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いばらの森

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 言葉は極自然に落ちてきた。世辞でもなんでもない、それはロイの本心からの言葉だった。
「…、…はい…」
 やさしい声色の返事だった。彼の中から母への思慕が消えることはきっとないだろうが、それでも、それだけを求める年はもう過ぎたのだろう、ロイにはそう思えた。かつてそれにより罪を得たことも、今となってはもはや乗り越えた葛藤なのかもしれない。そうでなければ、彼ら姉弟、苦難に向かうことは確かに出来はしまい。
「…。一階のあの部屋は、昔、私の部屋だったんだ」
「え?」
 不意に与えられたロイの呟きに、アルフォンスが顔を上げる。それにうっすら笑って、ロイは目を細めて続きを聞かせる。
「…もうこの家に戻ってくることはないかと思っていたんだ…、だが、人生はどうなるかわからないものだな。…今は、何もかもが懐かしい」
「………」
 大佐は何で、と問いかけようとして、アルフォンスはその問いを飲み込んだ。聞いても詮無いことだと知っていたので。
「…約二十年ぶりの里帰り、ってわけですね」
 だからかわりに、おどけた調子でそう言って、肩をすくめて見せた。そうすればロイはぱちっと瞬きした後、声もなく笑う。
「言われてみればそうだな。…君はうまいことを言う」
 済ました調子でアルフォンスが「そうですか?」と返せば、楽しげな笑いを男は続けた。


 ひそひそ言っているらしいが興奮してどんどん大きくなる子供の高い声が、一階で寝ているロイの耳に届く。時計を確かめれば朝七時。
 なるほど、…確かに随分馴染んだ物だ。
「…久々によく寝た気がするな…」
 目覚めてしまえば二度寝する気もなく、やけにすっきりした気持ちでロイは身を起こす。朝の空気はひんやりと冷たい。
 しかしこの家でそれを感じるのは、実にもう、およそ二十年振りで。
 彼はただ懐かしそうに目を細め、部屋を見まわした。
 それから頭を一度かいて立ち上がり、昨日のワイシャツとスラックスだけ身に着け、部屋を出る。ちなみに急に泊まった彼に着替えなどあるはずがなく、下着一枚で寝ていたロイである。夜中に地震や火災でもあったら困るな、と就寝時にちらりと思わないでもなかったが、着替えるのは手早い方なので心配もしなかった。
 屋敷の構造上、庭に面したリビングと続きのこの部屋から出るということは、リビングの窓を開け放して子供達の相手をしているアルフォンスと遭遇するということで…、
「…おはよう」
 数人いる子供達のうち、特に男の子達がガレージに入れた車を興味深げに取り囲んでいた。残りはアルフォンスに纏わり着くようにしている。
「おはようございます」
 アルフォンスは動じることなく挨拶を返した。しかし…、
 鎧の足に纏わりついていた小さな子供達は、ささっとアルフォンスの足に隠れ、もじもじとロイを見ている。女の子達は、顔を見合わせきゃあと高い声を上げる。そして車を囲んでいた子供達は…、
「これおじさんの車!?」
 興奮気味に歓声を上げた。
「トム、ジミー!おじさんなんて失礼だろ?ご挨拶は?」
 さすがに呆気に取られているロイの前で、アルフォンスはめっとばかり小さな…、五、六歳といったところだろうか、それくらいの年恰好の男達を窘める。
「皆も。朝は?なんていうの?」
 いささかも動じる事のないアルフォンスは、両手を広げ、腰を落として、子供達の背を押すようにやさしく促した。
 すると、依然として呆然としているロイに、子供達の大きな、元気のよいご挨拶が捧げられたのだった。
「………。保育園になるわけもわかるな…」
 もう一度おはようと口にした後、ロイはぽつりとひとりごちた。
 若い母親達がアルフォンスに子供の面倒を見てもらいたい気持ちが、なんとなく物凄くわかるような気がしたロイだった。
「…義兄さん、朝はどうしますか?」
 と。
 順応力の高い少年が、さらりとロイを呼ぶので、呼ばれた方こそ動揺してしまった。
 …確かに「そういう設定」にしたのはロイだ。アルフォンスには、エドワードへの好意をなんとなく認めてもらっているようだから案外本心から出た言葉なのかもしれないが、…まあ今は、設定に従ったものと理解しておくくらいがちょうどよさそうだ。
「あ、あぁ…そうだな…」
「姉さんもまだ起きてこないんですよ。何なら、先に朝食にしますか?」
「いや、…なら、私が何か作っておく。君は…」
 アルフォンスを取り囲む子供達と、彼等を体に纏わり着かせている少年に、ロイは目を細め小さく笑った。
「…お客さん方がいらっしゃるだろう?」

 とにかく顔だけは洗って、髭はどうしたものかと鏡の前ですこし考える。目立つほどは伸びていないから、先ほどの子供達に、「エディお姉ちゃんの旦那さんになる人は髭が伸びてる」とその母親に吹聴されることはないと思うが…いつ誰がやってくるかもしれないから、身奇麗にはしていたい。しかし何しろ突然だったので、剃刀もなければシェービングクリームなどもっとあるわけがない。もしもアルフォンスが生身だったなら、もしかしたら備えがあったかもしれないが。
「…フィアンセ殿の評価を待つか」
 元々髭は濃い方ではない。そんなにもすぐには伸びないのだ、いつも。だからロイは、手櫛で髪をさっと整えると、とにかくキッチンに立つことにした。
 朝食を作って待っていれば、ちょうどエドワードも起きてくるに違いない。

 キッチンのドアを開けると、リビングが見える。ということはつまり、庭ではしゃぐ子供達も見える。
 アルフォンスの面倒見のよさはある意味予想通りだったが、多分、彼が面倒見がいいとか、心根がやさしいとか、それだけではないのだろうなとロイは思う。
 何しろあの外見だ。恐れられ、嫌われる事も多かろう。それが堪えない人間などいないはずなのだ。
 それが、ああやって屈託なく、裏表なく慕われ受け入れられれば、…それはどれほどに暖かいことだろうかと。
 卵を割ってかき混ぜながら、ロイは、悪い事ばかりでもないな、と思った。エドワードに誘拐宣告した人間の詳細は未だにはっきりとしないが、それでも、そう悪い事ばかりでもないのかもしれない。

「………」
 「義兄」が背筋をきれいに伸ばし、卵をかき混ぜたりベーコンを切ったりしている姿を、なんとも複雑な心境でアルフォンスは見守っていた。
「アルおにいちゃん」
「ん?」
 ぺたり、とアルフォンスの足に抱きついて、近所のお子さんが言った。
「あの人、エディおねぇちゃんのだんなさんになる人なの?」
「ん?そうだよ」
 女の子は早熟だ。彼女達は、きちんと、婚約者という意味を理解しているらしい。それとも母親達の会話を教本にしたのか。
「なんてひと?」
「いくつ?」
「なんのおしごとしてるの?」
 三人いた女の子達が、一斉にアルフォンスを取り囲む。
 …ロイの魅力は年齢を問わず有効なのか…それとも単に「お嫁さん」への憧れがあるのか、はたまた母親達の背中を見て育った結果なのか…、アルフォンスは、困ったように首を傾げた。
「聞いたら教えてくれると思うよ。でも、ちょっと待ってね」
「えー」
「なんでいまはだめなの?」
「今、姉さんの食事の支度してくれてるから」
「アルにいちゃん、エディねえちゃんは?」
作品名:いばらの森 作家名:スサ