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思うにこれは恋

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「さて、俺も今じゃ立派な下っ端のイーリス軍兵士だ。
 やつらと同じシケタ飯でも食いに行こうかねえ。」

そう思って、立ち上がろうとした時だった。

ふと前を見ると、ルフレの息子マークが彼の目の前を通り過ぎるところだった。
後でわかったことだが、マークという、ルフレに似た息子がいることがわかった。
彼らは4人家族だった。

脇にたくさんの軍事に関係することであろう資料を抱え、少し小走りに彼の前を通り過ぎて行くところだった。

何を思ったのか、次の瞬間にギャンレルはマークを呼び止めていた。

「よう。マーク。
 お急ぎかい?」
その言葉にマークは振り返り、ギャンレルの方を見た。
意外な人物に話しかけられてしまいました。と、顔に書いてあるようで、ギャンレルは小さく笑った。
「ええ。
 とても急いでいるわけではないんですが。
 今からちょっとした会議があるんですよ。
 それに、ぼくも参加するんです。」
「ああ、おめぇの母さんと同じく、おめぇも軍師を目指していたんだっけな?」
マークの言ったことに、ギャンレルは妙に納得しうなずいていた。
まるで、昔からマークのことを見守っていたかのような発言に、マークは少し戸惑った。
「はは、ギャンレルさん。
 なぜ?そのことを?
 あなたが他人のことに興味があるなんて珍しいですね?」
まるで親世代の人たちに見守られているかのような錯覚に陥り、マークはそう質問した。
「んん?確かにそうだな。
 本来はオレは他人なんかに興味なんかないんだがなぁ〜
 おめぇさんにはあったぜ。」
「へぇ、どうしてです?」
マークが不思議そうに、首を傾げて尋ねてきた。
マークが不思議に思うように、ギャンレル自身も不思議だった。
なぜか気になるルフレの息子のマーク。
しかし、ギャンレルはその言葉に急に神妙な顔つきになり、そのまま黙りこくってしまった。
一体どれくらい沈黙が続いたのだろう。
そんなに長い時間ではなかったが、
ギャンレルが話し出すことをマークは黙って見ていた。
あの元暗愚王が自分にどんな意味で興味があるのか、彼も知りたかった。
夕闇にあるほのかな光に薄暗く照らし出されたその顔は戸惑いに溢れていた。
マークはびっくりして目を開いた。
ややあって、ギャンレルは口を開いた。
それはとんでもない言葉だった。

「マーク、おまえがまさかオレの子だなんてことはねぇよな?」

それは、なるべく感情を抑える風にしたさらっとした声だったが、
心のどこかに引っかかる何かを彼は感じた。
軽い言葉の中に何かが引っかかる。
マークはギャンレルの思いに気が付き、納得した。

「はは。
 ギャンレルさん。
 それは面白い仮説ですね。」
マークは彼の思いに満面の笑みになった。
「面白い仮説か・・・」
ギャンレルはその言葉を聞き、少し目を細めた。
「ギャンレルさん。
 ぼくも興味が湧いてきましたよ。
 あなたが今おっしゃったことに。」
いえ、違う。
実はこの時点でマークは『その仮説』に興味が湧いたわけではなかった。『その仮説を確かめるギャンレル自身』に興味が湧いたのだった。
どこまでも残酷であったこの男が、イーリス軍に入りどこまで変われるのだろうか?
その瞬間を今目にしているのではないだろうか?と、賢いマークは考えた。
「僕には記憶がほとんどない。
 母さんに関することしか覚えていないのです。」
「そうか。」
ギャンレルは俯いた。
全く馬鹿な質問をしてしまったと後悔の念が胸に渦巻いているのがわかった。
そんなギャンレルの心の状況を見抜いてか、マークは一呼吸置いて構わず続けた。

「ですから、あなたが父さんだという可能性もありえるのですよ。」
クロムの息子であるマークの言葉にびっくりしてギャンレルは顔を上げた。
そこには、マークの面白そうにしている子供らしい顔があった。

「ぼくにはひとつだけ覚えていることがあって、父さんの顔を覚えているんです。
 それは、少し老けてはいますがクロムさん笑顔だったんです。」
「それなら・・・」
「いえいえ。
 仮説はこれからです。
 僕の父さんに関する思い出は、本当にそれだけなのです。
 つまり、今からの仮説は『その覚えている父さんの顔は、実は父さんではなかった』ということなのです。」
「ぼくの父さんらしき思い出はそれだけですから。
 ギャンレルさんが想像するように、母さんが姉さんを産んだ後に、あなたが母さんをさらっていけば・・・
 もしくはぼくがあなたの子供である可能性もあるということです。
 それでも、やはり母さんはクロムさんのことが好きで、あなたの元を去り、僕は『養父のクロムさん』に姉さんと共に育てられるというストーリーです。」
『養父のクロムさん』という言葉にギャンレルは少なからず吹き出していた。
息子の口から、そんな仮説がすらすらと出てくるなんて・・・
このマークという息子はなかなか侮れないなと思った。
そして、ばかばかしすぎて、首を振った。
「よくできた話だ。
 が、しかし、その話ではオレはルフレと共に生きていても、どうせ見限られちまうということか。
 くくく。
 面白いぜえ、マーク。」
失笑を隠せないギャンレルを見て、マーク自身も自分の仮説が面白くなっておなかを抱えて笑った。
笑いが止まらなかった。
「はは。
 実はぼくもしゃべっていて、そういう可能性もあるのかもしれないと面白かったですよ。」
そして、こみ上げてくる笑いに目じりの涙を指で押さえながらギャンレルを見た。
その時には、もう、ギャンレルの顔は、真剣な顔つきになっていたのだった。

「・・・なわけねぇんだよ。
 おめぇはバカだ。
 そして、オレもな。」
マークはその低い声にどきりとした。
「てめぇの髪の色は、まんまクロムの髪の色だ。
 マーク、おめぇがオレの子供のはずがないんだよ。」
その真剣なまなざしに、射抜かれた気がした。
「!」
瞬間驚いたが、すぐに別の笑いがマークにこみ上げて来ていた。
失礼かな?と思ったが、マークの笑いは止まらなかった。
くすくす。
「ありがとうございます。」
ひとしきり笑い終えた後、彼はお礼を言った。
「ぼく、実は自分に記憶がないってことをけっこう気にしていたんです。
 あなたにそう言ってもらえるとうれしい。」
そう。まさか一番言わなさそうな人に自分が気にしている部分をサポートする言葉をもらえるなどと予想外だった。
思いがけず、勇気づけられたことは嘘じゃない。
「そして、何より・・・
 あなたの心の中を少しでも垣間見れて、一個人としてうれしかったです。」
満面の笑みを向け、
「では・・・
 ぼくも会議がありますので。」
マークは妙に軽やかな足取りで、また元の道へと戻っていった。
「ちっ!オレは何をやってんだぁ?
 敵の相手の息子である証明なんかしちまってさ。」
こういう行為を『敵に塩を送る』とでもいうのだろうか?
はて?
敵?
ギャンレルは腕を組んだ。
「はぁ。」
盛大にため息を吐き、くすりと笑った。
「小さいため息がオレらしくねぇぜ。」
出た言葉は、可愛らしくもなんともない言葉だったが、
しかし、ギャンレルの胸にはなぜか暖かな思いが生まれていた。
作品名:思うにこれは恋 作家名:ワルス虎