる姉さんが可愛くてしょうがないみたいだし…」
 それは中には、面白くなく思っている人もいるだろうが、そういう人はそもそも足繁くここを訪れたりはすまい。
「あ、でも大佐。ちょっと気をつけないとだめかもしれませんよ」
「は?」
 なにを、と首を傾げるロイに、がば、とエドワードが顔を上げた。
「アルフォンスっ!もうほんとおまえいい加減に―――!」
「ライバル出現かもしれませんから?」
「アル…ッ!」
 フフフ、と器用に鎧の口の部分を押さえながら、アルフォンスは巨体をものともしない可愛らしい仕種で立ち上がる。そして見合いの席での常套句を口にした。
「後はにいさんに聞いてください。じゃあ、ここは若いふたりに任せてボクは失礼しますねー」
 ごゆっくり、と言い置いて彼はリビングを去っていった。
 そしてフィアンセ―――ということになっているふたりが、呆然と残されたのだった。

 取り込んだままになっていた洗濯物をきちんとたたみながら、アルフォンスはふんふんと鼻歌混じりに階下の様子を伺う。
 アルフォンスにはエドワードの部屋の隣の一室が用意されていた。二階には部屋が二つだけで、エドワードの部屋の方が奥になる配置だ。ロイは、本当にエドワードを守ろうとしているのだ。アルフォンスも、今は欠片もロイを疑っていない。彼が、本当にエドワードを大切に思っているのだという、その気持ちを。疑うことなど、ここまでされては出来はしないではないか…。
 ロイは、週に一度くらいの割合で顔を出す。それはハートネット夫人に彼自身が宣言した通りであり、その律儀さもアルフォンスは買っていた。
 今日は、この隠れ家に着てからちょうど二回目の週末。先週も週末に彼はやってきた。軍部に暦通りの休みがあるなど聞いたことがないから、調整しているのだろうが…ご苦労なことだ。大佐も、そしてそのお目付けたる中尉も。そしてどこまで事情を聞かされているのかわからないが、巻き込まれていること必至の彼のあの気のいい部下達も。
「…ほんとにお兄さんになってもらっちゃおうかなぁ」
 彼は軽い調子で言って、アイロンがけの必要な姉のブラウスだけ別にした。別にこんなことまでアルフォンスがやる必要はないのだが(大体、洗濯物はすべてエドワードのものなのだし)、一度、「オレの右腕熱して当てたらアイロンと原理は一緒だよな?」と小首を傾げられて以来、アルフォンスの中からは、彼女にアイロンがけをやらせるという選択肢が未来永劫消え去ったのである。すくなくとも生身の体を取り戻すまで、姉にアイロンがけはさせられないと彼は心に誓った。
 階下からは楽しそうなふたりの声。最近ご近所の奥様方に感化されがちなアルフォンスは、若いっていいねぇ、と歌うように呟いた。
 ―――彼が本当は一番若いのだが、…ここにはそれを指摘してくれる親切な人はいなかった。
「あれ?そういえば大佐って、今日帰らないのかな…」
 そして彼はマイペースに、既にカーテンを引いて久しい外を眺めた。先週は確か夕飯を食べてから帰ったロイだが、今夜は結構宵っ張りである…もしかして泊まっていくのだろうか?まあ、元は彼の持ち家のようだし、自分もいることだし、特に問題はないだろうが…。


「アル、待てよ…! …ったく、あいつっ…」
 追いかけそびれて、溜息つきつつエドワードは振り向いた。そしてそこに、笑いかけようとした相手が難しい顔をして黙り込んでいるのを見つけ、目を丸くする。
「…たいさ?」
 エドワードは驚いて舌足らずに呼ぶ。すると、心なしむすっとした顔で、ロイは尋ねる。
「…誰か君に言い寄る男でもいるのか?」
 アルフォンスの「ライバル」発言を彼なりに吟味したのだろう。そんな疑問が投げかけられ、エドワードは―――
「…ばぁか」
 小さく噴出し、くすくすと笑い出した。そのすこし伏せた顔はわずかに赤くなって、ぼんやりとした明かりに照らされて美しい。
「向かいの家のガキが…三つだったかな。なんかあぶなっかしいのが歩いてきてさ、ふらふらして。頭重いじゃん、ほら、子供って」
 笑いながら、エドワードはロイの隣にぽすんと腰を下ろした。
 突然の間近い距離に、ロイは目を瞬かせる。
 そんな彼にもう一度目を細めて、エドワードは照れくさそうに、嬉しそうに言う。身振りでその子供の様子を示しながら…。
「いつだったかすっ転んでわんわん泣いててさ。男がそんなに泣くんじゃない、って…だっこして、よしよしって。だめだぞー、強くなれー、って。そしたら、何でかその日から懐かれちゃってさ?」
「…それで?」
「オレのこと嫁さんにするんだってよ?」
 エドワードは、両手をスカートの上、自分の両脇に着いて、少しだけ首をすくめてロイを見上げる。そして悪戯っぽく目を細めた。
「…でも、オレ、…もう相手はいるからだめだよって断った…」
 ロイは、まじまじと少女の顔を見つめた。よく見ればその頬は上気して、照れているのがまるわかりだった。
 今度は噴出すのはロイの番である。彼はソファに背をもたれて天井を仰ぐと、くくく、と耐え切れず笑い出した。
「あーっ!何で笑うんだよ?!」
作品名:いばらの森 作家名:スサ