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らんぶーたん
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小説Fallout3「じいさんとベルチバード」

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 そして、じいさんはそんな息子さんを止めきれなかったのだろう。理想に燃える息子の目に負けたのか、あるいは喧嘩別れしたのか。結果、息子であるロバートはエンクレイヴの兵士となった。彼は今、いったいどうしているのだろうか。
 写真に写る青年の目を見つめ、自分の目はこんな風に理想に燃えてはいないだろうし、燃えていたことも無かっただろうと思ったアランは、青年の後ろに写る《ベルチバード》に何気なく視線を移した。
 写真はいくらか色褪せているが、まだ真新しいと思える機体には、エンクレイヴの徽章に並んで「X36」のナンバーが塗装されている。
「これって……!?」
 先ほどまでは見落としていた機体のナンバー。識別番号か何かだと思われるそれを見た瞬間、一機の《ベルチバード》の姿が脳裏をよぎり、アランは部屋を飛び出した。


 家の入り口をそのまま突っ切って外に出る。酔いを醒ますにはちょうど良いと思える夜風が頬を撫でたが、それを気にとめる余裕はなく、アランは家の横に鎮座する《ベルチバード》のもとへと急いだ。
「はぁ、はぁ……やっぱり」
 右翼のプロペラがひしゃげてしまった、それでも数年前に比べれば修復のはるかに進んだと知っているじいさんの《ベルチバード》。それには、アランの記憶どおり「X36」のナンバーがあった。
 剥げているのは風化の跡か、それとも戦闘の跡か。おそらく後者だと思える傷跡をアランは覚えている。
 その記憶を写真の《ベルチバード》に重ね、アランは二枚目の手紙に目を走らせた。
 二枚目の手紙には、パイロットに選ばれたことの報告が書かれていた。
『正直に言って、治安維持のためでも、相手がならず者のレイダー達であったとしても、人殺しはあまり気分が良くない。だから輸送機のパイロットになれたのは行幸なんだ』
 直接じゃないだけでやってることは一緒だけどね、と自嘲しながらも、パイロットに選ばれた喜びを表現する文言が二枚目の手紙には並んでいた。
 じいさんと《ベルチバード》を結ぶ一本の線がつながった。
 エンクレイヴで《ベルチバード》のパイロットをしていたというロバート。写真はおそらくこのときのものだろう。
 《ベルチバード》が起動したとき、じいさんは緑色のディスプレイの向こうに彼の姿を見ていたのだろうか。もしそうなら、ロバートはもう……。
 壊れた機体とじいさんの横顔から思い至る結論はそれほど多くはない。
 アランの推量を裏付けるように、ロバートの今を想像させるものが三枚目の手紙には書かれていた。
 そこに書かれていたのは、離脱するロバートの《ベルチバード》の眼下で、エンクレイヴが仕掛けた爆弾によって街が一つ消し飛ばされた様子だった。そして、二枚目までとは違う淡々と書かれた文面の最後に、それはあった。
 ロバートは《ベルチバード》を奪ってエンクレイヴから逃げる決意をしたと書いていた。偵察任務中に行方を暗ます、と。
 エンクレイヴを抜ける方法は他に無かったのだろうか。だが、希望に燃えていた分、ロバートの絶望は大きかったのだろう。それが、彼を追い込んだ。
 いや、本当に実行したのかはわからない。その前に、別の任務中に撃墜されたのかもしれない。
 そこまでの過程はわからないが、結果はアランの目の前に横たわっている。
 手紙には上手く逃げられたときに身を隠す場所も書いてある。ロバートはウイリアムじいさんが迎えに来てくれることを期待していたのかもしれない。場所は、アランがじいさんの家に向かうときに目印にする、丘の上のビル群を指していた。ここからすぐ近くだ。
 それらの決意さえも淡々と書かれていた。
 そして、この手紙の最後を締めくくっていたのは「ごめん、父さん」の一言だった。


 アランはじいさんが眠る部屋に戻った。
 ウイリアムじいさんの様態はすっかり落ち着いたようだった。
 じいさんはこの手紙をどうやって受け取ったのだろうか。エンクレイヴに出入りのある行商を伝ってか、それとも遺品として渡されたのか。どちらにせよ、じいさんは手紙を読んでここへ足を運び、そして墜落した《ベルチバード》を見つけたに違いない。
 あの《ベルチバード》を修理したからといって、ロバートが戻ってくるわけじゃない。それでも、じいさんを突き動かしたのは、ロバートへの思いだったのだろう。
 いっそ、この推測がてんで的外れで、たまたまアランの訪問時にロバートがいないだけだったら、とも思うが、家の様子を見ればじいさんが一人暮らしなのは言うまでもない。
 十年分の刻苦を刻んだ皺に沿って、じいさんの額を汗が伝う。汚れたタオルでそれを拭き取ってやると、じいさんは呻くように呟いた。
「ロバート……すまん……」
 無意識に伸ばされた手が虚空を掴む。
 帰らぬ息子までは届かない老いた手。
 目の前のそれを、アランはそっと握ってやった。
「帰ったよ、父さん」
 握りかえされる感触は弱々しく、だから、アランはその手を離せないでいた。
 窓の外では、夜陰に沈んでいた鈍色の獣が傷ついた身を月明かりの中に横たえている。
 虫が遠くに鳴いている。月のきれいな夜だった。


<四>


「じゃあ、何か見つけたらまた持ってくるから」
「期待はしとらん」
「はいはい、わかってますよ」
 じいさんが倒れた夜があけた。
 すっかり熱は引いて元通りなじいさんの様子に安堵しつつも、もう一日くらいは安静にしておいた方がいいのでは、と心配にもなるのがアランの立場だった。熱にうなされて息子の名を呼ぶ姿が脳裏に浮かび、抱え上げたときの想像外の軽さが感触となって甦る。
 だが、元気を取り戻したじいさんにそんなことを言えば、返ってくるのが怒声であることは想像に難くない。普段のアランならそれくらいわかっただろうが、昨夜のことで何となく気分を出してしまったのだろう。
「用は済んだから、もう出て行け」
 余計なことを言い、そう返されたのが今朝だった。
 悪意がないのはわかるが、もう少し言い方ってものがあるだろうとも思う。その抗議は「ふん」と鼻息一つであしらわれてしまい、結局、アランは新たな旅に出ることにしたのだった。
 何かを見つけたら、また戻ってくればいい。自分もじいさんも、毎日顔を合わせるような、家族のような関係を期待しているわけではないのだから。
「だいたい、プロペラなんて見つけても、一人で運べるわけがないしね。なにより」
「おまえが見つけてきたプロペラなんぞでは、怖くて飛べん」
「ですよねー」
 慣れ親しんだ感触。
 じいさんの悪態にそれを感じたところで目を合わせると、じいさんは照れくさそうに笑った。
 熱にうなされていた昨夜のことを覚えているのだろうか。
 だが、それを確認するのは野暮というものだ。だから、アランもただ笑って答えるだけ。
 十年来の付き合いというわけではないが、《ベルチバード》の修理に付き合ってきた数年分の時間が、言葉が無くても通じ合えると教えてくれている。
「ふふ……ああ、そのとおりじゃ」
 少し湿った返答にも笑って答え、アランはすっかり軽くなった麻袋を担ぎ上げた。
「じゃあ行くから」
 廃棄部品だらけだったその中身は、餞別にもらった食料と水に変わっている。
「アラン……」