GO! GO! YOUNGSTER
その手が何かを探すように動き、それから我に帰ったように男を張り飛ばした。文字通りの張り手である。耳からこめかみを張られた男は物も言わずに崩れ落ちた。唖然としているもう一人の腹に今度は蹴りをくれて、最後の一人は胸ぐらを掴むと片手で吊り上げていとも容易く投げ飛ばした。ビルの壁にぶつかる鈍い音がする。それで終わりだった。
「おおー」
ルフィがぺちぺちと気の抜けた拍手をした。青年が苦い顔をする。
「それはなんの拍手だ」
「強いなにーちゃん!」
「ああそりゃどうも。…それでお前らはなんなんだ」
青年はしかめっ面で二人に向き直った。地べたにあぐらをかいたままの兄弟は顔を見合わせるとお互いを指差して言った。
「こっちはエース!」
「こいつはルフィ。おれの弟だ」
「…つまりエース、の弟の、ルフィ」
二人を順に指差しながら言うのにルフィがにかっと笑っておう、と頷く。青年は溜め息を吐くと大きな手で顔を覆った。
「…なんの説明にもなってねェ…」
「エース、おれ決めた!」
ルフィがまっすぐに青年を見たまま言った。
「ん?」
嫌な予感がしないでもない。エースがマズいかな、とルフィの口を塞ぐ前に、ルフィはきらきらした目で叫んだ。
「にーちゃん、おれと友達になってくれ!」
「…はァ?!」
エースはあちゃあ、と顔を覆った。
ルフィはその後傍観するエースをよそにひとしきり青年にまとわりついては「友達になってくれ」とねだり続けたが、青年は勿論うんとは言わなかった。先ほどの手練振りを見るに殴り倒して引きはがされなかっただけマシだろう。ルフィは全身で絡み付いて「友達になれ」の間に「名前は、歳は、どこのガッコだ」を繰り返したが青年はうんざりした顔でぐいぐいと押しのけるばかりだった。そのうちに近隣住民が呼んだらしい警官の誰何の声がして、警官には条件反射で逃走スイッチの入る兄弟は飛び上がって逃げ出した。一拍遅れて青年も逃げたようだがうまく撒けただろうか。少なくともルフィとエースはうまいこと警官を振り切り、数分後には何食わぬ顔をして焼き肉バイキング屋で昼飯にありついていた。
何も知らないアルバイトがにこやかに席に案内する。知らないというのは恐ろしいものである。ソファに腰掛けほんの一瞬息をついた後は、見る間に皿が積み上がっていった。制限時間は九十分なのでその間は物も言わずに食うのが正しい男子というものだ。新しい皿を取りにいく時間も惜しんで飯の合間に無言でじゃんけんをする。負けるのはもっぱらルフィで、その度にモガモガ!と不明瞭な声で悲鳴を上げてはすっ飛んでいって手当り次第にカルビを抱えて戻ってくる。瞬く間に消えていく棚のカルビとロースに店員の顔色が青を通り越して白くなり始めた頃、ようやく人心地ついたエースがふうと溜息を漏らして水を呷った。
ルフィは相変わらず凄まじい勢いで肉ばかり食っている。色が変わったら食える、が信条の兄弟とはいえ、ここまでで四十分も経っていないのだから恐ろしい。エースはようやくタンを味わうために口に放り込んで言った。
「で、ルフィ。なんであんなこと言い出したんだ?」
ルフィはもがぶがふがっへと返事をした。ぺんと額を叩いて飲んでから言えと叱る。
「あんなことってなんだ?」
「友達になれとかなんだとか言ってたろう、あの緑の兄ちゃんに」
「そりゃそのままだ!」
ルフィはにかっと笑うとまた皿に顔を埋めるようにして食べ始めた。こりゃだめだとエースは己もまた食事に戻った。ルフィが満足するまでまともな話は出来そうにない。エースは先ほどより幾分ペースを落とし、それでもルフィとほとんど変わらぬ勢いで肉をかっ込んだ。
更に二十分ほど食べ続けたところで店長から泣きが入った。頼むからここまでにして出て行ってくれと懇願され、ルフィは不満そうだったがエースはその頭を引っ掴んで大人しく退店した。こうなるのは最初から分かっていたので怒るもクソもない。マルコには常々「お前が食い放題の店に行くのは資本主義社会への冒涜だよい」と言われているのでまあそんなものだろうと思っている。人のいい店長が号泣しながらも半額返金してくれたので二人は近くにあったチェーンのコーヒーショップに入った。それぞれケーキを三つずつとトッピングを山ほど追加した甘いコーヒーを抱えて奥の席に陣取る。ルフィは早速ケーキを平らげてコーヒーをすすった。
「あーんめえ。やっぱ肉の後は甘いもんだな!」
満足げに膨れた腹を撫でる。エースもケーキを口に放り込みながら先ほどの話題を掘り返した。
「ルフィ、なんであの兄ちゃんに友達になれなんて言ったんだ? お前友達になりたかったら勝手にまとわりついてなっちまうだろう、普段」
エースが一番気になっていたところだった。ルフィは面白そうな奴だと思ったら全く躊躇も物怖じもせず突撃してあっという間に友達になってしまう。一種の才能だとエースは思っている。どうしても一線引いてしまう己にはないものだ。ルフィは眉間に皺を寄せて口をへの字に曲げた。
「なんつーかさあ…おれ、あいつとちゃんと友達になりてえんだ」
「ちゃんと?」
エースが首を傾げるとルフィも反対側に首を傾げた。
「んんん。…なんとなく一緒にいるから友達って言うんじゃなくって、ちゃんと友達になりてえ。おれはあいつが気に入ったし、あいつにもおれを気に入ってほしいんだ」
「…そりゃいつもとは違うのか」
「おれいっつも『友達だ』って言って友達になっちまうけど、それだけじゃいやだ。あいつにもおれを友達だって言わせてェ!」
なるほどとエースは頷いた。つまりルフィもいつもの自分の友人作りがかなり一方的な始まり方をしていることに気付いていたのだ。だが今回はそれだけでは嫌なのだという。あの緑頭の青年にもルフィを友達だと言ってほしいというのはかなり難易度が高そうだが、要するにお互いきちんと認め合いたいということなのだろう。エースがそこまで噛み砕いて考えてルフィを見やると弟は真剣な顔をしていた。脳天気が信条のルフィにしては珍しいことだったがそれだけあの青年を気に入ったのだろう。エースは最後の一つになったケーキを頬張りながらルフィの頭を軽く叩いた。
「まァ頑張れ」
「おう!」
ルフィはにかっと笑った。
次の日からルフィの大捜索が始まった。結局その日は迷いに迷いながらなんとか川沿いに家まで戻り、二人して地図を広げてああでもないこうでもないと大騒ぎをした結果、あの街がどうやら駅六つ隣の市だったことが分かった。学生鞄を持っていたということは恐らく高校生だろう。あの辺りに高校はいくつかあるがそのどれかは分からない。口を尖らせるルフィに「どっちかっつーとあの緑頭から探した方が早いんじゃねえか?」と助言してやると飛び上がって駆け出した。エースは風のように飛び出していった弟の後ろ姿を眺めて苦笑した。
情報通の友人ウソップに聞いたところすぐに正体が分かったらしい。青年の名前はロロノア・ゾロ。シモツキ市のシモツキ高校二年。年は十八。二年で十八?と首を傾げるとルフィが神妙な顔をして言った。
「留年してるらしいんだ。なんでかは知らねえ」
「ウソップも分かんなかったのか。珍しいな」
作品名:GO! GO! YOUNGSTER 作家名:たかむらかずとし