二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

千姫の受難(※同人誌「春の湊」より)

INDEX|2ページ/3ページ|

次のページ前のページ
 

「で、でも駄目です!言ったら許しませんよ…!」
 頼りなく眉を寄せて風間の袖にくっつき懇願する千鶴ちゃんに、風間は困った顔を見せる。
 …どうしよう、命令しちゃったわたしが悪者じゃない?これ…。
「…あ…あーー、ごめん、撤回するわ。今の命令撤回」
「…姫、軽々しく撤回なさらない方が…」
 ここでようやく天霧が声をかけてくる。
「その苦言わかってるけど…もう、いいのよ…ここにいる鬼はわたしたちだけなんだし…」
 しかも、滅多とないんじゃないかしら。同じ場所に東と西と都の長が揃ってるだなんて。三つ巴?三竦み?どっち?
 はぁと盛大にため息を漏らすわたしに、千鶴ちゃんは申しわけなさそうにまた眉を寄せて、丁寧に頭を下げてくる。
「…ごめんなさい、お千ちゃん。わたし、今すごくお千ちゃんに迷惑かけてるわよね」
「…迷惑ってよりは、うーん、何かしらね、これ…?」
 よくわからないのだが、居たたまれないのはかわらない。その正体はわからないまま「うーん」と考えていると、千鶴ちゃんが観念したように口を開いた。
「…ごめんなさい、お千ちゃん。…お話します。その…千景さんとの喧嘩の原因」
「え?いいの?」
 言いたくなさそうだったのに、このままではわたしに悪いだろうと思ったのか、彼女は頷いた。
「…ええ、わたしもいけなかったのかもしれないし…とても恥ずかしいんですけど…」
 ひと呼吸おいて、千鶴ちゃんは話だす。
 喧嘩の原因ってやつを。







 お千ちゃんが来る日。その日は診療所もお休みにしていたわたしは、朝からおもてなしの準備をしていた。
 宿は別に取っているって教えてくれたからせめて、お食事くらいはごちそうしないと!
 そう思ってはりきってわたしは少し上等なお茶っ葉を買いにいき、ついでに茶菓子も買ってきて、お家に帰ってきたら食事の下ごしらえをし、さぁいつ来ても大丈夫!と満足して頷いた。
 そして、一休みとばかりにお茶を淹れて、居間にいるだろう千景さんとまったり過ごそうかと思った矢先、『それ』と遭遇した。
 わたしは顔を強ばらせ、身動きも取れないままガタガタと震え、たまらず叫んだ。
「きゃぁーーーーーっ!ち、千景さん!」
 思わず千景さんを呼んでしまったのは、『それ』との遭遇は想定外だったから。
 わたしの悲鳴(?)にさすがの千景さんも素早く台所へやって来た。
「…どうした、千鶴?!」
 彼にしては珍しく切迫した声音で問いかけてきたけど、答える余裕もなく、わたしは彼の姿が見えた瞬間、履物を脱ぎ捨てて土間をあがると駆け寄った。
「た、助けてください、千景さん!」
 わたしは無我夢中で千景さんにしがみつく。もうなりふり構っていられない。
 わたしの尋常ではない様子に、千景さんは戸惑っているようだったけれど、それでも鋭く問いかけてくる。
「だからどうしたというのだ?」
「…っ。で、出たんです…!」
「?何がだ?」
「だから、ものすごく凶悪で、大きくて、目つきが悪い……あれはもう親分なんです!」
「……?…お前は何を言っている」
「いいから、見てください!ってより追い払ってください!」
 と、わたしは千景さんにしがみついたまま、『それ』のいる方向を必死で指さす。
「ものすごくふてぶてしい…鼠さんなんです…っ!」
「……鼠、だと…?」
「そうです!は、早く追い払ってください!」
「……………」
 わめくわたしに、千景さんはしばらく沈黙してしまっていた。
 閉口した理由は、わたしも冷静になればわかるけど、その時はまったく余裕がなかったのだ。
 わたしが目をつぶって、千景さんに必死にしがみついている間、彼がしていたことは…。
 出てきたまではいいけれどわたしの悲鳴に驚いて、固まっている鼠さんと千景さんは相対してにらみ合い、どう考えても凶悪さでは勝る彼の鋭い眼光と殺気に怯え、さしもの巨体も役にはたたず、逃げるように鼠さんは土間から出ていった。…いや、命惜しさに逃げたのだ。
 そして、ここからが問題だった。
「ち、千景さん、まだですか?!」
「千鶴、何故鼠ごときに怯える必要がある…?」
「いい、いいでしょう?!そんなことは…!」
「そうか。…ああ、千鶴、お前の足下にお前曰くの”親分”が…」
「い、いやぁーー!早く、早く追い払ってください…っ!!」
 さらにぎゅうと強くしがみつくわたしを千景さんはいつの間にか抱きしめる形でおさめていた。
「…こういうのも悪くはないぞ、千鶴。お前から俺に抱きついてくるというのがいい」
「な、何言ってるんですか!こんな時に……!ああ、もう、早く追い払ってくださいってば…!」
 このやりとりを、しばらく続け、すでに鼠さんがいないことにようやく気づいた時、安堵しながらもはたと冷静になり、わたしは顔から火が吹きそうに真っ赤になった。
 そして、にやにやといやらしく笑っている千景さんと目が合うなり、力の限りしがみついていたことにも自覚をして、さらにうろたえながらも、彼がわたしをいじめて楽しんでいたことを悟って、恥ずかしさも相まって、怒り爆発。………喧嘩に突入したというわけだった。







「……というわけなんです」
 話終えると、怒りがぶり返したのか、千鶴ちゃんの表情が怖くなる。
 それでも一応、喧嘩の合間合間に、千鶴ちゃんの弱点については口外しない約束は風間にさせたのだろうけど…もしかして、わたしの所為で台無し?
「ね?酷いですよね?!」
 同意を求めるように、彼女はわたしを見た。
「え。ええ、…そうね…怖がってるのに酷いといえば…酷いかな…?」
 でも、それって、嫌がらせってよりは……千鶴ちゃんに抱きつかれていたかったから黙ってたんじゃないの?風間としては。
「お千ちゃんもそう思う?」
 味方を得たと、彼女は笑みを浮かべた。
「あ、でも、なんで鼠が怖いの?」
 ずばり問いかけると、千鶴ちゃんは「うっ」と口ごもる。
 すると風間がかわって口を開いた。
「千鶴は昔、寝込みを鼠に襲われたらしい」
「はぁ?寝込みを襲うって、どんな卑猥な鼠よ…」
 わたしは間の抜けた声音で呟くと、千鶴ちゃんはキッと風間を睨む。
「ちょ、千景さん?!誤解をまねくような言い方しないでください!」
「…本当のことだろう?」
「……そりゃ…間違ってはないですけど…」
 と、またもごもごと口ごもる。
 そして。
「……十六の頃、夜寝てたら気配を感じて目をあけたんですね、…そうしたら、目の前におっきな鼠さんがいて、目があったんです……もう、あの時の恐ろしさと言ったら…っ!」
 千鶴ちゃんは思い出したように青ざめ、ぶるぶると肩を振るわせる。
「その時は父様を呼んで、追っ払ってもらったんですけど…それ以来、怖くて仕方がないんです…」
「…それは不憫ね…鼠はそこらにいるしね…」
「……はい。小さい鼠さんはまだいいんですけど…大きい親分格は駄目なんです。だから、猫さんを飼おうかとも思ってたんですけど…そうこうしてる間に、父様は京へ旅立って音信不通に……。わたしもそれで父様を探すために京に行くことにして…」
「…ああ、それではじまるわけね、様々な因縁の出会いが」
「……はい」
 千鶴は頷いて、ため息を漏らす。