思うにこれは恋
第5話 もう一人の自分
マークは朝もやの中、森の中を歩いていた。
「朝、早く起きて朝露を浴びた新鮮な森の食材は柔らかくっておいしいんですよね。」
と、にこにこしながら彼は独り言を言った。
母と同様に記憶を失ったマークという少年は、実に変わった性格を持っていた。
記憶を失ってからのものだったのか、彼の行動は自由だった。
彼の頭は柔軟でいて、そして人に合わせるのも得意だった。
別に無理して合わせているわけではない。
そちらの方が楽しいからだ。
いつぞやはいとこのウードから宿敵と言われて、彼曰く『デス・ロワイアル』(チャンバラごっこ)に参加したときもそうだった。
初めは、ウードのテンションの高さに自分も乗ってきただけだった。
周りの人々からは、ウードと自分の放つ謎の長い技名を叫びあう姿を見られてちょっとバカにされた時があった。
しかし、大きな声を出し、そんなチャンバラごっこだって、真剣にやりあえば本当に楽しいのだ。
その上、ウードと距離があるように感じていたが、『デス・ロワイアル』をやった結果、心を通わせることができた。
興味がなかったことも楽しんでやってみることによって、思いがけずプラスアルファが用意されているかもしれないことをマークは知っている。
もちろん毎回というわけではないが。
だから、好奇心旺盛だった。
少し前に朝早く起きて森の中へ入って行くドニを見かけたときに、何気なく彼に何をしているのか尋ねた。
すると、ドニは嬉しそうに顔をほころばせながらマークに話した。
「朝、早起きして採る山菜は、とってもうまいんだべ!マークも一緒に取りに行くべか?」
その嬉しそうな顔をするドニの声掛けに、好奇心の強いマークは二つ返事で了承した。
ドニについていくと、何もないと思っていた森の中はまるで宝箱のようだった。
彼の説明を受け、食べられるものと食べられないものを教えてもらいながら山菜を摘んで回った。
帰ってきてその山菜を二人でテンプラにして食べたときは最高においしかった。
マークはこの時に、田舎っぽさが抜けないドニは案外ロランよりも博学なのかもしれないと思った。
普段彼とよく一緒にいる仲間たちを思った。
ロランも博学だ。
しかし、ロランとドニではただ分野が違うだけなのかもしれない。
ロランはもっと科学的なことや哲学的なことが得意だ。
でも、ドニはもっと生活に密着したことについて詳しいのだろう。
これは本を読んで得られるだけの知識じゃない。
ドニの村に代々年長の人々から受け継がれてきた生活の知識なのだろう。
ドニには経験があるとマークは思った。
そして、この時からマークはドニを兄のように思った。
なんでも知っている兄のような存在ができてマークも嬉しかった。
また、何よりも本当は子供のマークにとって、戦争よりも同世代の男の子と遊んでいることのほうが楽しかったのは言うまでもない。
戦争の間のちょっとした骨休め。
初めて山菜をドニと一緒に採りに出かけたマークは、父クロムとフレドリック主催の早朝訓練に参加する約束など、すっかり忘れていた。
マークは後から父クロムに嫌味を言われたが、山菜のテンプラのおいしさでそんなこと構わなかった。
それから、彼の中では山菜取りが、密かな趣味になった。
収穫してきたものをドニに見せ、選別して食べることは最高の贅沢ですね。と、マークは思っていた。
カゴへ次々に、森の恵みを収穫し、マークは上機嫌だった。
自分の手で自ら採ってきたテンプラにしたものをお昼にみんなに配ることを想像すると、ますます楽しみだった。
そして、その思いがマークを森の奥へ奥へと足を運ばせたのだった。
あたりは朝だというのに、ずいぶん薄暗かった。
「うわーっ。気が付かない間にずいぶん森の奥まで進んでいきてしまっていたようです。」
それに気が付きマークは顔を上げた。
「これはそろそろ引き返さないと、僕迷子になっちゃうかな。
時の迷子なだけでも十分なのに、今度は森で迷子。
またまた父さんに見つかったらしかられちゃいます。あはは〜」
マークはあたりを見渡しながら笑った。
後ろを振り返ると、だんだん道らしい道というものがなくなってきたような気がする。
茂みをかき分けて、けもの道を歩いてきてしまったかのようだ。
その時だった。
妙な気配がして、不意にマークは前方を見た。
刹那。
マークの目の前に深い霧が現れた、彼を一瞬の内に包み込んだ。
「うわ!」
びっくりしたマークは目を閉じた。
体中に冷たい霧が吹きぬけていくのを感じた。
恐る恐る目を開けると、視界は真っ白。
この深い霧では自分の足元すら見ることはできなかった。
一人でいるところを強い屍兵にでも、見習い軍師の自分が見つかってしまってはひとたまりもない。
「これはいけない。」
不安に駆られたマークは、霧によって視界0の中手さぐりで歩いて行った。
本来は霧が晴れるまで、その場所に待機していたほうがいいのだが・・・
不安が彼の判断を鈍らせたのは間違いではない。
そうしてマークはさらに森の奥へと誘われているかのように、進んでいった。
深い森には魔物が住む。
彼の脳裏にちらりとその言葉がよぎった。
どれくらい歩いただろう。
目をこらすと、うっすら霧の切れ目が前方に見えてきた。
それはまるで希望の光のようです。と、マークは嬉しくなり、駈け出していった。