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誓いは邂逅の夜に

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家康と下らない問答をしてから、可也の時間が経つ。
吉継は疾うに着いている頃だ。

三成は自室に居た。
今の己は、吉継が秀吉に挨拶に行く邪魔をしてしまいそうだったからだ。

吉継が秀吉の部屋を出る頃に知らせる様、小姓には命じてある。
然し、專ら堪え性の無い三成だ。
彼は今当に、只黙って待つ事の苦痛に悶えていた。

早く姿が見たい。
如何に文を交わして居たとは云え、三成の記憶の中の最後の吉継は床に伏して居た姿だ。
当分は養生を摂ると苦笑いを浮かべた顔は、今でも鮮明に憶えている。

早く、安心させて欲しい。
其の一心で、組んだ手に額を預ける。

己で思っていたより、幾分脆弱な自分を嗤った。

自嘲気味な思考に終止符を打つべく、傍らの無名刀を拾い上げる。

刀身を鞘から覗かせ、其処に映る己の顔に失笑した。


――なんて情けない顔だ。そんな面構えで吉継に逢う積もりか――


頭を振り、一度大きく呼吸する。
成る程、莫迦にしてはいたが存外落ち着く物だ。

少しはマシに為った表情に鼻を鳴らす。
調度其の時、襖越しに控目な声が聞こえた。


「三成様、吉継様が接見を終えた様です」
「解った。下がれ」


底冷えする様な声音さえ、何時も通り。
一瞬、家康の云った「もっと嬉しそうにしてると思った」と云う言葉の意味を理解した気がした。

だからと云って、奴が云う様に笑ってみよう等と思わないのだけれど。

そんな事を考え乍ら、秀吉の部屋の方へ歩みを進める。
すると、明らかに奇妙な物が眼に映った。

何かが浮いている。
而も可也大きい。云う為れば人一人乗れる様な……否、寧ろ人が乗って居る様に見受けられる。

然し、其れは誰かに持ち上げられているでも無く、独りでに浮かんで此方に向かって来ている。
流石の三成も、我が目を疑った。

輿が浮いている。而も人を乗せて。
言葉も発せぬ儘に歩みを進めれば、其の輿に彫り込まれた紋が眼に付いた。
無意識に足早に為る。

番の蝶。
そして、兜にも模された白い蝶。

其れを纏う男は、肌の総てを隠して居る。
其の容貌は、深く見覚えが在った。


「……吉、継…なのか?」


呟く様に云えば、包帯の奥に潜む眼が三成を捉える。


「随分、久しいモノよ。なァ、三成」


掠れた様な声音。
見下ろして来る視線は矢張り、深く見知った其れだ。


「貴様……何だ其の格好は」


今にも緩んでしまいそうな表情を引き締め、誤魔化す様に顔を顰める。
すると、己の腕を一度眺めた吉継が三成に向き直った。


「正装よ、セイソウ。晒して愉快な肌では無い故」
「悪巫山戯の積もりか?一々愚昧の者共の言葉を気にする貴様では在るまい」


溜息交じりに三成が呟く。
そう、見た目でしか物を見えない輩等、捨て置けば良いのだ。
こんな風に、外見の劣等感を隠し乍ら自虐に嗤う吉継は見ていて苦しい。

幼い頃より皮膚に妙な斑点が浮かび、赫黯く爛れた肌は好奇と侮蔑の格好の的だった。
人の視線は時に刃より鋭い。
だから仕方が無いと云えばそうなのだが、三成は其れを醜い等と思った事は無い。
大体、病は吉継に問題が在って発症する訳でもない。
堂々としていれば良いと何度も思っては、其れを許さない周囲の視線を不快深く憎んだ。

其れからと云う物、吉継は飄々とした態度こそ其の儘に肌を隠す様に為った。
病が拡がれば拡がる程、吉継を隠す布が増えていった。
吉継の異様な風体は、周囲の視線の所為とも云える程に。

思い出すだけでも腹立たしい悪意の言葉の渦。
臓腑が煮え滾る様な好色の眼。

一度其れを思い出せば、腹の其処で蛇が蠢く様な錯覚を憶えた。


「やれ三成や。落ち着け」


不意に名を呼ばれ、意識が白昼より帰還する。
歪んだ焦点を合わせれば、己から黝い焔が立ち昇っている事に気が付いた。


「……済まない。考え事をしていた」
「何を考えていたかは想像に困らぬな。気にしやるな」


重苦しい雰囲気が立ち込める。
こう云う時、家康の様に明るく切り返す術を持たない己を、僅か乍ら心中で呪った。

何を云えば良い?
自問していると、視界の端を白が横切った。


「……珠数?」


三成の頬を掠める様に、白い珠数が宙を舞う。
重みを忘れた様な動き。

不意に、眼の前で同じように動く物に眼を遣った。


「……其れは貴様が操っているのか?」


興味深そうに三成が輿を見詰める。
そんな三成の様子に、吉継が嗄れた笑声を零した。


「驚いたであろ?何、暇は在った故、容易いタヤスイ」


吉継はカラカラと笑い乍ら三成の前に掌を翳す。


「ほれ、良う顔を見せ。久方振りに撫でてやろ」
「要らん。貴様は何時まで私を童子の様に扱う積りだ」


三成が眉を顰めると、吉継が独特な笑声を上げた。
先程の重圧を忘れた様に穏やかな空気が漂う。
何が可笑しい、と睨み付ければ唯一露出している瞳が穏やかに細められた。


「否何、[豊臣先鋒は鬼子で在った]等と嘯く輩が増えて来居った故な。変わり無い様で安心よ」


云い乍ら頬に触れる指先。
久しく感じる事の無かった低体温の温もり。

然し、三成は奇妙な違和感を憶えた。
嘗ての様な優しさは在れど、何処か味気無いのだ。

云う為れば、以前の様な[包む様な触れ方]では無く只[皮膚の上を滑っている]様な。


「吉継?」


特に如何したという訳ではない。
只、其の違和感が厭に胸を掻き乱す。

其の所為か無意識に名を呼んでいた。


「如何しやった、三成?」
「否、何でも無い」


気の所為だ。
そう、久し振りに逢うから馴れが失せただけだろう。

胸中の呟きは、まるで咒いの様だ。
何がそんなに不安なのか、自分でも理解出来ない。

然し、理由も無い不快感など口にするのは莫迦らしいと云うモノだ。
三成は何かを探す様に、周囲を見た。


「吉継。貴様、何故一人なのだ?」


不意に眼に付いた疑問を訊ねれば、吉継は態とらしく頚を傾げる。


「さてなァ。皆、宛てがわれた部屋が気に為るのであろ?早々に散って行ったわ」


「まるで蜘蛛の仔よな」と愉し気に呟く。
とも在れ、余り変わりの無い吉継に多少の安堵を憶えた。


「まぁ良い。貴様も一度、部屋に帰るだろう?」


返事を待たずに、三成は歩き出す。
一応、連れて行ってやろうと云う心遣いだ。

数歩歩みを進め、矢張り妙な違和感が募る。
幾等、秀吉直轄の此の城に入ったからと言って、小姓さえも側仕えしていないとは如何な物か。

大体、此の城に仕えている者は案内もせずに何をしているのか。
と、苛立ち半ばに考える。

吉継は基本的に放任主義だ。
病で躯が不自由に為ってからも、周りに人が居るのを余り好まない。
だが、仕える者を甘やかし過ぎるのも問題で在る。
下々に相応の仕事を与えるのも、将の義務だ。

余り放任が過ぎる様なら一言云ってやらねば、と一人意気込む。

と、其の時だった。


「アレが例の」


廊下の角から、潜めた様な話し声が聞こえる。


「聞いた噺に拠れば彼の下は「オイ、止めとけよ。汚れ縁が繋がれるとかって謂れも在るぞ」


密々と、何やら噂噺の様だ。
作品名:誓いは邂逅の夜に 作家名:喰褸