誓いは邂逅の夜に
「此処だ」
着いた部屋は決して広過ぎず、刳り窓から空を臨むに美しい一室だった。
覗く虚空は、既に群青から紺へと塗り替えられ始めている。
「此れは又、見事な物よ」
吉継は室内の調度品などには目も呉れず、丸く切り取られた様な窓に近付く。
その様を満足気に見る三成は、何時もの彼からは想像も付かない柔かな笑みを浮かべていた。
「貴様が星詠を嗜むと、秀吉様に話した事が在る。虚空の見える部屋が好かろうと此処を宛行って下さったのだ」
光栄な事だろう?と何故か三成が嬉しそうに頬を緩める。
「主が太閤に我の噺をするとは……些か想像に難しい物よな」
揶揄する様に云う吉継に、三成が眉を寄せた。
然し、吉継の云う事も一理在る。
三成と云えば、秀吉の前では望まれる言葉以外を吐く事など殆ど無い。
況して、秀吉が一々吉継の嗜好など気に掛けるとも思えないからだ。
そんな吉継の反応に、三成は心外だとばかりに余所を向く。
だが、数秒後には何かを思い出した様に腰を上げた。
「きちんとした挨拶が未だだったな。今、酒と杯を持たせる」
「待て、三成。我は病躯で在るぞ?此処に来るだけで些か疲れた。堅苦しいのは明日で良かろ?」
気怠げに手をぶらつかせる吉継に、仕方のない奴だと溜息を零す。
「何か入用は無いか?不便が在れば云え」
「在れば其の都度述べよ。そう気を遣いやるな」
苦笑し乍ら、然し何かを思い出した様に手を叩く。
「そうよなァ……不便は無いが茶が嚥みたい」
何処か愉し気に云う吉継に「欲心の無い奴だ」と息を吐く。
其れは三成も同じ事だが、そんな事に自覚が在る筈も無い。
「茶?……待て。直ぐに持たせる」
「待ちやれ、三成。我は[主が立てた茶]が嚥みたいのよ」
小姓を呼ぼうとすれば、着物の裾を掴まれる。
振り返れば「断りはすまい?」と云わんばかりの笑みで三成を見上げる吉継。
本来為ら一武将に「茶を立てろ」等、失礼極まりない要求だが其の程度の事を気にする仲では無い。
三成は呆れた様に腰を上げる。
「少し待て。白湯と茶器を取って来る」
そう云い残して、襖を潜った。
何故か[茶を立てる用意を小姓にさせる]と云う選択肢が出なかった。
其れは、吉継の笑みに其の意が込められて居た所為だと気付かぬ儘、炊事場に向かった。