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いばらの森

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「まぁまぁ、なぁに、他人行儀な。大袈裟ねぇ、こんな可愛いお嬢さんなら大歓迎! …あら、私ったらこんな玄関先で…、ね、少し上がって行かない?」
「いえ、グレンジャーさんのお宅にもご挨拶にと…」
 ロイは、ハートネット家とは反対側の隣家の名を挙げた。それを聞いて、夫人はあぁ、と頷いた。
「あぁ〜、グレンジャーさんね…じゃあ、うちに先に着てくれたのね」
「ええ、それは勿論」
 くすくす笑う老婦人に、ロイも笑う。
「それなら…そうね、お夕飯一緒にいかが?」
「え?」
「今日はメグもいないの。よく食べる人がいなくて寂しいのよ。ね、よかったら」
 ロイは、どうする、というようにエドワードを振り向いた。エドワードはといえば、躊躇いがちに視線をさまよわせた後、彼女と「ロイ君」の繋がりが知りたい欲求に抗えず、結局こくりと頷いた。
「…本当によろしいのですか?」
 頷く「婚約者」を見た後、男はすまなそうに、鄭重に尋ねる。するとマダムは朗らかに笑って、勿論、と答えた。
「…ありがとうございます。では、お言葉に甘えて…何時頃お伺いすれば?」
「何時でもいいけれど…そうね、今が四時だから、…六時頃にでも?」
「ではその頃に。…ああ、すいません、遅くなってしまって。こちらはつまらない物ですが―――」
 引越してきたからといってこうやって挨拶に回るなど、都会では考えられないことだった。だが、田舎にはまだそういう暢気さがどこかに残っていたし、…そうやって気を配らずにいられないほど、ロイはエドワードを心配してもいたのだろう。見たところハートネット夫人は本当に善良そうなので、年には念を押したといったところか。
「あらぁ! …まぁ〜悪いわ、こんな…」
「いえ…本当に、大した物ではないので」
 ロイは困ったように笑い、その濃紺の紙袋を差し出した。正方形の袋には金で箔が押されており、それが店名なのは明らかである。紐も紙紐ではなく、きちんと縒られた紐だった。
「メリーオーブン! …あらぁ…嬉しいわ、うちの子、とても好きなのよ、ここのパイ…」
 でもセントラルなんて滅多に行かないから本当に数えるほどしか食べられないのよ、嬉しいわ―――
 夫人の言葉に、エドワードはまじまじとその紙袋を見た。…セントラルで何やら買いこんでいると思ったが、まさかそんなものを買っていたとは重いもよらなかった。もっとも、考える気力もなかったのだが。
 エドワードは知らなかったが、どうやらこの紺の紙袋に詰まったものは、ご近所づきあいの第一歩を円滑にするためには随分お役立ちなものだったらしい。
「よかった。お気に召して頂けて」
 にこりと笑うロイに隙など欠片もない。嫌味なくらい整ってるな、とエドワードはちらりと思った。
「では、グレンジャーさんにもご挨拶に伺いますので。これで…」
「あ、そうね。ごめんなさいね引き留めて…じゃあ、六時にね。待っているわ、きっと来てちょうだいね」
「ありがとうございます。必ず」
「ええ。腕によりをかけるわ。…あ!そうだ、ロイ君、そちらのお嬢さんのお名前をお聞きしても?」
「ああ、失礼しました。…エディ、」
 金色の小さな頭を振り返って呼べば、ぴくり、とストールを纏った肩が揺れた。マダムはロイの語尾を繰り返し、首を捻った。
「エディ?」
「え、…はい。エディ、と」
 やはりもじもじと照れ臭そうに言うエドワードを、今度は、マダム・ハートネットは目を細めて見つめる。その鳶色の瞳は暖かみに満ちていた。
「よろしくね。エディさん。私はジェシカ・ハートネット。ジェシカおばさんって呼んでね」
 ロイ君もね、と「ジェシカおばさん」は笑ったのだった。

 反対側のグレンジャー家には、ただ挨拶で手土産はないらしかった。挨拶も淡々としたもので、エドワードは、先ほどのハートネット家がロイとも随分縁深い家柄なのだな、と知る。
 …「ロイ君」の理由は、まだ聞けていなかった。
 小さな館に帰り、灯りを燈した所で、電話が鳴った。ハボックからだった。計ったようなタイミングの良さだった。
 エドワードは慣れない格好と慣れない事態にぐったりとして、窓に向かうひとり掛けのソファに腰を下ろした。ロイがハボックと話していたのはそう長い時間でもなかったのだが、その間に少女はストールの端をきゅっと握り締めたまま、瞼を閉じ、うつらうつらとしてしまう。家の中は少し肌寒かったが、今は眠気が勝った。
 それに、ひんやりと静まり返った空気は、エドワードの体から緊張を奪った。
「…はがね…、」
 の、と言いかけたロイの口は、スタンドの脇に置かれたひとり用のソファに丸くなるエドワードを見つけて、止まった。次いで、その黒い目はやさしげに、しかしどこか悲しげに細められる。
 人形のような少女の姿。
 普段とまるで違う服装に身を包み、そうしてちょこんと丸くなっていれば、普段の苛烈さはどこにも見当たらない。エドワードの覚悟は尊い物だが、こういう姿を見ていると、逆に普段の毅然さが痛々しく思えてならなかった。
 …しかし今、ロイが少し寂しい気持ちを抱いていたのは、それだけが原因ではなかった。
 今の彼女の光景が、遠い日に見たものとどこか似ていたせいでもある。
「……君に、言わなければならないんだろうね…」
 彼は音もなくソファに歩み寄ると、その肘かけに腰を下ろし、エドワードの白い顔を見つめる。長い睫毛が呼吸に合わせて微かに揺れていた。
「……………」
 ロイはふっと笑って、そうっと少女の金色の前髪を払ってやる。幼い顔が寝ぼけて笑うのが可愛らしかった。
「……、んん…?」
 と、元々浅い眠りだったのだから当然だろうが、エドワードがむずがるような声を上げ、薄目を開けた。
 ぼんやりした灯りに滲むような黄金。それに目を留め、ロイは息を留めて彼女を見つめる。
 エドワードもそんなロイをしばらくじっと見つめていたが、ややして、緩慢な動作で身を起こした。
「…オレ寝てた…」
「の、ようだね。まあ移動した距離は長かったからな。無理もない」
 疲れただろう、と労わる声はやさしい。それは、他人を気遣う事を知っている、一人前の男の声だった。
 不意に、―――そう、本当に衝動的に、エドワードはそれが寂しいと感じた。だから、心のまま、手を伸ばしていた。そうしてゆるくワイシャツの袖を捕まえる。捕まえられた方はといえば、驚いたように目を瞠る。
「…鋼の?」
「…。なんで…」
 少女は眉を曇らせ、ロイを見上げた。
「…?」
「なんで…そうなんだよ。…そんな壊れ物に触るみたいにしなくたって、いい…」
 すぐにもほどけそうな指先の拘束を、ロイは解くことが出来ない。どころか呼吸さえままならない。
 きゅっと目を眇めて、苦しげに、少女が言う。
「オレたち、いま、こんなに近くにいるのに…すごく遠いところにいるみたいな…気がする」
 遠くだなどとんでもなかった。ロイは、自分の鼓動がいやに大きく響いている気がしてたまらなかったのだから。このままではエドワードに聞こえるのではないかと、埒もないことを考えてしまうくらいに。
作品名:いばらの森 作家名:スサ