小説Fallout3「じいさんとベルチバード」
コンピュータの知識までは流石に持ち合わせていなかったアランには、じいさんがどういう作業をしているのかまではわからない。ただ、しばらくすると一つ二つとコクピットコンソールに電源が入り始め、機体全体がぶるりと震えたように感じられれば、その作業が《ベルチバード》に起動を促すためのものだということはわかった。鈍く響く駆動音は、さながら鋼鉄の獣が目覚めるうなり声だった。
ディスプレイに乱舞する文字の羅列はアランには意味をなさないものだったが、一角に表示された機体図面に走る赤色と、そこに並ぶアラートの文字の意味くらいはわかる。右翼にひしゃげたまま鎮座するプロペラ。まだ飛べはしないと教えるコンディション画面を見つめ、それでもコンピュータが起動するところまではこぎつけたのだから、と淡い期待が脳裏をよぎる。
じいさんは当然として、数年もの間付き合ってきたアランの中にもまた、この《ベルチバード》が飛ぶ姿を見たいという思いがあった。パイロットがいないことはわかっていつつも、それでもジャンク同然だった機体がこうして起動したのだ。何とかなると思わずにはいられない。
暗いコクピットの中に、ディスプレイが放つ緑色の明かりが反射する。それに照らされたじいさんの顔に、うっすらと光るものが見えたような気がした。
「やったじゃないか、じいさ——」
そう言おうとした直後だった。
眼前で、ディスプレイを見ていたウイリアムじいさんの身体がふらりと揺れた。そして、《ベルチバード》に繋がれたケーブルを道連れにしてその場に崩れ落ちる。
「お、おい、じいさん! なんだよいきなり!?」
アランは咄嗟にじいさんの身体を受け止めた。
じいさんはアランの言葉には応えず、かすかに呻いているだけだ。
二人の頭上で、起動した《ベルチバード》のコクピットコンソールが光を投げかけ続けている。コンディション画面に並ぶ緑色の光の中で、アラートの赤が一際大きく輝きを放っていた。
<三>
「ったく、無茶しやがって」
倒れたウイリアムじいさんを担いで運び、ベッドに寝かせたのが二時間前。効くかどうかはわからなかったが、アランが持ち歩いているなけなしの抗生物質を無理矢理飲ませて眠らせると、じいさんの熱はようやく落ち着きを見せ始めた。
調子が悪いのは腰だと思っていたら、無理がたたって熱を出していたらしい。
「風邪でもこじらせたらすぐにお迎えが来る歳なんだか、無茶しちゃダメだって……って、聞こえてないか」
的外れな心配をしていた自分を笑うしかなかった。少しだけ感じた自責の念をごまかすために軽口を叩いてみるが、眠っているじいさんには聞こえるはずもない。
それにしても。
熱を出すまで《ベルチバード》の修理を続けたとして、いったい何があるというのだろうか。修理が終わったとして、それが空を飛んだとして、じいさんにいったい何が……。
執着する理由をじいさんに聞いてみたことがあった。だがそのときは鼻息一つであしらわれてしまったので、アランはまだその理由を知らずにいる。言いたがらないことに執着する姿を重ね合わせれば、話す方にも聞く方にも楽しくない話なのだろうことは想像がつくが。
「じゃあ、俺は飯食ってくるから。ベッドまでの輸送費として今日はウイスキーもいただくよ」
勝手に飲んだことを怒りたいなら、さっさと身体を治すことだな。
胸中で続けて小さく笑うと、アランは部屋を出ようと立ち上がった。
「ロバート……」
「ん?」
ドアの前まで来たところで、背後からじいさんの声が聞こえた。
振り返ってみると、じいさんはまだ眠ったままのようだ。
「寝言かな?」
いくらか落ち着いた姿を見つめ、とりあえず大丈夫そうだとわかれば、あのウイリアムじいさんが年相応に弱ってみせる姿だ。可笑しくも思えてくる。
「……で、ロバートって誰だ?」
聞き慣れぬ名前に疑問が浮かんだが、腹の虫にせっつかれたアランはそのまま部屋を後にした。
食事を軽く済ませ、ウイリアムじいさんが眠っていることを確認すると、アランはじいさんの部屋へと向かった。もちろん、報酬のウイスキーをいただくためだ。
寝室とは別に、本や酒の類が並んだ部屋がじいさんの家にはある。工具類や整備関連の書籍、コンピュータ端末もあるこの部屋は、言ってみればじいさんの趣味の部屋だ。
男の一人暮らしだから部屋はそれなりに散らかっている。いつもなら勝手に入れば怒られるだろうが、じいさんがあんな調子なら咎めようもない。禁止された部屋に入る行為に子供じみた楽しみを覚えつつ、アランはまっすぐウイスキーの瓶が並ぶ棚へ向かった。
どれが一番高級なやつか。そんなことを考えながら物色しているアランの後ろで、雲が風に流れたのか、隠れていた月明かりが窓から差し込み始めていた。今夜は満月だ。
物色を終えたアランが振り返ると、月明かりに照らされたテーブルに目に止まる。暗がりなら見落としていたかもしれない。偶然か必然か、月明かりに導かれて、アランはそこに見慣れぬものを見つけることになった。
それは、何通かの手紙と一葉の写真だった。
封筒から取り出されて無造作に置かれたそれは、保存状態から言ってもずいぶん前のものだろう。アランは何の気なしに近づいて、それを手に取った。
「……」
写真には一人の青年が写っていた。初々しく敬礼してみせる青年の身体は、鋼鉄の鎧に覆われている。間違いなくそれは、エンクレイヴ兵が使うパワーアーマーだ。それを証明するように、青年の後ろには《ベルチバード》が鎮座している。
青年と《ベルチバード》が写る写真。思わぬところでつながったじいさんと《ベルチバード》の関係にはっとしたアランは、慌てて写真の裏側を確かめた。
そこには十年前の日付と、予想通り、「ロバート」の名が書き記されていた。写真に写る青年の姿から、彼の歳は今のアランとそう変わらないだろうとわかる。
「息子さん、かな」
食事のときに飲んだビールが回ってきたのか、微かに感じる酔いがその推測を確かめたいという衝動を後押しする。子供じみた楽しさの後押しもあったのだろう。悪いとは思いつつもアランは手紙の一枚目に目を通した。
ロバートは、やはりウイリアムじいさんの息子らしい。『父さんへ』で始まる文章からは、ウェイストランドの住人には珍しい、純粋さを持ち合わせた青年と思わせる人となりが読み取れた。
どうやらエンクレイヴに入隊して間もない頃の手紙のようだ。
新しい環境でも上手くやっている。訓練は厳しいけど今はもう慣れた。そんなありきたりな文面の合間から、エデン大統領が掲げた「秩序の回復」という大義名分を信じ、必ずウェイストランドに秩序を回復させるんだと意気込む姿が想像され、アランは複雑な思いでそれを読み続けた。
エンクレイヴは、そんな集団じゃない。今なら誰もが知っていることだ。エンクレイヴにいたのであろうウイリアムじいさんにもそれはわかっていたはずで、『父さんの反対を押し切って』云々と書かれていれば、じいさんが入隊に反対したことも読み取れる。
作品名:小説Fallout3「じいさんとベルチバード」 作家名:らんぶーたん