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IS  バニシング・トルーパー 000-002

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stage-1 少女と豚カツ定食



 「ふっ……」
 タオルで髪を拭きながら、クリスがシャワー室から出た。
 腰まで届けた長い銀髪はさっぱり切られ、短い髪に端正な顔付きで、クリスの男らしい印象を引立つ。
 クリスは朝起きたらシャワーを浴びるという習慣があった。研究所の寮に居ても、日本に来ても、それは変わらない。
 冷蔵庫を開けて、中からジュースを一本取り出して、喉に流し込む。
 一口飲んで、クリスは窓際の椅子に座った。
 今クリスが泊まっているのは、日本にあるホテルだった。IS学園の入学手続きは既に済ませており、後は二日後の入学式を待つのみ。
 手続きの時に渡された、「必読」と書かれている分厚い本があるが、ぱっと見た限り、ISの基礎知識しか書かれていないが、何年もISに関わってきたクリスにとって、もう読む必要のないものだった。
今のクリスは、暇だった。
部屋にある時計に目をやると、指針が九時のところを指していた。
「散歩にでも行くか……」
紺色のコートを着て、サングラスを掛けて、クリスは部屋を出た。

 日本の街はクリスにとって、新鮮な事物が一杯だった。
 往来の人波を潜り抜けて、クリスは街を楽しむ。やっと繁栄街を抜けた時、クリスの両手には既に食べ物で塞がれていた。
 丁度道の前方の階段を降りた所に、小さな公園がある。近づいて見ると、公園に誰も居ない。階段を降りて公園の敷地に入って、クリスはペンチに座り、食べ物の紙袋を次々と開ける。
 「これ、結構うまいな」
 「これも中々…」
 一人で公園のペンチで、食い物を楽しむクリスだった。
 研究所の食事は、お世辞でも美味とは言えない。研究者達は仕事が忙しくて、食事などただの栄養摂取としか思っていないため、誰も食事に文句を言わない。そんな環境に居ては育ち盛りのクリスのストレスが溜まる原因となっていた。だから日本の街にある多様の食べ物の誘惑に、クリスが抵抗できるはずもなかった。
 あっという間に、大量の食い物がクリスの胃袋に消えていった。
 「次はどこへ行こうか……むっ?」
 手を拭いて、ペンチから立ち上がるクリスが次の目的地を考えている時に、一人の女の子が視界に入った。
 長い赤髪の少女が、自分の視線を遮るほどの荷物を抱え込んで、階段を降りている。端からみれば、かなり危ない光景だった。
 「あっ!」
 案の定、少女が階段を踏み外してしまった。バランスが崩して、階段から落ちる。
 「!!」
 クリスが少女へ向かって走る。
 自分は地面に叩き付けられるかと思って、目を閉じた少女だったが、結局衝撃は来なかった。
 目を開けると、目の前に銀髪の美少年が居た。自分は抱えられている状態で、少年の腕の中に居た。
 落ちる途中で、少年に抱き止められたらしい。
 「あっ、あの……」
 「大丈夫か」
 銀髪の少年、クリスが心配そうの声で少女に聞く。
 「あ、はい。大丈夫…です」
 「そうか」
 クリスが少女を地面へ立たせる。そして少女は深く頭を下げた。
 「助けて頂いて、ありがとうございました」
 「いや。それより、君のお荷物が…」
 クリスが視線を地面へ向く。
 先ほど少女が抱えていた荷物――大量の野菜が、公園の地面に散かっている。
 「あぁぁぁぁ!」
 少女は慌てて野菜を拾う。しかし量があんまりにも多いので、仕方なくクリスも手伝い始めた。
 あんまりの大量で、二人が拾ってもしばらく掛かった。
 「これで全部だな」
 「はい、拾う手伝いまでして頂いて、本当にありがとう」
 「気にするな。じゃな」
 「あっ、待って」
 軽くて手を振って、この場を離れようとしたクリスを、少女が呼び止めた。
 「何かお礼したいですけど…そうだ、うちに来てくださいよ」
 「えっ?」
 「うち、食堂ですよ。お昼はまだでしょ?ご馳走しますよ。」
 「あっ、えっと」
 食べ物に弱く、そして胃袋が底知れずのクリスだった。
 「じゃ決まりね。私、五反田蘭と言います。あなたは?」
 「クリストフ・クレマンだ。クリスと呼んでくれて構わない」
 「クリスさんね。じゃ、こっちです。付いて来てください」
 「ちょっと待って」
 簡単な自己紹介をして、公園の出口へ歩き出す蘭を、クリスが呼び止める。
 「何?」
 「荷物は俺が持とう」
 「えっ?あっ」
 反応する暇もなく、クリスは蘭が抱えた荷物を引き受けた。
 「…ありがとうございます」
 笑顔で三度目の礼を言った蘭の顔が、少し赤かった。

 二十分くらい歩いたら、「五反田食堂」という店に着いた。
 店に入った時、蘭の後に付いているクリスを、奥にいる初老の男が殺気が篭った目で睨んだが、蘭から事情を聞いた後、厨房から料理を持ってきて、テーブルに置いた。
 「うちの孫が世話になったな。俺は五反田厳、蘭の祖父だ。俺からも礼を言わせてくれ」
 「いえ。大したことはしてません」
 「俺からの礼だ。これを食べてくれ」
 「はい。いただきます」
 「うむ」
 厳さんの素朴の言葉に、クリスは素直にテーブルについた。
 出された料理は、豚カツ定食だった。皿に盛られている豚カツはやたらとでかい。
 孫のことを大事に思っている祖父からの、不器用ながらのお礼であろうと、クリスは思いながら、箸と碗を取って料理を口に運ぶ。クリスが食べ始めるのを見て、厳さんは軽く手を振って、「ちゃんど味わって食えよ」と言い残して、厨房に戻った。
 「ゆっくり食べてね、クリスさん」
 「あっ、はい」
 蘭はクリスの対面席に座って、笑顔でクリスに話をかけた。
 「ところで、クリスさんは箸の扱いうまいですね。日本じゃ長いですか?」
 「いや、初めて日本に来たのは三日前だ。来る前に練習しただけだよ」
 「旅行?」
 「いや、仕事だ」
 「仕事?」
 「ああ、三年くらいの出張だ」
 「へえ…クリスさんって、私とそう変わらない歳に見えて、もう仕事してるんだ…」
 クリスの返事に、蘭が意外そうな表情を見せる。
 「…お前さん、なんで片手だけ手袋付けてんだ?」
 いきなり蘭の後ろから厳さんの声が聞こえて、顔をあげると、厨房の窓越しに厳さんもこっちの話を聞いていた。
 厳さんの指摘通り、クリスは右手だけ黒い革手袋を着けている。そのことが厳さんに言われて、クリスは軽く苦笑して、手袋を外した。
 そこに見えたのは、普通の手の形と変わらない、黒い金属色の手だった。
 「昔に仕事で事故が起きててね。今は義手なんです」
 「義手――!?」
 クリスの言葉に、蘭が驚いて大声を上げる。
 「すまん。年頃の女の子からすれば、気味悪いでしょ」
 「い、いいえ。そんなことは」
 蘭は慌てて頭を振ってそれを否定した。
 「でも、クリスさんはそれで大丈夫ですか」
 「別に問題はない。もう一年以上使ってるからな。俺が言うまで、蘭も気付かなかったでしょ?」
 手袋を着けながら、心配そうに自分を見つめる蘭に、クリスは軽く微笑んだ顔で見つめ返す。
 「お前さん、若いのくせに苦労してんな」
 皿一枚を持って、厳さんが厨房から出た。
 「いえ。自分の目的のために、望んでやったことですから」
 「ふっ、若造が生意気言うな」
 そう言いながら、厳さんは皿をクリスの前に置いた。