GO! GO! YOUNGSTER
木曜は二人してずっと家にいた。思えばエースが帰ってきてすぐルフィはゾロを見つけたので兄弟水入らずの時間などほとんどなかった。ルフィもようやく落ち着いたのかそこに気付いたらしく、起きてくるなり「今日はどこも行かねえ! エースと遊ぶ!」と宣言した。そのまままた丼飯を三杯もかき込み、兄弟ははちきれそうな腹を抱えて縁側に寝転がった。今日も天気がいい。
エースは物干竿にはためいているシャツのうち何枚がマルコからぶんどったものだったか数えながらどうやってルフィに宿題をさせるか考えていた。朝の早いうちにウソップがやって来てサボった二日の間に出た課題をルフィに押し付けていった。いつまでたってもウソップはルフィの尻拭い役だ。もっともウソップが何かやらかしたときはルフィが出て行って引っ掻き回すのだからお互い様というところだろう。ナミはどうしたと尋ねたら家族で海外旅行だと返ってきた。ナミの家はそんなに裕福ではなかったはずだが、養母のベルメールが宝くじで一山当てたらしい。父親がわりと祖父がわりの中間ぐらいのゲンゾウも引き連れて今頃グアムで大暴れしているのだろう。
ルフィはそのウソップが置いていった課題をやる気はさらさらないようだった。先ほどからぽつぽつとエースにあの国での話をねだっては笑い、うとうとと眠る。エースもあの国に残してきた陽気な仲間たちと偉大な父親の話を誇らしげにしてはシャツを数えている。時々ルフィの課題のことを考えながら。だが結局のところ、エースも課題なぞどうでもいいのだ。後でそれなりにやらせようとは思うが思うばっかりでなかなか動こうという気になれない。弟があまりに仕合せそうに眠っているものだから。
ルフィは一晩ぐっすり寝て、ゾロのことを今日は忘れることにしたようだった。朝からゾロの話は一度もしない。エースのことばかり聞き、自分のことばかり話す。エースはそれが嬉しくて、少し寂しい。
この日は良く風が吹く日で、ルフィはまた目を覚ましてエースの国のことを聞いた。エースの国に吹く風はこの国と似ているのか、と。エースは唸った。
「似てるような似てないような…あっちはもっとからっとしてるな。梅雨はねェし」
「梅雨がないのか! いいなァ…おれ、梅雨きらいだ」
ルフィが羨ましそうに言った。
「ああまァ、梅雨はじめじめしてるしなあ。でも雨が降らないとホコリっぽくてよくねェぞ」
エースが言うとルフィは首を傾げてそうなんか、と言った。
そんな風に下らない話を続けていると不意にインターホンが鳴った。時代錯誤の感のある長屋門に取り付けられたインターホンは滅多なことでは鳴らない。知り合いや近所の人々はそんな間怠っこしいことをしないというのもあるが、インターホン自体が接触が悪く渾身の力でボタンを押し込まないと作動しないのだ。エースは首を傾げた。
「誰だ? こんな時間に」
「あれ押すような知り合いはおれいねェ」
ルフィが縁側から飛び降りてゴム草履を引っ掛ける。誰だー、とおよそ客を迎えるものとも思えない声を掛けながら門に向かっていくのをエースも追う。
通用門を開けたルフィが途端にギャアアと叫び声を上げた。
「ルフィ?!」
「ゾゾゾゾゾゾォォォロォォォォォ?!」
「…は?」
覗き込むとあたふたするルフィの向こうでばつの悪そうな顔をしたゾロがガリガリ頭を掻いていた。
「……あー…」
はあと溜め息を吐くと左手に提げていたビニール袋を無言で突きつける。ルフィが思わず受け取ったのを覗き込むと中身は酒とつまみだった。それにファストフード店のチキンもいくらか。
ルフィは訳が分からないという顔をしてひたすらん?ん?と首を傾げていたが、エースは青年の心情の微妙な匙加減と控えめな歩み寄りを感じ取って、微笑ましい気分でにかっと笑って言った。
「とりあえず上がってけ、な、ロロノアくん!」
「…おう」
ゾロはD家の意外なたたずまいに驚いたようだった。へえと感心したように呟いて庭を眺めている。そわそわと落着きのないルフィを放って麦茶を運んだエースは縁側にあぐらをかいたゾロにグラスを渡しながら「ボロい家だろ」と笑った。
「いや、立派な造りだ。結構古いんじゃねえのか」
「まあ二百年ぐらいかなァ。おれもよくは知らねえ。ルフィの親父が気に入って買ったもんらしいけどな」
「…ルフィの親父?」
怪訝な顔をするゾロに、ようやく腰を落ち着けたルフィがなんでもないことのように言う。
「ああ、エースとは血がつながってねェんだ。おれの父ちゃんとエースの父ちゃんは親戚らしいけど」
「まあ普段は忘れがちだからあんま知ってる奴ァいねえけどな」
エースがからから笑う。ゾロははあと首を傾げた。
「それにしちゃ良く似てる」
「兄弟だからな!」
ルフィがしししと笑った。そばかす一つない顔に浮かぶ笑みはしかし、良く似ていると昔から言われる。
ゾロは麦茶のグラスを傾けながらふうんと相槌を打った。
「おいあんた、酒はどうした」
ゾロがグラスを空にしてふと思いだしたように言った。エースはルフィとそっくり同じ顔でしししと笑った。
「いやァよく考えたらルフィもロロノアくんも未成年だなと思ってさァ」
「…おい」
「しかしまあせっかくロロノアくんが持ってきてくれた酒だ、放っておいてうちのジジイに飲まれるのも偲びねェ。ここはひとつ、おれが美味しくいただこうと」
エースは後ろに隠していた酒瓶を取り出して悪い顔をする。途端にゾロが片膝立てて怒鳴った。
「ふざけんなてめェおれの酒だぞ!」
「貰ったからにはうちの酒だ!」
「あっずるいぞエース、おれも酒飲みてェ!」
「お前は一杯で潰れるだろうが。ここは有意義に飲んでやれる兄ちゃんに任せとけ」
「いやだ! おれだって飲める!」
「おい客を放って何してくれてんだエースこの野郎!」
子供二人が両側からエースの胸ぐらを掴んで怒鳴り立ててくる。エースはその様子があんまりそっくりなのでとうとう声をあげて笑った。かわいい奴らだ。心底そう思ってきょとんとする二人を両腕で抱き寄せると「お前らかわいいなァ!」と思った通りを口にした。
「かわいくなんかねェ!」
「なんだお前気持ちわりィな!」
ルフィはぶくっと頬を膨らませて憤り、ゾロはエースの腕を振りほどいて嫌な顔をした。エースはまた笑った。
結局エースは台所から切子の大振りの盃を三つ出してやった。ルフィの前にはチェイサー代わりの麦茶も置いてやって、ゾロの買ってきたつまみとルフィが部屋から持ってきた袋菓子でささやかながら宴会の態である。軽く盃をぶつけて乾杯するとゾロは目を細めて旨そうに清酒を飲み干した。
「うえー辛ェ」
「だから言ったろう、お前にゃまだ早い。納戸にダダンの梅酒があったろ、持ってきてやるからそっちにしとけ」
ルフィが顔をしかめるのにエースが笑うとまたむくれる。ゾロは早速手酌で二杯目を舐めている。
結局梅酒に落ち着いたルフィは放っておいて、エースとゾロはひたすらゾロの持ってきた日本酒を飲んでいた。すっきりした飲み口でついつい杯を重ねる。エースは時折つまみを放り込みながら無言で飲み続けるゾロをちらと見やった。
ゾロは何も言わない。
作品名:GO! GO! YOUNGSTER 作家名:たかむらかずとし