Bijoux
いや、価値なんてことは置いておいて、一緒に、同じ目線で楽しめるというのは大事なことだ。そういう共通の感覚があるからこそ、目的を見失わないでいられる。
「承知いたしました。では、ドレスコードの件はハボック少尉にも伝えておきます」
「そうしてくれ。…あー、そうだ、中尉、奴のことだ。軍服以外、なんていったら恐ろしくラフな格好できそうだ。君はドレスを着るとでも言ってやってくれ」
「…ドレス、ですか?」
「本当に着る必要はない。それくらい言っておけば、あいつもスーツくらいは着てくるだろうと思ってな」
そこでなぜか中尉は考え込んだ。ロイは首を傾げる。
「中尉?」
「それでしたら、私も本当にドレスを借りてきましょうか」
「…え?」
「何か問題が?」
「いや、そんなことはないが。…ワンピースくらいでいいんじゃないかね? スーツとか」
「でも、大佐はタキシードをお召しになるんでしょう?」
「…まあ、…一応」
市民にホテルを解放し、飲み物や軽食を配るというイベントだ。そこには特に服装についての定めはなく、つまりロイがタキシードを借りるというのは単に参加するだけではない理由があるのだろう。しかも、話したくはない理由が。
「では、護衛の私たちが軍服以外のラフな服装、では確かにおかしいでしょう。何を着ようかしら」
「……。領収書をもらってきてくれ。経費にしよう」
「まさか。用意します」
「…そうか」
「では、失礼します」
「…うん」
なんだか妙な方向にいったな、とロイは思った。思ったが。
「…まあ、いいか」
悪い結果というわけではないので、問題ないことにした。
スターリーホテルでは準備が急ピッチで進められていた。こちらもまた忙しかったが、ロイのように殺伐としたものではない。ブランシュが金に糸目をつけるなと言ったために、シェフはいくつもいくつも配る料理や菓子を試作していた。
ひと足早くホテルにやってきたエドワードは、その試食係としてそれらを検分中…いや、楽しんでいる所だった。
色とりどりのカナッペや小さく切られたサンドイッチ、やはり小さめのマフィン、マドレーヌ、アイシングされたジンジャークッキー、スコーン、マカロン、タルト、食べやすいように四角く包まれたクレープ、スティックケーキ、ドーナツ、骨付きチキン、ミートパイ、エトセトラ、エトセトラ…。
「ふー、腹いっぱい! しあわせ!」
満足げな少年に、シェフもまた満足げである。料理を作って本当によかったと思うのは、綺麗に盛り付けた時ではなくて、こうやって素直な賞賛を受けた時である。勿論世の中には違う考えの料理人もいるだろうが、少なくともスターリーホテルのメインシェフはそういう考えの持ち主だった。
「しかもすっげえ凝ってるし…こんなの、ほんとにタダでいいの?」
傍らのブランシュに、エドワードは首を傾げた。
「ああ。喜んでもらえると思うかね?」
「思う思う! っていうか、タダって…すっげえ」
満腹だと言いつつまたタルトを持ち上げたエドワードに、恰幅のいいシェフは顔をしわくちゃにして喜ぶ。いい人だなあ、となんとなくエドワードは思った。
「外国にはね」
「うん?」
「冬の、聖人が生まれた日にプレゼントを配る白いひげの老人、というのがいるんだそうだよ。アメストリスにはいないが」
「へえ〜、いいなあ、そういうの」
「だろう? だから、やってみたらいいかと思ったんだよ」
「え? ああ…だから、」
「そう。プレゼントを配るのは難しいけどもね、これならできるだろう?」
「…うん。でもやっぱ、すげえと思うな。普通、できないよ」
「そうかね?」
「そうだよ」
力いっぱい頷くエドワードは、やはりまだ体を動かす上では本調子でないようだった。しかし頭はもうしっかりしていたし、何より数日間の絶食を取り戻すかのように空腹だった。消化の悪いものはさすがに避けた方がいいのでは、とアルフォンスなどは思ったが、あまりそういったことはないらしく、兄の胃袋に感心すればいいのか呆れたらいいのか、アルフォンスはしばし迷ったものだ。
「なんか、いいなあ、そういうの。夢があってさ。…オレもなんかできるかなあ」
いつになく素直な兄の様子はむしろ微笑ましいくらいだったが、アルフォンスはエドワードのことを多分世界中で一番理解しているので、言わずにはいられなかった。
「…あんまり、兄さんは何もしない方がいいと思う」
「なんでだよ、アル」
当然のごとくふくれる兄に、弟はしみじみと言った。
「…たぶん、すっごい困ったことになるから」
「おまえ、ひどいぞ」
「ひどくない。これはね、兄さんのためでもあるんだよ」
「なんでだよ?」
「わからないのは兄さんだけです。大佐に言えばきっと深く納得してくれるよ」
「ええ〜、なんでだよ…大佐は…そんなこと言わないだろ…」
ロイの名前を出したらなんだか急に落ち着かない様子になった。なんだろうかこれは…と微妙な気持ちになりながら、アルフォンスは断言した。
「とにかく、兄さんは何もしないのがいいよ、本当に。大体ちょっと前まで寝込んでたんだから、じっとしてた方がいいに決まってるだろ?」
「…まあ、そっか」
また寝込んだら困るもんな、とうまく納得してくれた兄に、アルフォンスはほっと胸をなでおろした。
そんな二人を、ブランシュがそれこそ本当の孫でも見るような顔で見ていた。
「………」
その黒いドレスは恐ろしいくらいホークアイ中尉に似合っていた。肩も出ているし、イブニングを選んだのだろうが、元々ドレスコードなどあってなきがごとしだ。それが正しくイブニングドレスなのかどうかは、正直ロイにもよくわからなかった。だがまあ、とにかくその黒一色のドレスは彼女によく似合っていた。それは確かなことで、つまり、だから、問題はそれではなかった。
「なんすか。言いたいことがあるなら言えばいいじゃないっすか…!」
ロイは微妙な顔で口を開く。気分的にも微妙だったから、そういう顔をしていたのに違いない。
「…ファルマンに聞いたことがある」
「なにをですか」
「馬子にも衣装」
「…どういう意味っすか?」
「端的に言うと…美しい人はより美しく、それなりのひとはそれなりに…いや違うか」
「どういう意味なんすか!」
「うん、まあ、なんだ。…おまえ、まったく堅気に見えないな」
ホークアイに合わせたらしく、ロイ同様フォーマルを借りてきたハボックだったが、なんというか…きちんとした様子に見えるというよりも、マフィアとか…そういった、いわゆる「その筋」の人間にしか見えなかった。似合っていないわけではないからいいのだろうが、軍人がその手の人間に見えるというのはどうなんだろうか。普段は軍服を着ているからそんなことはないし、どちらかといえば気さくな青年風なのに、まさかそんな落とし穴があろうとは。
「似合っているのだからいいじゃありませんか」
黒いドレスにゴールドのネックレス、ゴールドのピアス。金髪はいつもとは違う結いあげ方。こちらもまあ、軍人には見えない女性があっさりと片づけた。
「まあ、そうだが…」
「それに、恐らく我々は誰も一般人には見えないと思います」
「…………そうだな」