GO! GO! YOUNGSTER
散歩と言ってもこの兄弟の場合少しばかり距離が長い。始めは普通に家の周りをぶらついて昔通っていた小学校を眺めて思い出話をしたり商店街で買い食いしたりしていたが、河川敷に出たところで様子が変わった。冗談半分走り出したエースをルフィが追いかけ始め、気付いた時には全力疾走を始めていた。微笑ましく見る犬を連れた老人たちの視線にいちいち会釈しながらそれでも弟なんぞに負けてたまるかと全力で走り続け、一体何キロ走ったのか気付いた時には知らない街の真ん中にいた。
「おい待てルフィ、ここァどこだ?」
「んあ?」
ぜひぜひ息を荒げたルフィが舌を出したまま顔を上げて首を傾げた。
「…どこだ?」
「迷ったな」
うん、とエースは頷いた。ルフィがきょろきょろしている。見覚えのない街並みの真ん中を二人が走ってきた川の遊歩道が通っている。大分前から建物の間を走っていたのだが二人は全く気付いていなかったようだった。二人とも方向音痴の気があるのだが根はこういう無頓着すぎるところにあるのかもしれない。
エースは額の汗を拭って傍にあった自動販売機に近づいた。ルフィはどうせコーラだろう。自分にはミネラルウォーターを買って戻るとルフィは川縁のベンチにひっくり返ってふいーと息をついていた。
「ほれ」
「サンキュー。…ん? エース水か? サイダーじゃなくていいのか?」
「あー、あんま飲むとおっさんに怒られんだ」
「パイナップルでバナナのおっさんか? けちだな!」
ケチなわけではないのだが、マルコが怒るのでエースはもうあまり清涼飲料水は飲まない。エビアンよりボルヴィックが好きなことを発見して随分たつ。一息にコーラを飲み干してルフィが言った。
「なあエース、ついでに飯食ってこう!」
腕時計を見ると丁度正午を回ったところだった。一時間以上は走り続けていた計算になる。そう考えた途端腹の虫が騒ぎだして、エースは財布の中身を確かめて頷いた。
「よし、そうするか」
「やった!」
ルフィがぴょんと立ち上がってエースの手を引いた。何を食べたいか尋ねたところでルフィが肉しか言わないのは分かっている。エースは食べ放題のバイキングでいいだろうとのんびり歩き出した。実家周辺の店は一家揃ってことごとく出入り禁止になっているのだ。
にくー、にくーと案の定肉を食べる気満々のルフィに吹き出しながら歩いていると、真っ昼間から物騒な光景に出くわした。
「ん?」
「なんだあいつら」
川沿いの遊歩道をそれて繁華街へ続いているらしい道に入った時だった。小汚い路上で青年が十人を超える男たちに囲まれていた。背の高い青年は不思議な緑色の頭をしている。制服らしい白いシャツにひしゃげた学生鞄を引っ掛けうんざりしたように男たちを見下ろしていた。
「カツアゲか? よくやるな」
エースが呆れて言った。助けに入っても良かったが遠目にも青年の方が格上であるのが見て取れた。タッパもあるし落ち着いているし何より隙がない。エースも大概場慣れした方だが青年はいっそ何事もないような顔をしている。放っておいても自分でカタをつけるだろう。手出しは無粋だ。
だがルフィにはそう見えなかったようだった。エースより十センチも低いルフィの身長では青年の顔まで見えなかっただけかもしれないが。
「おい、何してんだ」
ルフィはひどく気軽に声を掛けた。そこにみっともねェことしてんなオッサン、という響きを感じ取ったのは多分エースだけだろう。男たちがぴくりとこちらを見た。
「あんだ、ガキ。あっち行ってろ見せモンじゃねえ」
男の一人が凄むがルフィは全く意に介さない。
「カツアゲか? それともリンチか? オッサン大勢でかっこわりィな」
「ああ?!」
男たちが色めき立った。ルフィは平然と立っている。その後ろでエースはあちゃあと額に手を当てた。ルフィはやる気だ。正義感より退屈が主な動機だろう。彼にだって勿論そういう時代はあったが三年経って大人になったエースはどちらかというと早く飯にありつきたかったので、面倒事に首を突っ込む弟にこのアホという感想ばかり抱いた。
「…ルフィ、やるなら手短にな。それとそっちの兄ちゃんは手助けなんかいらねェと思うぞ」
「まあな」
青年が初めて口を利いた。驚いたようにルフィとエースを見つめていた青年はエースの言葉にさらりと応えてちらりと二人を見ると笑った。少し驚くほど端正な顔をしていたがそれがまた恐ろしく悪そうな顔でもあった。その悪そうな顔がこれまた悪そうな笑みを浮かべるもので、エースは思わず吹き出した。ルフィは目を真ん丸に見開いて「にーちゃんかっけェな!」と叫んだ。
「ってめェら!」
すっかり無視された形になった男たちがいきり立ってルフィに向かってきた。ルフィは青年を見つめたまま、事も無げに振りかぶられた拳を避けた。空振ってよろけた男の背中にひょいと軽く蹴りをくれる。男は物も言わずに吹き飛んだ。エースはおおと目を見張った。三年前、拳の方が得意だったルフィの蹴りはエースに比べて随分軽かったが、どうやら大分鍛えたようだ。
弟の成長に感慨深い思いでいるとばらけた男たちの内の一人がエースの方にもやって来た。ルフィは向こうで新たに四人を相手に楽しげに暴れ回っている。一発で顎に当ててのしてしまわないあたり、引き延ばして楽しんでいるのだろう。悪い癖だなとエースは兄貴ぶって考えたが、自分だってしょっちゅう同じようなことをしてはおっさん連中に叱り飛ばされているのだ。
目をギラギラさせた男がナイフを振りかぶって突進してくるのをエースもまたひょいひょいと避けた。何度も避けられて男は怒り心頭に発したようだ。訳の分からないことを喚きながらまたも猛進する。エースはやれやれと肩をすくめて足を引くととんと舞い上がった。
「え」
男がエースを見失って瞬きをする。跳ぶエースの滞空時間は驚くほど長い。ほとんど音も立てずに男の後ろに着地すると間髪入れずに首の後ろを水平に薙いだ。普通手刀を入れたぐらいでは人はそうそう気絶なぞしないが、学生時代漫画の技を再現しようとあちこちで練習して回ったエースはコツをよく知っている。要するに角度と衝撃の強さだ。もっともエースの場合は馬鹿力と人間離れしたスピードを致命傷にならない程度に殺す方法がコツになるのだが。
あっさりと男を沈めるとエースは青年に目をやった。三人を相手にしている青年はポケットに突っ込んだ手を出しもしない。こちらもやはり危なげなく避けては長い足で引っ掛けて転がしている。そのうちに四人をあっさりたたんだルフィが文句を言い始めた。
「にーちゃんつまんねェぞ! もっと派手にやれ派手に」
喧嘩とショーがごっちゃになっている。兄弟は路上にあぐらをかいてすっかり傍観の態である。青年はこちらを見やって呆れた顔をした。
「派手ってお前なァ」
「あー、あんまり長引かせるとポリが飛んでくるぞ、兄ちゃん」
エースが実体験から来る忠告を投げると青年はまずいという顔をしてようやくポケットから手を出した。
作品名:GO! GO! YOUNGSTER 作家名:たかむらかずとし