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いばらの森

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 三十分経って戻らなかったら突入するように、と言い置いて、ロイは結局城の中へ入っていった。自信か過信か、言われるままに銃を置いていったが、リザはそれに関しては不安を覚えてはいなかった。彼は既に例の手袋をしていたからである。何食わぬ顔をして、その上に普通の白手袋をはめて二重にして。それでもさすがにひとりはということで、ハボックを伴う。ハボックも銃は置いていかざるをえなかったが、彼がナイフを袖の内側に仕込んでいることもリザは知っていた。武器はないとしれっとした顔で示す彼に、リザはやはりハボックもマスタング靡下なのだなと何となく思ったものだ。外の指揮はリザとファルマンに任された。女性ということで当初兵士の中には軽い気持ちでいる者もいたかもしれないが、散々西方司令部で苛立たされたリザは普段より冷たい空気を纏っており、単純に言うのなら近寄りがたい雰囲気を放っていたため、なんだかおっかないのが来たなあ…と考える兵士が一番多かったかもしれない。

 長い石の階段を下りながら、陰気だなとハボックは思った。こんな所に住まおうという人間の気が知れないと。
「…檻…?」
 階段を下りてまた歩いていると、どうも檻のような鉄格子の部屋が左右に見え、彼は眉を顰めた。ますますもって、この城はおかしいと思う。まあ、おかしいからこそ軍人がこうやって来る事態にもなっているのだろうけれど。
「今は使われておりません」
 ハボックの呟きを拾ったのだろう。前を行く男が、振り返ることはなくそう言った。
「…何に使ってたんだ?」
 特に遜ることもなかろうと普通に問えば、執事は淡々と答えた。
「人を拘束する以外の用途を持つ牢を私は存じ上げませんが」
「………。そういや昔領主の城だったって?」
「当家は古くからこちらに所領を賜っておりましたので」
 軍部が統制する現在の体制に不満を持つ者は多いが、だからといってそれ以前の貴族制に恋々とする民衆はまずいない。それとこれとは話が別ということだ。そういう世情を踏まえて、ハボックは唇を歪めた。
「…なるほど」
 所領を賜り―――とはまた、と、呆れたのだった。いつの時代の話をしているのかと。
 …そのまま歩いていくと、程なくして、大きな扉の前にたどり着いた。雰囲気から察するに広間のようだった。
「従者の方はこちらでお待ちを」
「…。ハイ、従者はこちらでお待ちしております」
 シニカルな笑みを閃かせて、ハボックは馬鹿丁寧に応じた。ロイはといえば、目を細めて執事を見る。
「…どうぞ」
 しかし執事はそれ以上は何も言わず、ドアを開き、中へとロイを促した。
 ハボックは、閉じられたドアを一度見上げた後、軍服の上着、袖の折り返しに指を入れた。そして小さな四角い機械を取り出すと、ドアの蝶番のあたりにねじりつける。
「…ご武運を?」
 それから袖の内側に縫い付けてあったバンドから、袖の外へと小ぶりのナイフを落とし、いつでも抜けるようにしておく。最後に頼りになるのは結局こうした手持ちの武器なのである。戦争の最後は、白兵戦と相場が決まっているのだから。
 ハボックはとりあえず両手を後ろで組んで、ドアの脇、壁を背に、その入り口を守るように立った。

「…!」
 中へと招じ入れられたロイが目にしたのは、壁に立てかけられた…棺のような、四角い箱だった。それは硝子ででも出来ているのか、透き通っていた。そして、中に何があったのかと言えば、一面に敷き詰められた花々と、それから―――…、
「…鋼の…!」
 ロイは思わず息を飲み、その傍らの豪奢な椅子に腰掛けた男を睨みつけた。
 棺の中、花に埋もれた少女は、両手を組んで眠っているように見える。白いドレスを身に纏い、薄化粧を施され、匂い立たんばかりの美しさを誇っていた。
「―――ようこそ?マスタング大佐」
 一見すると紳士然とした男が、立ち上がりつつ片手をやや開いて、そう声をかける。
「…ミスタ・フォスターか」
 冷たい声でロイは応じた。
「いかにも。…さぁお客人。お座りになられないか。心配しなくても大丈夫。眠っているだけで、死んではいない」
「…断る。私は調査に赴いたのであって、あなたの招待に応じたわけではない。あなたは一国民として、私の調査に応じる義務がある」
 ぴしゃりとはねつければ、ゲイルの顔がわずかに歪んだ。醜悪な精神がそのまま滲み出たようだった。
「…なんとも無粋だな。軍人というのは」
「人として全うであるのならば、粋など理解する必要はない。少なくとも私はそう思う」
 この答えに、ゲイルはなぜか瞬きした。そしてそれから、くく、と喉奥で笑った。
「…なにが?」
「いや。よく躾けたものだと」
「……?」
 ロイが片方の眉をしかめるのを見、ゲイルは続けた。
「この娘も同じようなことを言っていた。私に品性をとやかく言う資格はない、とね」
 その通りだろうとロイは思ったが、何も言わずに続きを待つ。
「まったく…栄誉あることだと思ってほしいものだが。私が選んだんだぞ」
「…。今のアメストリスは法治国家だ。一部では軍事政権と言われているが、我々はそれでも、法の番人であり、国の剣だ。…失礼だが…、認識が大分間違っているのでは?」
 ロイの声はそれこそ、暴発寸前に低かった。
「未成年者略取の現行犯で逮捕する、ゲイル・フォスター」
 この冷たい、平板な宣告に、ゲイルは不思議そうに首を傾げた。
「逮捕?」
「悪事を働けば罰される。それが法律だ。貴君は、こうやって本人の意思を無視してエドワード・エルリックを誘拐し、拘束している。これが罪でなくなんだという」
「これは…おかしなことを言う。彼女は自分でここへやってきたのだ。これは名誉毀損というやつではないのかな?」
 ゲイルは面白そうにくすくすと笑った。
「―――ではこうして棺の中に閉じ込められているのも本人の意思だと?」
 男はにこりと笑った。
「いかにも」
「…。貴君がコリン・ハートネットを誘拐し、エドワードが来るように脅迫したという証言があるが。それに関しては?」
「さて。そのような子供は知らぬなぁ」
「ほう…」
 ロイは軽く目を瞠り、場違いなほど華やかに笑った。
「子供、と。仰ったか、今」
「ああ…?」
「これはらしくない、サー。私はコリンが子供だなどとは一言も言わなかったのだが」
 その切り返しに、ゲイルは数度の瞬きをした。そして、く、と本性を隠しもせず唇を吊り上げた。
「―――不毛なやりとりはこれくらいにしないか、フォスター。さっさとふたりを返してもらおうか」
 そんな男に怯むことなく、どころかこちらも凶暴な表情を浮かべて、ロイは恫喝したのだった。
「…軍人風情が、思い上がりを」
 しばらく呆然としていたゲイルだが、歯を剥いて嫌らしい笑みを浮かべると、椅子の手すりの裏側を押した。
「…? …!」
 何をと思って眉を顰め…る暇もない。
 ゲイルが押したのは何らかの仕掛けだったのだろう。天井が急に開いたと思ったら、そこから猛然と檻のような鉄格子の柵が落ちてきたのである。咄嗟に頭を庇ったが、結果としては、ロイはその柵の中に閉じ込められることになる。
「…とんだからくり屋敷だな」
作品名:いばらの森 作家名:スサ