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いばらの森

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 発育途中の、しかも少女であるエドワードにとってロイの服が大きいのは至極当たり前の事なのだが、そんな理屈は彼女には通じないらしい。二ヶ月ほど前の嵐の晩のことを蒸し返されても、ロイは苦笑するしかない。少女ときたら、貸したロイの服が入らないからと、大佐がでぶだから、と繰り返していたのである。なんとも幼く、かわいらしいではないか…。
「いい匂い。大佐も、はい」
 フレーバーティーの香りに目を細めて笑いながら、エドワードはカップをロイに差し出した。ロイもまた、ほんの少し照れくさく思いながらカップを受け取り、いただきます、と返した。


 休憩を終えると、既に時刻は四時近くなっていた。まだ晩秋ではないが、そろそろあたりは暗くなってきていた。
「あ、鋼の、暗くなる前にご近所にご挨拶だ」
「は?」
 突然思い出したように言うロイに、エドワードはきょとんとした顔で首を傾げた。
「といっても、両隣だけだけだがね、とりあえず…。本当はアルフォンスが来てからと思ったんだが、まだこちらに着かないし。夜よりは夕方のうちに済ませた方がいいだろう」
「は、はぁ…、…?」
「ええと…なんだったかな、この辺にあるはず…」
 ロイは、適当に置いたままだった荷物の中から、少し大きめの紙袋を探し出す。それからおもむろに自分のシャツのにおいをかいで、軽く顔をしかめる。
「……?」
 無言のまま今度は旅行鞄のような物を探り出すのを何だろうと見ていると、ロイは、プレスされたままのワイシャツを取り出した。そしてそれを適当に置いて、今着ているシャツに手をかけ―――たところで、彼はぼんやり見ているエドワードを振り返った。
「上だけ着替えようと思うんだが…すまない、君がいるのになんだが…」
 妙齢(?)の女性の前で半裸になるわけだから、とロイは断りを入れてきた。その突然の配慮に驚き目を丸くしたエドワードだが、やはり同じように、くん、と鼻をシャツに近づけた。
「…そしたらオレも着替える」
「…そんなに汗をかいたのか?」
「…そ、…うでもないけど…でも着替える」
「……。じゃあ、私もちゃんと着替えよう。君も着替えておいで。二階に寝室がある。そこを使うといい、ドアが開いている部屋だ。クローゼットも掃除しておいたから、後でそこに着替えや荷物を置くといいよ。トランクは上げておいたから」
 まさに脱ごうとしていたシャツから手を外して、ロイはそう言ったのだった。

 狭く急な階段を上がれば、確かにドアの開いた部屋がある。
「…! …わぁ…」
 その中をのぞきこみ、思わずエドワードは小さく声を上げた。
 どちらかというと狭い部屋なのだが(多分東方司令部の大佐の執務室の方がよほど広い)、なんだか、絵本のような…何とも愛らしい部屋だったのだ。窓ガラスの上半分はステンドグラスになっていて、下半分は厚めの透明なガラス。カーテンは二重になっていて、白いレースのカーテンの外側(部屋側)に厚手のキルト地のパッチワークのカーテンが引かれている。机の部分が折り畳みになっているライティングデスク、辞書だけが数冊収められた小さな本棚、サイドテーブル、鈍い金色の支柱に四隅を支えられた、華奢な感じのシンプルなベッド。そしてベッドに掛けられていたカバー(どうやらロイがベッドメイキングまでしておいてくれたらしい。マメな男である)は、カーテンと同じパッチワーク。部屋の壁紙は、落ちついたアイボリー。小花柄が素朴で、落ちつく。備え付けのクロゼットの脇には縦長の姿見が置かれていた。
 そしてドアのすぐ内側には、エドワードのトランクが既に置いてあった。彼女を迎え入れるように。
「…なんだよ、…大佐のくせに」
 呟いて、エドワードはこそりと笑った。
 異例の出世を遂げた切れ者でありながら未だ独身、無類の女好きの色男―――なんて、世間では言われているらしいあの男が、わざわざエドワードを「守る」ためだけにここまでする。着替えが必要な程汗をかいてまで、ベッドを動かしクローゼットを掃除し、ベッドメイキングまで。見たところカーテンは新しそうだから、付け替えたのだろう。ベッドカバーと同じ柄の物を買い揃えてまで…。
 きゅう、とエドワードは胸を抑えた。
 自分でも頬が赤くなっているのがわかった。動機が早いのも。
「………なんだよ、……あんたえらい人なのに。…ばか」
 小さく小さく呟いて、エドワードはトランクの前にしゃがみこんだ。
 頭をぶんぶん振って、着替えを引っ張り出す。…この着替えだって、身を隠すのには普段の服装と違う方がいい、といって揃えてくれた。ほとんど中尉の見立てだがね、と彼は笑っていたが、金を出したのはロイだろう。
「…ばか、…ほんとばか」
 白い頬を赤くしたまま、彼女は、引っ張り出したブラウスに顔をうずめた。
 彼はこんなところで、エドワードのために立ち止まっていていい人ではないのに。そんなことわかっているのに、嬉しくてしょうがなくて、だからこそエドワードは心底困り果てていたのだった。

 階下へ降りれば、ロイも着替えを終えていた。それはそうだろう。男の着替えは総じて女より早い。
 ワイシャツとスラックス。かちっとしたスタイルのお蔭で、軍服の時とそうそう印象は変わらないが、それでも確かに普段の服装ではない。エドワードは、まじまじと見つめてしまった。ソファの背にはジャケットをかけているが、今日は割と暖かい日なので、着ていくかどうかはわからない。
「ああ、それに着替えたんだね」
 そうして見ていれば、ロイも視線に気付かないわけはなくて、ゆっくりと振り返ると目を細めた。その顔はどちらかといえば嬉しそうで、声も弾んでいるように聞こえた。
 エドワードは、それが照れ臭くて目を反らしてしまう。
「鋼の?」
 ロイは首を傾げて、のんびりとエドワードに近づく。
「君はこういう濃い色が似合うね。黒と赤は見知っていたが、他の色もいい。うん、似合う」
 楽しそうに言って、ロイは、俯いた少女の細い肩にそっと手をかける。幾分遠慮がちにではあったが。
「さぁ、顔を上げて。暗くなってしまうから」
「…うん」
 こくりと頷くのが、その時のエドワードの精一杯だった。

 アイボリーがかった白いブラウスは古風な作りで、肩口がほんの少し膨らんでいる。長袖の先はすぼまって、飾りボタンがついていた。白く丸いくるみボタンは、よく見ると鈴蘭の形をしている。なお正面は高い襟から続く袷には同じ鈴蘭のボタン、そしてそのラインに沿ってギャザーが寄せられている。古風というか、いささか少女趣味というか。襟の先にはレース刺繍があしらわれ、襟元にはカメオのブローチが嫌味でなく飾られれていた。
 膝を覆うくらいの、若干長めのスカートもどこかレトロな印象だが、ビロードのような深い色合いは随分と豪奢な印象を与えた。深い緑色のフレアスカートは、歩く度に裾が開いてきれいなラインを生んだ。生地が重めのため、簡単にひらひらと揺らぐことはないが、それでも多少の動きはある。その下、膝からはロングブーツが覆って、一見して機械鎧がわかることはない。
作品名:いばらの森 作家名:スサ