思うにこれは恋
酔って帰る道のりはペレジア城ではなく、灰色の城のイーリス城だった。
そして、そこに自分の安らぐベッドがある。
彼は、心を見透かされるのは好きじゃない。
それが、隠している内容なら尚更だ。
酒を呑みすぎて、喉がからからになり眠れなかったギャンレルは水汲み場へと向かった。
そこへ向かうと、一人の城の女中がいることに気が付いた。
夜でも安全な城の中とはいえ、女が一人で外に城の外れにいるもんじゃない。
「よぅ。こんな夜中にご苦労さん。」
ギャンレルは気軽に、女中に話しかけた。
「あ、騎士様。
夜分遅くにお疲れ様です。」
礼儀正しいイーリスの兵士だと思っている若い娘は、彼ににこやかに声をかけてきた。
「こんな場所にいらっしゃるとは。
水がご入り用なんですね。」
「ああ。ちょっと部屋に持っていこうかと思ってな。」
「まぁ。わたくしもちょうど水が必要でしたので、汲みに来たところでしたの。
ついでですので、騎士様の分も一緒に組みましょうね。」
そう言って、娘は井戸から水をくみ上げ始めた。
そんな様子をギャンレルは見ていたが、少し考え、静かに娘へと近づいて行った。
娘がはっと気が付いた時、ギャンレルが至近距離にいたため、娘は驚いた表情を浮かべ、一歩後ろへ下がった。
「こんな夜遅くに、おまえみたいな若い娘が一人で夜に、外を出歩いちゃいけないぜ。」
(オレみたいなよくない男もいるかもしれないだろう?)彼は心の中でそう呟いた。
こんな時間に女が一人でいるほうが悪い。
彼は一歩下がった娘の両肩に、自分の両手を添えた。
驚いた娘は桶を下へと落としてしまった。
その場所に水が広がる。
「な・・・何を?騎士様。」
怯える表情を見せる女に、ギャンレルは暗く笑った。
「んん?
何をって?
おまえみたいに若くて美しい娘を見たら、それは口説かなくっちゃ失礼というもんだろう?」
そう言うと、ギャンレルは娘の顔の近くに息を寄せた。
「騎士様。酔っていらっしゃるんですね。
お酒の匂いが・・・」
「ああ!」
彼は娘の耳に唇を寄せ、お酒で熱くなった吐息を吐いた。
そうして、彼の長い舌で、彼女の耳をなめ、そして首筋に自分の頭を埋め舐め上げた。
突然の出来事に娘は体を固くしていることが、震える肩から彼へと伝わってきた。
ふと、目線を上げると、先の方から人影がこちらに向かってくるのが見えた。
目を凝らすと、それはルフレだった。
こんなタイミングでと、彼は思ったが、かまわず続けた。
ルフレに自分の行動は関係ない。
彼の手が、娘のスカートへと手が伸びたときに、娘の息を飲む音が聞こえ、
弱弱しい声で叫んだ。
「や、やめてください!」
瞬間。娘の振り払う手の爪が彼の頬を引っ掻いた。
「いっ!」
彼の頬からは血がにじみ出てくるのが見えた。
娘はギャンレルの顔を怯えたように見ると、手を離された彼から走り去ってしまった。
ルフレはその一部始終を目撃していた。
そして、何か言いたそうな顔つきで、ギャンレルのことを見ていた。
ギャンレルは腰に手を当てた。
「よぅ。ルフレ。
人の情事の盗見かい?
いくらここの軍師様でも関心できないぜ。」
そうにやりと笑った。
ルフレの口はわななき、ぎゅっと噛んでいるかのようだった。
まるで、汚いものを見るかのような目つき。
同じ女として許せない部分があるかの様だった。
「こんな夜遅くに、またお散歩かい?
今日は、この間みたいに色っぽい格好じゃないんだな。」
その瞬間、ルフレの顔はサッと朱を帯びた。
「わたしはいつも寝巻の格好で歩いているわけではないです!誤解しないでください!」
それは噛みつかんばかりの勢いだった。
いつも穏やかな顔をしている彼女の態度から見てとれなかった。
「今夜は仕事の後で、ヴィオールさんの部屋に行く用事があったので、たまたまここを通りがかったら。
あ、あなたが嫌がる女性を無理やり!!
わたしはそれを止めようとしただけです!!」
一気に捲し立て、彼女は興奮したのか、息切れをしていた。
そんな様子にギャンレルはふんと鼻を鳴らした。
「わからないぜ。
人の情事だ。
あの娘はオレののことを本当は好きだったかもしれないけど。
ルフレ、あんたの姿が見えたから恥ずかしくって逃げて行ってしまったかもしれないじゃねぇか?」
「そ、そんな風には全く見えませんでした!」
尚も噛みついてくるルフレ。
ギャンレルはルフレの言葉にいらいらした。
「それに、てめーだって、旦那がある身であるながら、よその男の部屋に『こんな夜遅くに』行くんだろう?てめーもオレと同じじゃねぇか。」
「な!わたしは今後の戦略のことで、弓兵の団長である彼の意見を聞こうと思ったんです!」
ギャンレルはどこまでも純粋な娘を前に、深いため息を吐いた。
「ルフレ。
おめーはよう。男をわかっちゃいねえぜ。
夜遅くに来訪する女のことを何も思わない男がいると思うか?
ヴィオールって男がどういう野郎だかオレは知らねぇ。
だがな、オレは野郎の気持ちは少なくとも分かっているつもりだ。」
そう言って、腕を組んだ。
「クロムの奴もてめーの仕事熱心な行動に、さぞ喜んでいることだろうよ!」
ルフレは、ギャンレルの放つ言葉にショックを隠し切れない表情で、口元を抑えた。
そんな表情を見ているのがつらくなって、ギャンレルも舌打ちをした。
言いたい言葉はこんな言葉ではないのは、ようく、自分でも分かっているはずなのに。
「行けよ。
信頼している仲間なんだろう?」
ルフレと会って、ついて出てくる言葉は嫌味ばかり。
好きな女の悲しい顔を見るのは、こんなに心痛むものだとは、以前のギャンレルでは考えつくはずもなかった。
それから、ルフレはまっすぐに、こちらを見ていた。
「わたしは・・・
わたしは、あなただって、みなさんと同様に信頼していますよ。」
そう、優しげな声音で話した。
「忘れないでください。
ギャンレルさん。」
皮肉を言う彼を、憐れむような残念がるように。
静かに、彼女は自分の道を歩き始めた。
その後ろ姿を彼は見続けていた。
彼は、その辺にある石を蹴った。
「その他大勢のみな様と同じように信頼しているなんていう言葉だけは、てめーの口からだけは聞きたくねぇ!!」
『壊した先に、悲しむものがあることを理解できなければ、国王として失格だ。』
という、先ほどのグレコの言葉が頭の中をよぎった。
「王として失格じゃねぇんだろう?グレコ。
男として失格なんだろう?」
そう、彼は呟き、ぐっとこぶしを握りしめた。
熱い気持ちは心の中へ。