思うにこれは恋
第3話 熱い気持ちは心の中へ・・・
街に行けばたくさん女がいる。
そんなことぐらいギャンレルには分かっていた。
過去を思い返せば、ペレジアの王時代に、一体何人もの女が自分と同じ褥を共にしたかはわからない。
一人だけ共にしたわけでもない。
複数だったときもある。
そんな出来事は日常茶飯事で、そう珍しいことでもなかった。
正式な結婚をしていない若い王としての立場と財力のことを考えれば当然の結果だったと、彼は思った。
ところがイーリス軍に入隊してからどうだろう?
そんな生活とは一転。
一転どころか、まるで無縁とでも言おうか。
イーリス城にいる女性は、『ギャンレルが考える一般的な女像』とはずいぶんかけ離れていた。
ここイーリスの軍隊に所属している女性が一般的な女性ではないことぐらいはギャンレルにもわかってはいたが。
「ふん。
ここでの生活は、オレにとっちゃ本当に僧侶の修行場みたいだぜ。」
酒はあるが、女はほとんど抱けねぇなんて笑っちまうぜ。と、彼は鼻を鳴らした。
その上、今すぐにでも奪い去り抱きたい女は目と鼻の先にいるのにも関わらず、ただ、指をくわえて見ていなければならない、自分の状況にも笑ってしまう。
ギャンレルは、昔の己を考えるとあまりにも馬鹿馬鹿しくなった。
そんなことより、舞台の上でしゃなりしゃなりと涼やかな鈴の音を立て、淫猥な動作で踊る若い踊り子を見て楽しんでいた方がいいに決まっている。
彼は、ジョッキの中にある酒を一気に煽った。
ちょうど空いたジョッキを見て、店員が寄ってきたので、彼は店員の前に金を置き、もう一杯を注文した。
そして、その間踊り子の姿を眺めていようと思って、目線をずらした時だった。
「よぅ!珍しい顔がいらっしゃるようだな!」
野太い声が頭の上から聞こえ、彼は声のする方を見上げた。
機嫌がよさそうな笑顔で声をかけてきたのは、以前は傭兵で生計を立てていたという、軍ではやや中年になりかけたグレコという男だった。
この男は調子がよさそうでいて、実は抜け目のないところがギャンレルは嫌いではなかった。
イーリス軍のあの真面目くさった、自分は正しいと顔に書いてあるような男どもを見ると、彼は時々反吐が出そうになると思っていたから。
最近では慣れてはきたが・・・
グレコはギャンレルの元来の性質を見抜いてか。
それとも、傭兵を生業としてきたことによる性質(傭兵は金によって主人を変える)のものか。
それでいて彼の自然な態度に、ギャンレルは好感が持てた。
逆に、クロム王子の隣にいつでも金魚のフンのように控えているフレドリックという男とは死んでも気が合わないだろうと、彼は考えた。
ギャンレルの了承も得ず、グレコは当然のように彼の隣の椅子を選び、どかんと足を投げ出し、座った。
ざわつく店内を一望し、手を挙げて店員を呼びつけると、
「よぅ!俺にもビールをを持ってきてくれよ!大ジョッキでな!」
と、威勢のいい声で頼んだ。
しばらくすると、店の店員でも年季の入った親父が、木製の大ジョッキに並々と注がれている琥珀色の液体を持ってきた。
それを粗雑にテーブルの上へと置いた。
「はは。
王様とこんな庶民的な酒場で、一緒に酒が呑めるなんて、オレはなんて幸せなんだろうね。」
まるで演技でもかかったかのような口ぶりで話した。
王様という言葉はもう聞きたくないとばかりに、ギャンレルは皮肉そうに笑った。
「ふん。
今は国を乗っ取られちまった。元国王だ。
その上、一時は海賊にまで成り下がっちまった愚かなクズだ。」
そんな様子に、グレコは肩を少しすくめた。
「はは。ちげぇねぇ。」
そして、グレコはそんなギャンレルをまっすぐに見つめた。
「でも、今じゃ、その残虐非道で悪い噂ばかりしかなかった元王様兼海賊が、俺たちと同じようにギムレーを倒すため。
世界を守るために戦っているじゃねぇか。
未来なんて、本当にどうなっているかわからねぇな。
驚かされてばかりだ。」
「くく。くはは!
今の身分はイーリス軍の下っ端だけどな。」
「いやぁ、たいしたもんだ。」
ギャンレルの皮肉を言う様に、グレコは優しい目で見ていた。
彼は、そんな様子を尚もからかわれていると思っていた。
「グレコ、てめーはオレのことを小馬鹿にしているのか?」
「くく。
そう殺気をむやみやたらにまき散らすもんじゃねぇよ。
イーリス軍の下っ端さん。」
「そうじゃねぇよ。」
グレコは手をひらひらさせた。
「ギャンレル、オレはなぁ。
しがない傭兵さ。
傭兵なんて職業は、大抵は金次第で仕える主人を選ぶ。
職業は傭兵のままだが、何度だってその主人を変えてきた。
この歳だ。
争いのある場所で、オレに失業という概念は存在しない。
実は、昔におまえさんの部下だったこともあるんだぜ。
もちろん金のためにだ。」
グレコは自分の話を聞く、ギャンレルのことをちらりと見た。
ギャンレルの方は意外だという顔をしていた。
「たったの3回の転職ぽっちで自分をクズだと断言するなんて、そんなオレからおまえさんを見たら甘いな。」
そして、一呼吸置き、続けた。
「クズというのは、生きることを諦めたときに使う言葉だぜ。
おまえさんは、望んでいなかったこととはいえ、運命として受け入れ、前に進んでいるじゃねぇか。
プライドの高いおまえさんが、ここまで変われることは大したもんだ。」
「過去の自分を切り捨て、新しい自分で生きていくことは、存外難しいものだ。」
ふっ。
彼らは、お互いの目を見てニヤリと笑った。
そうして、テーブルの上にあった盃をとり、それをぶつけ合った。