いばらの森
ロイは困ったように笑うと、エドワードの前髪をかきあげ、目の脇を撫でた。
「誰もが彼女を愚かだと言った。…私もそう思った。…何もあんな父を選んで、人生を棒に振ることはなかったのにと、思っていたよ。…だが違うんだな…ようやくわかったような気がする」
「……?」
「…私は何も知らなかった」
「…大佐…?」
「人を傷つけてばかりだった。自分が傷つくことを恐れて、誰かを傷つけてばかりいた…。それを恥じることもなかった」
ロイはなぜだか泣き出しそうに情けない顔をして、エドワードの目を覗き込む。少女は、わからないなりに、まっすぐにその視線を受け止める。
(…このよろこびを、)
「…私は臆病で…」
「…臆病?大佐が?」
目を瞠るエドワードに、男は目を細めて頷いた。
「…臆病だったよ。…誰のことも、好きになど、なれないくらいにね」
「…ぇ…?」
(…このよろこびを、…知っていたのだな)
母の顔が脳裏にちらついた。彼女は後悔などかけらもしていなかった。長いことロイにはそれが理解できなかった。どうして、彼女が父を恨まないでいられるのかわからなかったのだ。
「この指輪はお父さんがくれたものなのよ」
だから宝物なの、と少女のように初々しい顔で言った母。どうしても引き離されることは免れなかった時、お守りだといってこの指輪を持たせてくれた母。
彼女は知っていたに違いない。愛することの、また愛されることの喜びを。そうでなければ、夫に先立たれ、ひとりでロイを育てようとは思わなかったはずだ。
大人になり、なんでもわかったような気になっていた。人間の生病老死、酸いも甘いも、何でもわかったような気になっていたのだ。だが違った。無論わかったこともおおいが、ただ無為に年を重ねていた部分があることを、否定できない。
「…聞いてくれるか。みっともない、男の、告白だが…」
「……なにを?」
エドワードは幾分困った顔をして首を傾げ、けれどたどたどしい風情で手を伸ばし、ロイの髪をそっと撫でてくれた。
「―――君が好きだ」
「………」
金色の目は一度軽く見開かれた後、はにかんで細められた。そして。
「…うん」
少女は、小さく頷いた。
「…私は、君を、…あいしている」
少女の手を握り、まっすぐに見つめながら、ロイはゆっくりとかみ締めるように口にした。
「………うん」
こくり、と少女がもう一度頷く。その顔は耳まで赤くなっているが、とても嬉しそうなものだった。