GO! GO! YOUNGSTER
鼻の長い弟の友人は逃げ足も速いが耳も早い。ゴシップなら何でも把握していると思ったのだが。ルフィは笑って言った。
「いーや、おれが聞かなかったんだ! そーいうのは人に聞くもんじゃねえしな!」
それもそうだとエースは頷いた。ルフィは楽しげにしししと笑っている。
「名前が分かっただけでも大収穫だ!」
ウソップの情報はそれだけではなかった。ルフィがシモツキ市で喧嘩の強い緑頭の青年を捜していると告げるとウソップは即座にロロノアかと返したらしい。ウソップによればロロノア・ゾロはあの辺りでは知らないもののないほど喧嘩の強い不良でヤクザからも目を付けられているという。昼近くなってから登校し授業中はほとんど寝ているだとか、日付が変わる頃になっても駅前をうろついては喧嘩していただとか、素行不良の噂なら山ほどあるのだそうだ。とにかくロロノア・ゾロというあの緑頭の青年は、滅法腕っ節のいい不良であるらしかった。
ルフィはウソップの情報を元にあの翌日からシモツキ市に通い始めた。幸いゴールデンウィークというやつで学校はない。それは相手も同じだろうから街をうろついたってそう簡単に見つかるものかとエースは内心思っていたのだが、日も暮れてから帰ってきたルフィは台所で大量の天ぷらを揚げていたエースに突進するように抱きついて叫んだ。
「いたぞエース!!」
「うわやめろバカあぶねェって!」
エビが五六尾まとめて天ぷら鍋の中に落ちた。引っ絡まってしまったエビを苦戦して剥がしているとエースの腹に腕を回してべったり張りついてルフィが目を輝かせた。エビフライかとうきうき覗くルフィにエビ天だと返してエースは後ろ手にルフィの頭をぐりぐりと撫で回した。
「ただいまはどうした、ルフィ」
「ただいま! いたぞエース! おれすげえ!」
「お帰り。何がいたんだ?」
見当はついていたが敢えてエースは尋ねた。ルフィは南瓜の天ぷらをつまみ食いしてしししと笑った。
「ゾロだ!」
「もう呼び捨てか」
エースも笑う。ルフィはおくらと獅子唐も口に放り込むと食卓の座椅子に腰掛けた。
「今日な、シモツキの駅前で張ってたんだ! ゴールデンウィークでも部活やってる奴はいるだろ。そいつらに聞いてみようと思って。そしたら本物が来た!」
「へェ」
「でもなー、あいつケチだぞ! 友達になってくれっつってんのにうんって言わねェ! あいつが頭下げろって言うから頭下げたのに、その間にどっか行っちまったんだ。 ケチだ!」
ルフィが頬を膨らませてむくれた。その有様がやすやすと思い描けてエースは吹き出した。お願いしますと頭を下げるルフィに奇麗に無視して歩き去るゾロ。どうせそれで見失ってしまったのだろう。
「ま、一筋縄じゃいかねェってことだな?」
「うん。でもおれは諦めねェ! 絶対友達って呼ばせてやる!」
ルフィはうがーっと叫んで拳を突き上げた。その情熱がどこから湧いて出るのかは謎だがちょうどいい暇つぶしが出来たようで良かったとエースは思った。
「おら、飯だ! ダダンよりは旨く出来てる自信がある!」
「やったー!! エースの天ぷらだァ!!」
ルフィは小躍りして喜んだ。エースは無邪気に喜ぶ弟の笑顔に、このためだけでも帰ってきた甲斐があったなあと微笑んだ。
エースにとって一番はいつだって弟だったのだ。
翌日も翌々日もルフィはシモツキに通い詰めた。毎度毎度ゾロには出くわすらしいのだがあっさりあしらわれているようだ。エースは土曜日以来一度もついていっていない。ルフィがおれの勝負だと言ったせいでもあるし、弟が自分以外の誰かにこんなに執着するのを見るのは少々癪だったせいでもある。日曜日も月曜日も逃げられたせいでルフィは少々焦っているようだった。
月曜の夜、ルフィは居間の畳に転がって凹んでいた。
「今日も逃げられた…」
「そりゃ残念」
「残念って思ってねェだろ、エース…」
「お、分かったか」
けらけら笑うとすかさず拳が飛んでくる。それを軽くいなしてエースはルフィの隣に腰を下ろした。今日は裏道まで追いかけたのだがそこでまたチンピラに絡まれ、二人して大乱闘を繰り広げているうちに見失ったのだそうだ。エースはルフィの額のたんこぶをつついて笑った。
「そろそろ諦めるか?」
「諦めねェっつってんだろ!!」
ルフィがまた吠える。くそーなんでだよ友達になれよとぶつぶつ言いながらそのうちルフィは眠ってしまった。エースは眉間に皺の寄ったその寝顔を眺め溜め息を吐いた。
そろそろ潮時かもしれない。
作品名:GO! GO! YOUNGSTER 作家名:たかむらかずとし