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いばらの森

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「今から言うこと、よく聞け」
「…はい」
「―――昔、オレを攫った奴は、オレが『ホーエンハイム』の娘だったから、目をつけたんだ」
「…え? …父さん…?」
 そうだ、と少女は静かに頷いた。
「あの馬鹿親父、ろくでなしだが錬金術に関しちゃちょっと知られた男だった。だから奴はオレに目をつけた。…錬金術師は才能でなる物じゃないが、確かに、血筋として伝えられる場合が多い。それは昔これが迫害される禁忌の研究だったからでもあるし、…認めたくないが、確かにセンスってもんは存在する。いくら研究してもダメな奴はダメだし、たいした努力をしなくても、はじめからある程度のレベルに達する奴もいる。―――うぬぼれるわけじゃないが、オレ達にしてもそうなんだろう」
「…ボク達?」
 エドワードは面白くもなさそうに頷いた。
「錬成陣をただ描くだけなら、街頭の似顔絵描きだって描けるだろうさ。だけどそれは本当の錬成陣じゃない。…そういうことだよ」
 一見緻密な絵画にも、紋様にも思える錬成陣だが、あれは絵ではなく構築式のひとつの形なのだ。文字や数を使ってある特定の具象を現すのが文章や会話だとすれば、錬成陣という図章で、より深く正確に「物」を把握(理解)し、分解、再構築するのが錬金術である。
 だが物事を理解して陣を引くのは、絵を描く作業とは異なっている。なぜなら術者に見えている「モノ」は、画家が脳裏に描く完成図や設計図とは根本からして異なった物だからだ。錬金術師が画家になることは出来るだろうが、画家が錬金術師になることは出来ない。
 だがそんなものが、果たして研究や努力だけでどうにかなるセンスであり、才能であるのかといえば、答えは微妙である。
 確かに、錬金術は魔法ではない。無を有にするようなことは出来ない。
 しかし、誰にでも習得できる技術とは、やはり言い難かった。理論は存在している、けれど、その理論に至る何か、補助線のようなもの…それが見える人間と見えない人間がいるのは確かだとエドワードも感じていた。
 極端な話、今ここでシーナにエドワード達が描いた錬成陣を描かせたとして、同じ錬成反応が起こるとは思えない。さらに言えば、…誰もが人体錬成のあの極みにまで達することは出来ない、ということだ。

 では、その「差」は何に由来するのか。

「普通に考えりゃ、才能とか、適性とか…相性とか。その辺だろ。…でも、奴…奴らはそうは考えなかった」
「…やつ、ら…?」
「血」
「…血?」
「優れた血脈には優れた術士が生まれる。―――とんだ選民思想だよな」
 エドワードは唇を歪め、吐き捨てるように言った。
「だから、オレを攫った。…でもなんでか気が変わって、オレを家に返したんだ。…それがなんでだったのかはオレも覚えてない。…なぁ、良心からだったんじゃないことだけは確かだろうけどな。現にあいつらは、オレのことを…おまえのこともだ、監視してたんだから」
「え…!」
 エドワードはぎり、と奥歯を噛み締めた。

 ―――やぁ、あの猿みたいな赤ん坊が随分綺麗になったもんだ

 少女の耳に、もう一月近く前になるのだろうか、汽車で唐突に声をかけて来た男の、癇に触る口調が蘇る。

 ―――どれほどのものになるのかと思ったが、やはり私の目に狂いは無かった。まさか人体錬成まで行うとは。…失敗したようだが、生きて戻るとはねぇ

 なぜ知っている、と詰るはずだった声は喉奥で止まった。
 その声が、古い恐怖を刺激したからだ。

 ―――その顔は、覚えているようだね?賢い子は好きだよ

 あたりが闇に塗りかえられるような気がした。腕を掴んでいなければ、叫び出してしまいそうな。…震えてしまいそうな。

 陰気で暗い山奥の古城。深い森に囲まれ、野犬の遠吠えや梟の鳴き声に混じり、聞いたこともないような奇妙な動物の声などがしていた。城の住人達はなぜか皆一様に頭巾で顔を隠し、体もすっぽりと外套で覆っていた。昼寝をしていたはずが、目を覚ましたら見ず知らずの女の膝に抱えられ、馬車の中だった。驚きに声も出ないでいたら、その恐ろしい建物へつれていかれたのである。馬車からおろされた時、目隠しされた黒ぶちの大きなニ頭の馬が、いやに大きく恐ろしく思えた物だった。まるで悪魔の乗り物のようだと、震えた。
 まだ記憶も定かでない、二つか三つの頃のことである。
 そうしていかにも陰気な、洒脱とはとても言えない、石壁をびっしりと蔦に覆われた大きな尖塔を持つ建物へつれていかれた。歩けるようにはなっていたはずだが、幼児の足である。または逃げられても困ると思ったのかもしれない。最初の、馬車の女に抱えられて入っていった。
 かつりかつりと足音が響き、前に立った誰かがもった蝋燭が、下から吹いてくる風に揺れ、影を伸ばしていた。
 そして長い階段を降り切った時、扉が開いた。大きな扉だった。その扉の向こうで、幼いエドワードは見たのである。祭壇に捧げられたおびただしい―――…

「…っ…」
 そこまで思い出して、エドワードは咄嗟に口を抑えた。
「ねえさん?ちょ…大丈夫なの?」
「…。大丈夫だ」
 エドワードは青褪めていたが、その瞳は、いつだったかのようには力を失っていなかった。
 ―――あの男は昔、あの時、祭壇の前にいた。多くの人間の中、ただひとりだけ顔を晒していた。
 それはそうだろう。彼がその時していたことは、顔を晒さねばできないことであったのだから。
 若くも年老いても見えた、奇妙なその男は、いやに大きなグラスに並々注がれた赤黒い液体を口にしていた。彼の前には巨大な祭壇があり、そこに供物として積まれていたのは山羊や羊でも済まされない肉の塊だった。といって、牛や豚ほど大きくは無い。ひとつひとつは。
 それがなんだか、幼いエドワードにはわからなかった。だが、鼻をつく異臭と、何よりも雰囲気が恐ろしく、怯えた。

 ―――ようこそ、リトル・ブライド

 男が口を動かした時に、すべてがわかったのだ。彼が口にしていたのが何で、祭壇に捧げられていたのが何か、という事を。
 小さなエドワードは悲鳴を上げた。子供の金切り声に、しかし男は眉一つしかめることはなかった。ただ愉快そうに―――残酷に笑っていたのだ。
「…あいつは、狂ってる」
「…あいつって、…なんなのさ。誰のことなの? …この前の、汽車の?」
 この質問に、エドワードは小さく頷いた。
「名前は知らなかった。さっきまでな。でもあの指輪に書いてあった…」
 エドワードは弟の腕を、強く掴んだ。鎧がきしりと音を立てる。
「…サー…ゲイル・フォスター」
「…ゲイル・フォスター?」
「紳士録でもひっくり返しゃ載ってんだろ。…ヒューズのおっさんあたりに言えば、すぐ調べてくれる。…いいか、アル」
「なに…」
「おまえは、おっさんにすぐ連絡しろ。ゲイルの野郎がコリンを連れてった。相手はいかれた野郎だ、猶予が無い」
「ちょ、…っと、待って。ねえさんはどうするつもりなの…」
 黄金の、瞳の輝きだけが、増したように見えた。
 アルフォンスはありえない背中が冷えるように感じながら、たどたどしく尋ねた。
「オレは行く」
「…行くって、どこに…」
「奴の城だよ。地図はさっきの錬成陣に書いてあった」
作品名:いばらの森 作家名:スサ