Bijoux
主に不動産関連の資産を多く所有し、土地を貸して収益を上げているといったところ。また、他にいくつかのホテルと飲食店を経営している。いずれもこれといって問題はなく、ホテルやレストランに至ってはロイも知っていたり利用したことがあるものも含まれていた。特に大きいのはスターリーホテルという駅近くにあるホテルなのだが、なかなかに洒落たホテルで価格もそれなりなので、司令部で部屋を用意しなければならない客などがいた時はよく部屋を借りる。往々にして、そういう「お客様」は軍系列のホテルではいやな顔をするのだ。そしてそういった注文の多いお客様も、スターリーホテルなら結構満足して帰途についてくれるからありがたい。ロイは利用したことがないのでよくわからないが、サービスが行き届いているそうだ。彼が知っているのは、ホテルのデザインがレトロであることとロビーに大きなオルゴールがあることくらいである。
これは本当に怪しくはないか、とどこか拍子抜けする気持ちになりながら、では、氏が車椅子を余儀なくされるほどの怪我とはなんだったのか、と事故の記録についても調べた。新聞などであれば名士の悲劇を大きく取り扱ったのかもしれないが、軍部に残された記録はごく簡潔であっさりしたものだった。曰く、濃霧で視界が悪かったときに、乗っていた車の前に人が飛び出してきた。よけようとしてハンドルを切り損なったため、同乗していた夫人と娘、運転手が亡くなり、氏だけはかろうじて一命をとりとめたものの一生歩けない体になった…。
無味乾燥な事故記録からは、それ以上のことは読み取れない。ブランシュが何を思ったかなどわかるはずもない。
そしてその事故の後、彼は郊外に屋敷をもってほぼ引きこもってしまった。趣味のオルゴール蒐集を生きがいとしていると真しやかに囁かれているが、所詮は噂の域を出ない上に、別に悪いことでもなんでもない。
「…オルゴール、か」
ロイは資料の端を指で弾いて呟いた。オルゴールといえば金持ちの趣味だ。ロイも、幾度か上官宅で催されるパーティーなどで目にしたことがある。小型のものもあるのだろうが、大型のディスクオルゴールや大型のシリンダーオルゴールはオーケストラ顔負けの音域と演奏を誇り、確かに耳に楽しい。また、それだけの大型のものを揃えられるということはつまり豊かさの証明でもあるから、そういう意味で上流階級ではわりあい一般的な趣味だと理解している。
ただ、そこまで考えて、ロイは眉根を寄せた。
「…しかし、なぜガラスが関係するんだ?」
エドワードがすっかり眠り込んでしまい、従って暇になってしまったアルフォンスは、まだ暗くなりきらないうちだということもあって邸内を見学することにした。あまりうろちょろするのはよろしくないかもしれないが、まずいことがあれば何か注意を受けるだろう、くらいの気持ちである。彼もまた、エドワードとは違うかもしれないが、マスタング大佐という男を信用していたためだ。大佐が止めなかったのならこの屋敷の主は別におかしな人ではないのだろう、という気持ちが少年にもまたあったのだ。
子供といえば子供なのだろうけれど、それだけ兄弟にとってロイが特別だ、ということでもある。
部屋はやたらと厳重だ、とは思ったが、庭に出てみるとそんなこともなく、冬という時節柄寂しくはあったものの、手入れされた庭は十分に美しかった。ちょうど色づいたメイプルの葉が落ちていて、すっかり秋だなあ、なんて思う。
庭から屋敷を眺めれば、一画が既に工房めいた作りに改装されている。それだけ屋敷の主は例の楽器作りに本気なのだろう。
ガラス工房の主人や人形師から楽器については説明を受けたけれど、アルフォンスにもいまひとつぴんときていない。オルゴールでオートマタが組み込まれているものがあるだろう? と彼らは楽器と人形とのかかわりについて説明してくれたのだけれど、作るのはオルゴールではない。グラス・ハープなら少年も知っていたけれど、それとも違うという。とりあえず出来上がるのを待つしかないねえ、とのんびり構えるあたりは大物だ。
強い風が吹いて、雲が屋敷に陰を投げかける。何となく寒々しい気持ちになって、アルフォンスは出てきた邸内へまた戻っていった。屋敷の周りは本当に森しかない上に、庭があるとはいえその外側には昔の城のように堀がめぐらされている。今はまだ跳ね橋は降ろされていたけれど、あれが上げられたらちょっと脱走できないな、と背中で少年は思う。
屋敷は三階建てで、一階の広いエントランスをくぐるとすぐに大きな階段がある。階段の右手には食堂とホール、応接間が、左手に進むとにわか作りの工房と地下への階段があった。それぞれそれ以外に物置などの小さな部屋があるようだが、それらは本当に小さな部屋だった。地下にはワインセラーがあると聞かされたが、兄弟にはさっぱり縁がない。二階には主人の書斎や客間、ライブラリーにシガールームがあり、三階は特に今は使われていない、とのことだった。二人が聞かされた大まかなこの屋敷のレイアウトはそんなところである。
だが、アルフォンスは歩いてみて気づいた。工房に進んでいくと、工房の先にも回廊が続いていたことに。まだ夕飯には早い。つまり、エドワードはまだ起こさなくていいということだ。何があるんだろう、と足を進めていくと、一度回廊は途切れ、別の小さな建物が出現した。
「…?」
建て増ししたような、そんな雰囲気だが、屋敷の雰囲気と統一感があるから、離れのように作ってあるだけで建て増しではないのかもしれない。
建築が瀟洒なので小屋という雰囲気ではないが、大きさとしては小屋と表現したくなるようなものだった。何となくぐるりと見渡してみる。八角形のその建物の特徴は、まずはその八角形であることなのだろうが、それ以外にも窓が小さいとかそういった特徴もあった。物置にしては瀟洒過ぎるし、大きな屋敷に付随している小さな家、というのとも違いそうだ。住み込みの管理人、というのもないだろう。屋敷には使用人がそれなりに充実しているようだった。
「…何の建物なんだろ?」
窓から中を覗き込もうにも、アルフォンスの頭より高い位置にあるから見えない。
「お墓」
「え」
唐突に後ろから声がして、アルフォンスは驚いた。まるで誰の気配も感じなかったのに。
「お墓よ。ママが眠ってるの」
そこに立っていたのは、十代半ばくらいの少女だった。アルフォンスはその顔を見て、再び息を飲む気持ちになった。
金色の髪に琥珀の瞳。表情やその色合いは微妙に違うものの、少女はエドワードに似ていた。勿論そっくりということはないけれど、第一印象が似ていた。たぶん、目の形や色合いが似ているのだ。
「ママって…君のお母さん? 君はここの子なの?」
屋敷の主人は老人がひとりだと聞いている。対面は夕食のときだというから、まだ顔も知らない。この少女が主人の娘とは限らないが、屋敷と直結したようなこの建物が本当に廟所だとしたら、少女は当主の娘だということになる。
「ねえ、……?!」
もう少し話しかけてみよう、とアルフォンスはそう思い一歩歩み寄った。
が。
「…ど、…えええっ?!」