Bijoux
つまりは、エドワードがロイに奇妙な質問をした後だが…、(弁解するとしたら確かに結果として奇妙な質問だったかもしれないが少年としては切実な疑問)ロイは、「うん…?」と不思議そうに首をひねり、君はおなかが空いているんじゃないか、と的外れなことを口にすると、そこからは有無をいわさずエドワードを引っ張ってなんと自宅まで連れ帰ってしまったのである。早業というのか…なんというか。
そして客人にソファーを勧め、自分はストーブをつけたり湯を沸かしたり鍋を火にかけたりと忙しい。エドワードは小さくなりながらそんなロイの背中をちらりと見つめた。
寒いと思うのに、シャツ一枚になって作業をしている男の背中は、普段より筋肉の動きがよく見て取れた。しっかりとした肩幅も浮き出た肩胛骨も、うかつにも見とれてしまう要素に満ちていて落ち着かないことこの上な。
…しかも悪いことに、じっと見ていると視線を感じて振り向くのだ。デスクワークばかりしているように見えても大佐は伊達ではないと言うことだろうか?
「鋼の? 飽きたか? すぐ支度するからもう少し待ってくれ」
「ばっ、ばか、待てるよ別にガキじゃねえんだからっ」
売り言葉に買い言葉でつい言ってしまってから気づいても遅い。支度だのなんだのに関わらず、これで退路は断たれてしまったも同じ。別に逃げたいわけでもないのだけれど、逃げ道がないのとあるのとでは何となく違うものだろう。そしてロイはそれをわかっている。
「そうか。ならいい」
小さく笑いながら、先にこれを、と彼は温かい茶を出してくれた。
「…ありがと」
二人しかいない場所でそんなことをされたら無視するわけにもいかない。ぼそぼそと礼を口にしたら、どういたしまして、と返ってきて、当たり前のことなのだがいやに気恥ずかしかった。
ロイが用意してくれたのは、帰り道一緒に調達したデリの総菜を簡単に温めたものと、スクランブルエッグ、ベーコンと細かくした芋、それから野菜の芯のような部分を煮込んだあっさりしたスープだった。意外にも家庭的な味に、これほんとに大佐が作ったのか、とエドワードは聞いてしまった。
「そうだよ。細かく切れば火の通りも早いし」
「…よく作るのか?」
スプーンを何となくくわえながら尋ねたら、彼は瞬きした後笑った。
「作るうちにはいるならね。ただ火にかけておくだけだから、冬の家にいるときはやるよ。ストーブの上に置いておくんだ」
そうすると勝手に煮えるから、と彼は答える。どうやら本当に作っているらしい。そしてエドワードが意外に思った本質の部分は通じていないようだった。
…料理、なんていうものを。いやもっというのなら、包丁を持って台所に立つ姿というものをだ、ロイのイメージとして持っていなかったのである。食事なんて外食だろうと何となく思っていた。
「意外、とか、思っているのかな」
再びエドワードに背を向けて何かをしながら、ロイは聞いてきた。まるで心を呼んだかのような質問ではないか。とっさに答えられず沈黙を選べば、かすかに笑う気配。
「よく言われるよ。だが、私は結構家が好きなんだ」
「…ひとりでも?」
思わず聞いてしまってから、エドワードはまた後悔した。それはいくらなんでも無神経すぎる。しかし、ロイは怒ったりしなかった。ただ笑って、ひとりでも、と答えてくれる。胸がきゅうっとしめつけられるような気持ちになったその理由を、エドワードは薄々気づいているのだ。
「だいたい、外でも家でも一人が多いよ。それなら家の方が気楽だろう」
「…あんた、外なら誰でもつき合う人いるだろ」
「うれしいね。そんなにもてそうか、私は」
「……」
エドワードはまた言葉を見失ってしまった。どうも調子が狂う。
そして、ロイが背中を向けてくれていてよかった、と思った。顔を見ていたらきっと赤くなっていたような気がする。
「まあ、帰りも遅いことが多い。若いときはそうでもなかったがね、もう最近は早く家に帰って熱い湯を浴びて寝てしまいたいって思うんだよ。ほんの少し寝酒を傾けるのもいいな」
「…おっさんみたいだな」
ロイは朗らかに笑い、火を止めた。そして大きめのカップを手に取り、スープをよそって振り返ると。
「ばれたか」
そう言って、目を細めたのだった。
その顔に思わず見とれてしまって、エドワードは今度こそ真っ赤になって黙り込んでしまった。
温かい料理は、ただ温かいと言うだけでも十分においしいものである。
…とりあえずロイの作ったスープの意外なうまさについて妙に動揺する心にはそんないいわけを用意して、エドワードは持ちかけた相談の続きを口にしていた。というよりも、ロイが尋ねたのだが。
「それで、君がモデルのオートマタとやらを作ったら、それがイーストに置かれると聞いたのかね?」
お茶をついでやりながら(意外と言えばその甲斐甲斐しさもまた意外なものだった)聞くと、エドワードは困ったように縮こまる。
「…うん、…」
スプーンをくわえながら微妙にいいよどむ姿がなんだか子供っぽくて(エドワードはまだ子供の範疇だろうがそういうことではなくて、子供らしい、という意味で)何となく和む。ひそかに「かわいいなあ」と目を細めながら、ロイは答えをせかしたりはしない。大人なら、こう言うときは話しやすい環境を整えてやらなければいけない。
…ちょっと甘やかしすぎかと思わないでもないが。ロイは、エドワードという存在を知るまで、そんなことが楽しいなんて思ったことがなかった。
「…。っていうか…、でも、イーストのホテルに置くって聞いて…でも本当にそうかわからないけど、」
ぼそぼそと言いながらどんどんうつむいていく。ああ、前髪がこのままだとスープに入ってしまう、と手を出そうか出すまいかとロイは思わず腰を浮かせる。
「それで…でも…だから……、あの…大佐はい、…忙しいから…、わざわざ見に行ったりしないと思うけどでももし通りがかった時とか食事、いった時とかあったら見たりするかなって、オレのこと思い出したりっ、」
最後でぐっと力を込めて顔を上げて、懸命な顔でロイを見つめてくる瞳は少年だけが持つまっすぐさで全部が全部できていた。その水のような美しさは、本当に短いある時期にしか人間の上にはないもののひとつ。大人と肩を並べて生意気な口をたたくエドワードが、それでも確かに少年なのだということを教えてくれるそのまなざしにロイは目を奪われる。
「…おもい、だしたり、…する、かな…」
ロイがあんまり無言で見つめすぎたのがいけなかったのだろうか。エドワードは語尾をしりすぼまりにしてまたうつむいてしまった。
「………」
「………」
しばしどちらも言葉を発さない。エドワードはひたすらに気まずく、恥ずかしがっているし、ロイはただただ呆然としてしまっているしで。
「…見に行くよ」
結局、沈黙を先に破ったのはロイだった。彼は穏やかに笑って頬杖をつき、うつむいているエドワードをのぞき込むようにしながら、小さな声で言って聞かせる。
「行くに決まってる」
「……」