Bijoux
「アルモニカを依頼したのは私です。が、…私はこの通りあまり気軽に動けない。工房にはうちのものを行かせておりました。オートマタを組み込む設計は当初のうちはあったものなんですがね。何しろ大きくなりすぎるから…それは見送って…」
「…。それを、誰かが元の計画に戻した、とお考えで?」
「そういうことなんでしょう。そして、私にそれを隠している。…もしくは、私の計画を騙る連中がいるか、ですが、…これは可能性は低いでしょう」
ブランシュは慎重に考えつつ言っている様子だったが、こうだろう、という推論を絞ってきた。
「なぜ?」
「簡単なことです。まず、イーストシティ…にこだわらず、恐らくアメストリス中を探しても、こんな道楽に興味を持つ人間は私くらいのものでしょう。同じ事をしようと考える人間がいる可能性が低い、という話です。かかる費用に対して、ほぼ利益は上がらんでしょうからな」
きっぱりと氏は否定した。実業家でもある男のこの発言に、ロイは瞬きした。随分はっきりと自分のしていることは道楽だ、と認めるものだから驚いた。
「…それに、うちのものがそういうことをする理由も、私には心あたりがありますから」
「心当たり? 人一人を人形のモデルにと連れて行くような?」
今度はロイの質問も少し厳しくなる。下手をしたら誘拐だ。そんな行為に走る人間、その動機に心当たりがあるというのは、穏やかではない。
しかし、ロイが年齢にしては貫禄や迫力に恵まれていたとしても、その倍以上も生きている男はそう簡単に驚きはしなかった。困ったように目を細め、首を傾げるようにして、はい、と答え、焦った様子もなく続ける。
「わたしは家族を…妻と娘を亡くしまして。もう、何年も前のことです。それで、思い切って屋敷を引き払い、山の中で隠居生活を始めた」
「…大きな事故だったそうで。お悔やみいたします」
「ありがとうございます、大佐。…その時、うちにおったものたちにも暇を出したのですが、それでも一緒についてくる、というものがおりましてね。今の屋敷にいるのは、その時私についてきてくれるといったものたちです」
「…。随分、慕われておいでだ」
「まあ、年寄り同士気が合うのもおるんでしょうが。若いのは一人、二人しかおりませんし…老人クラブなんて、私は呼んでおるんですがね」
笑う老人の顔には穏やかさしか見当たらなかった。もう既に、葛藤も悲しみも彼の中では受け止めて円くなってしまったものなのだろうということが見て取れるような顔だった。
「ですがね。それくらいですから、うちのものたちは、私以上に気にしとるんじゃないでしょうか」
「え?」
老人は黙って、胸元から札入れのようなものを取り出した。札入れにしては小さいように思ったが、差しだされるままに受け取り開いたらそこには写真が入っていた。目の前の男はもう少し若く、そして彼の隣には女性と少女が写っていた。
「…?」
ロイが瞬きしてしまったのは、少女が誰かに似ていたからだ。答えはさほど考えることなく出てくる。
「…!」
瓜二つ、ということはない。エドワードは女顔ということではないし、少女が男顔というのでもない。しかし、特に目元が似ていた。そう、写真の少女は、エドワードと似ていたのだ。
驚いて顔を上げたロイに、老人は困ったように笑う。
「いつだったか、やっぱり、今日のようにディスクを交換にきたときです。ホテルの前で、鋼殿を見かけましてね。…さすがに驚きました。娘が帰ってきたのかと。…勿論、すぐに人違いだと気がつきましたが」
「…確かに、この写真だけでは断定できないかもしれませんが、似ている」
「でしょう。…私もそう思ったし、うちのものたちもそう思ったはずです。…ガラス工房で、鋼殿と出会っていたなら」
ここまで聞いて、ロイにもブランシュの話が飲み込めた。つまり、ブランシュが思ったように、彼の使いに立った屋敷の人間もエドワードを見てそう思ったはずだ、と彼は考えているのだ。だから全く無関係の他人ではなく、ブランシュの家の人間のしたことだと考えるのが妥当だろうと、そういうことなのだ。そして、彼の屋敷の人間は、主の悲しみを癒したいと思っている。暇を出した主人にそれでもとついてくるような使用人たちなら、もはや家族に近い域だろう。そんな彼らが主のためにと行動を起こすことは想像に難くない。
「…そうでしょうね」
言わんとすることが通じたのがわかったのだろう。ブランシュはふう、と息を吐いて、手をつけていなかった茶をひとくち啜る。落ち着いているようにしか見えなかったが、案外違ったのかもしれない。
「しかし、困りましたね」
「はい?」
「勝手なことを始めたうちのものたちがです。鋼殿まで巻き込んで」
「…本人が飛び込んでいったということも考えられますが」
少年は、もしも自分がモデルの人形がイーストにあったら、とロイに尋ねてきた。その答えを胸に赴いたはずだ。ということは、ロイも背中を押したし、そもそも本人にも何某かの思いがあったはずで。
「それはそれでしょう。…しかし、…」
ブランシュは本当に困ったような顔で腕を組んだ。どうしたのだろうかと首を捻るロイに、彼は告げる。
「私も見てみたいのですよ。そのオートマタを」
「………」
「勝手なことをしたものたちは罰しなければいかんでしょう。…でも、困ったことに私もそれを見てみたい」
正直な告白だった。あまりにも正直なので、ロイはかえって反応を選びかねてしまったのだが、…しかし、結局は肩の力を抜いて笑い出した。
「大佐?」
「困りましたね、ブランシュさん」
ホールドアップの真似をしながら、ロイもまた同じ言葉を口にしていた。
「私も見てみたい。もしもあなたの家の人間が彼に嘘をついてつれていったのなら、未成年者略取の疑いをかけねばならないわけですが、困ったことに私も見てみたい」
「おや、大佐もですかな」
「ええ。…実を言うと、私は彼から聞かされていた…というか、聞かれたのです。もしもオートマタのモデルになる話を受けたら、もしもそのオートマタがイーストのどこかに置かれることになったら、見に来るか、と。私は答えました。勿論見にいくよ、と」
二人の男は暫し黙って顔を見合わせた後、どちらかともなく手を差し出した。握手をかわして、そして、彼らは口を開く。
「まず、鋼殿の安否を確認します。それは一番にするとお約束しましょう」
「ありがとうございます」
「それから。大佐、私に考えがあるんですが、乗っていただけませんかな。老人のちょっとした悪戯なんですがな」
「お聞きしましょう」
「少し、ピッチを急がせます。ニューイヤーのカウントダウンでお披露目が出来るように」
「お披露目、ですか」
「ええ。聞いてくださいますかな、まずは…」
老人はまるで少年のような顔をして楽しげに計画を語り始めた。なるほど、こういったところが人をひきつけ、彼の事業を円滑なものにしたのだろうな、と感心しながら、ロイもまたその計画にひきつけられていったのだった。