誓いは邂逅の夜に
人に訊かれて成らぬ言葉為ら、端から放ら無ければ良い物を。
何を話しているかは良く解らなかったが、豊臣の城で風体の悪い真似をされるのは不快極まる。
三成は、角へと脚を向ける。
然し、突然肩を掴まれて其れは叶わなかった。
「やれ三成や。我の部屋に案内して呉れるので在ろう?其れを途中で寄り道とは……哀しやカナシヤ」
三成を止めた吉継は何処か態とらしく、声を大にして云う。
行き成り芝居掛かった物云いに為る友に、三成が眼を丸くして驚きの表情を浮かべた。
調度其の時、角からは短い驚きの悲鳴が響く。
足早に去ろうとする足音に、三成が振り返り乍ら怒鳴りつける。
「待て!!貴様等、其処で何をしている!!」
叫ぶ三成に止められた二人が怯えた顔で振り返った。
其の眼が吉継を捉えた瞬間、更に表情が固くなる。
「コソコソと何の密談だ?本人を前に云えぬ陰口を音にするな。秀吉様に仕える者として恥じ入る様な行為は慎め!」
眼前に迫った三成は苛立たし気に二人を睨み付けた。
然し、其の言動から[何の噂をしていたか]は解っていない様だと踏み、笑顔で取り繕う。
「申し訳在りません。否、ほんの下らない物怪の噂ですよ」
「?……如何でも良い。此の城の汚れに為る様な真似は一切赦さない。肝に命じておけ」
胡麻擂りする様に、二人の兵は三成の機嫌を伺い乍ら去って行く。
其の背を眺め乍ら、吉継が口許を歪めた。
「次は上手くしやれ。物怪の耳は何処で傾いて居るか解らぬ故な……ヒヒッ」
反射的に振り返った兵は、青褪めて走り去った。
笑声を零す吉継の顔を覗き込み乍ら、三成が疑問符を飛ばす。
其処には先程と寸分違わぬ表情が在った。
「吉継……まさか、貴様まで妖怪変化等信じている訳では在るまいな?」
案じる様な瞳で一瞥する三成に、吉継は再度笑い声を上げる。
「主と云う男は……」と笑い混じりに何かを告げようとした口が、然し違う言葉に擦り替える。
「否、具に総て否定すれば良いと云うモノでは無いぞ?三成よ。悪し物とは、気付かぬ内に忍び寄って来るが常よ」
「…………?」
謎掛けの様な吉継の言葉に、三成は眉を顰めるばかりだ。
然し、元来の性格から[深く考える事]を不得手とするのは自他共に認める所。
下らないと鼻を鳴らして一蹴する。
「今は互いに忙しい時期だろう。そんな下らぬ噂、早々に忘れてしまえ」
そう云って再び、吉継の部屋に脚を進める。
背を追う吉継は[此の噂は、此れから厭と云う程聞く事になろ]と胸中で呟いた。