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いばらの森

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 空は青く、たなびく雲は白く、畑は実りの金色に満ちて揺れている。ひたすらに長閑で平和だった。小ぢんまりした家々の軒先には花が飾られ、太った猫や年寄り犬が日向ぼっこをしている。子供達は外で明るい声を上げて走り回り、母親達は洗濯物を取り込みながら夕飯の支度を始める―――、
 目抜き通り(といっても大した通りではなかったが)を抜ければ、家の数はまたまばらになった。
 …先ほどからふたりの間に会話はない。
 いや。汽車に乗っている間も、必要最低限の会話しかなかった。
 一晩経って落ち着いたように見えたエドワードだが、やはりまだどこかに落ち着かない気持ちがあるのだろう。アルフォンスと引き離したせいもあるのかもしれないが。
「…鋼の」
 ロイは、困ったように溜息をついて、小さな声で呼んだ。すると、ぴくりとエドワードの肩が跳ねる。
 …ずっとこの調子なのだ。ロイとしても、もうどうしていいのかわからない。何しろエドワードがここまで意気消沈している理由がさっぱりわからないのだから。
「…そろそろ着くよ。ずっと移動で疲れただろう?」
 ふるふるとエドワードは首を振った。
 そんな様子を見ていると、胸が詰まった。一体どんな出来事が彼女からあの普段の快活さを奪ってしまったのかと考えると、たまらない気持ちだった。
 ロイは、一軒の古びた館の前で車を停めた。ガレージのような物は見当たらず、そのまま路肩に停めると、まず自分が降り、トランクから荷物を下ろしてから、エドワードのドアを開けに掛かる。大きな革のスーツケースを無造作に地面に置いて、ちょこんとエドワードが納まっている助手席のドアを開く。
「…いい天気だよ。外に出て深呼吸しないか。座りっぱなしで疲れだろう?」
 こくり、とエドワードは頷いた。
 甘えるなと叱ってもよかったのかもしれないが、どうしてもそうは出来なくて、ロイは、そっと労わりをこめてエドワードの肩を抱き、車から降ろした。
「………ぁ…」
 それまで塞ぎこんでいたエドワードの顔に、瞬間、喜色が走った。
 …その小さな館は、アンティークとでも称したくなるような、瀟洒な建物だった。年を経た事で淡い色合いに落ちついているが白い壁の、可愛い建物。
「…ここ…?」
 見上げてくるエドワードに、ロイは軽く頷いた。
「…ちょっと古いから不便なところもあるかもしれないが…最低限の設備は揃っているはずだ。しばらくの間だけ、ここに…留まってくれないか」
「……ここに?」
「ああ。その間にきっと、不逞の輩は捕まえておくから。…毎日は無理だが、週末には私も顔を出すようにする。…だからアルフォンスと一緒に、ここに、しばらく…そんなに長い期間にはならないようにするから…」
 困ったように俯いてしまったエドワードだったが、同じく困りきった声を出すロイの手をおもむろに捕まえて、きゅ、と握ってきた。
「……すぐだから」
 目を見開いた後、ロイは、握ってきた手を強く握り返してやった。
 その小ささと暖かさが、彼の胸を衝いた。どうしようもなく。
 それからやがてその家を見上げ、…どこか寂しげに笑った。

 適当に荷物を置いて、まずは窓を開けて換気をする。それから簡単に掃除をして、しばらく水道を出しっぱなしにして、寝床を作る。調理器具や水回りを確認して…細かくはしないといっても二人でやるには骨が折れる作業で、二時間は通しで動いていただろうか。なまじ二人とも体力があるものだから、黙々と時間の経つのも忘れて働き続けた。特に、大物(キャビネットやベッドの類)を動かしていたロイなどは、それだけ働いていればさすがに限界にもなる。
「…休憩しないか」
 首にタオルを引っ掛けたロイが現れた時、エドワードは洗った食器をキャビネットに仕舞っていた。
 そして、驚いた事に、ガスレンジにはケトルが掛けられて、白い湯気を口から上げていた。どうやらお湯を沸かしていたらしい。
「…ん。紅茶でいいか?」
 皿を仕舞う手を止めて、エドワードは小首を傾げる。その態度があまりにも自然だったため、逆にロイは目を丸くしてしまう。

 …これではまるで、…その、

「…あ…ああ…」
「コーヒーはミルが見つからなくてさ…あと、中尉が茶葉持たせてくれたから」
 ぎこちなく返したロイに気付いていないのか、エドワードは片付けていた食器の中からカップを二つとポットをひとつ、より分ける。そして、ダイニングテーブルの上の小山から銀色の缶を取り出す。
「大佐紅茶渋い方がいい?オレはあんまり渋くないのがいいんだけど」
「…私は…そうだな、私もあまり渋くない方がいいかな」
「ん。よかった」
 きょろきょろしながら聞くエドワードにどうにかこうにかそうやって返せば、どうやらスプーンを探していたらしい彼女は、それを見つけた後顔を上げて少し笑った。
「これ、お花が入ってるんだってさ。中尉のコレクションなんだって」
「へぇ…」
「特別だって。くれた」
 はにかんで言うと、エドワードはレンジの火を止め、ポットに注ぐ。その視線はポットに固定されたまま、小さな赤い唇が開いた。
「…あ、大佐、そのうちさ」
「ああ…?」
「オレ、ガラスのポットが欲しいな。中で対流するのが見えるんだ。耐熱ガラスの。…それにさ、日が当たるときれいだし…色が透けて。中尉が持ってるんだ。見たことあるだろ?」
「…ああ…いや、見たことはないが…、わかった。今度来る時買ってくる…」
「ありがと。あ、ちゃんと領収書もらって来いよ。オレ、おごりとか好きじゃないから」
 蓋をして、やはりきょろきょろと何か探しながらエドワードは言う。皿でも探しているのだろうか、と思ったら、小山の中からキルト地の布を取り出してポットにかぶせたので、ロイもその意図を知る。
 口調はゆったりしていたが、ここに来るまで殆ど喋らなかったことを思うと、随分と元気を取り戻したようだ。
 よかった、とロイは目を細める。そしてそれとは別に、いやに鼓動の響く胸をそっと抑える。汗を拭うふりをしながら。
「…引越し祝いだと思えばいいだろう」
「別に定住するわけじゃないんだけど…」
「とにかく、…自分より年下の者から金など取れないよ。ましてそこまで高価な物でもあるまいに」
「…でも。オレ、金のこときちんとしてないの、やなんだよ…落ちつかなくて」
 目覚し時計のように見える置時計を見ながら、エドワードは困ったように言う。
 甘えられるのには慣れていないこともないが、甘えてこない相手に甘えさせることには慣れていないロイは暫し考え、…それから穏やかに笑ってこう切り出した。
「…では等価交換にしないか?」
「え?」
「私はポットを買ってくるから、私が来た時はそれでお茶を淹れてくれないか?時々菓子なんかつけてくれたらなおいいね」
「…菓子?」
 首を傾げるエドワードに、ロイは笑った。
「私は甘い物に滅法弱くてね」
 片目を瞑って言うロイに、瞬きひとつ、エドワードも笑った。
「だからあんた太るんだよ」
「失敬な。私のどこが太っているものかね。均整の取れた体型だろう?」
「だって大佐の服全部でかかったもん。…あ、そろそろいいかな」
作品名:いばらの森 作家名:スサ