GO! GO! YOUNGSTER
ルフィは「二度と顔を見せるな」と言いながら突然やって来たゾロにどう接していいのか珍しく態度を決めあぐねているようだった。そわそわとゾロの傍に寄ろうと立ち上がってはハッとしたようにまた腰を下ろす。結局二人の間、大分エースよりの辺りにちんまり胡座をかいて、エースとばかり話をしている。
「───…んで、だ。そろそろ本題に入ってもいい頃合いじゃねえかと思うんだがよ、ロロノアくん」
日の傾きかけた頃だった。一升瓶を逆さに振って最後の一滴まで舐めたエースがああ旨かったと溜め息を吐いて、そのまま何でもないことのように言った。
ゾロの眉がぴくりと動いた。ルフィはいい加減真っ赤になった顔でうん?と首を傾げている。
「……あー…」
「ただおれ達と酒を飲みにきたわけじゃねえだろう? どうした、ロロノアくん」
エースがじっと見つめる。ゾロはその目をしばし真向から見つめ返して、それから不意に目をそらして後ろ頭を掻いた。
「…ルフィ」
「ッぶはっ!」
突然声をかけられたルフィがコーラに噎せて咳き込んだ。鼻が鼻がと言いながらも混乱した顔でゾロを見る。ゾロはルフィと目を合わせゆっくりと頭を下げた。
「───…昨日は悪かった」
「んあ?!」
ルフィが座ったまま飛び上がった。ゾロは胡座をかいたまま拳を床についてきっちり九十度の礼をした。
「ついかっとなって言い過ぎた。まあ確かにお前がうざったかったのは本当だが、殴って悪かった」
「いいいいいや! ゾロが悪いんじゃねェ! …おれもな、ゆうべエースに言われて分かった。ごめんなゾロ。おれ、お前と友達になりたくて、なりたくて、お前が嫌かもしんねえとかあんま考えてなかった。だってお前おれのこと嫌いじゃねェもんな。でもおれのこと嫌いじゃなくても友達になりたくないかもしれないのは分かんなかったんだ。ごめん!」
ルフィもひと息に言ってごんと音を立てて頭を下げた。いってェと悶絶するのをエースはにやにやと見つめた。頭を上げたゾロが顔をしかめている。
「…いや、確かに嫌いじゃねえけどよ、本人が言うかフツー。…まあいいよ、とにかく悪かった。おれはお前と友達にはなれねェが、お前が憎いわけでもねェ。だがまァ、シモツキに来るのは昨日を最後にしてくれると助かる。もう関わるな」
ゾロはきっぱりと言った。ルフィが涙目で額を抑えながらなんでだと尋ねた。
ゾロはしばし躊躇して口を開いた。
「エース、あんた、知ってんじゃねえのか」
「…まあ、想像はついてるし知ってるっちゃあ知ってるな」
エースは苦笑した。ルフィが目を見開いて叫んだ。
「んん?! ほんとか?! エースずるいぞ!」
「お前、本人から聞かないと意味がねえとか言ってたろう。それにおれだって全部分かってるわけじゃねェよ。うっすらだうっすら。…なあ」
エースが目をむけるとゾロは顔をしかめた。頭の後ろで腕を組み柱に寄りかかってルフィを見つめる。
「───うちはな…」
───うちは極道だ。まあ元だがな。親父が昔、そっちの世界じゃ相当名を売ってたらしい。
親父はシノギだとか組だとか、そういうのには全く興味がない人間だった。今でもな。親父はただ剣が強くて、勝負が好きで、その道を突き詰めてったらいつの間にかそっちの世界にどっぷりだったって男だ。
そんな親父でも、っつーかそんな親父だから、周りにゃ極道が寄ってくる。そっちの世界に足突っ込むっつーのは簡単なことじゃねェんだ。そういう世界に生きるなら、本人が望む望まねえに関わらず、生活もねぐらも考えなきゃならねェ。本人のためだけじゃねえ、周りの奴らのためにもだ。巻き込まれちゃかなわねえからな。そういうのに無頓着な親父の世話をするのに人が寄ってきて、最後は大所帯の「鷹の目組」の出来上がりだ。
それでまァ何年か経って、おれが生まれた。おふくろのことはよく知らねえ。おれを産んで死んじまったらしい。いい親父だよ。クソむかつく野郎だが、おれは親父を尊敬してる。いつか超えてみせるが、嫌いなわけじゃねェ。
おれは物心つく頃には剣を仕込まれてた。親父に言わせりゃ立てるようになる前に剣を抱えてたっつーからもう性分だな。でも師匠は親父じゃなかった。親父の知り合いの道場主がおれの最初の師匠だ。親父が何を考えてそこにおれを預けたのかは知らない。親父があの人の剣をえらく気に入ってたのは確かだが。
おれは毎日その道場に通ってた。ちっとばかし大きくなると、毎日勝負ばっかりしてた。結果? 二千一戦二千一敗だ。おい笑うな。おれが弱かったわけじゃねえ。
相手は先生の娘で、一つ年上だった。くいなっていう、生意気でむかつく女だった。あの頃のおれからしたら、でたらめみたいに強かった。
先生や親父は大人だからまだ勝てねえのは仕方ねえ。鍛錬にかけてきた時間も違う。まあそれでも悔しくてしょうがなかったけどな。でもくいなはおれと同じ子供だ。なんで勝てねえんだって毎日地団駄踏んでた。
でも仲は良かったよ。親友だった。いつかおれかあいつか、どっちかが世界一の大剣豪になるんだって約束した。
おれがあいつに勝てないまま、二千一敗目をくらった次の日だ。
くいなが死んだ。
おれに何か用があったらしい。あいつがいずれ継ぐ筈だった刀を持ってうちに来てた。おれは道場の仲間と遊びに行ってたかなんかで家にはいなかった。親父はくいなをおれの部屋に上げた。親父もくいなを気に入ってたからな。無愛想なりにな。
そのまま、おれの部屋にいればよかったのになァ。なんでだかくいなは部屋を出た。おれの部屋を出てすぐが階段で、くいなはその階段から落ちて死んだ。
あっけないもんだよ。
その時家には組員が何人かいた。くいなが落ちて死んだのを最初に見つけたのも組員だった。親父が呼ばれて、先生が呼ばれて、それから最後におれが帰ってきた。
くいなはもう奥の間に寝かされてたよ。
あっけないもんだなァ。昨日おれをぶちのめして笑ってたクソ生意気な女が、今日は畳の上で冷たくなってるんだもんなあ。
───くいなが死んで、親父の組は揉めた。
先生は事故だったんだって言ってたし、あの人はそう信じてた。だがおれは信じきれなかった。親父も多分。
おれが先生に剣を習ってるのをよく思ってねェ奴が何人かいたんだ。親父が先生と親しくしてるのが気に入らねェ奴が。先生は親父みたいな強さを持ってるわけじゃなかったから。
そいつらが丁度家にいた。おれの部屋のある離れにも。おれはそいつらが嫌いだったし、今でも好きじゃねえ。残ってる奴もちらほらいるが。
おれと、先生を慕ってた組員と、それに多分親父も、あいつらが腹いせにくいなを突き落としたんじゃねえかって思ってた。小学校も出ねえような子供だ。階段の下から声でもかけて、覗き込んだところをもう一人が後ろからちょっと小突けばそれでいい。…人なんてなァ、脆いもんだからな。
結局、親父は組を解散した。「飽きた」って一言でな。でも皆多分分かってたろう。くいなのことがきっかけだって。
作品名:GO! GO! YOUNGSTER 作家名:たかむらかずとし