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IS  バニシング・トルーパー 000-002

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stage-2 金髪お嬢様は男子がお嫌い?




「新学期早々、やってくれたな」
IS学園の教員室で、織斑千冬が頭を抑えて盛大なため息をついた。
 「なっ、クレマン」
 目の前にいる、IS学園制服を着た銀髪の少年を睨む。
 「申し訳ありません。織斑先生」
 口では謝っていながら、まったく無表情のクリスだった。
 「んで、一日遅れてきた理由は?」
 「五月病です」
 「そうか、なら今から気合を入れてやるから動くなよ」
 千冬が椅子から立ち上がり、出席薄を手に取った。
 しかしクリスはまったく気にすることなく、鞄から高そうな和菓子の詰め合わせを取り出した。
 「それはそうと、織斑先生。お詫びも兼ねて、お土産を買ってきました。宜しければ先生方と一緒に食べてください」
 「おっ、なんか悪いな……って話を逸らすな!」
 危うく生徒に賄賂されるところで気付き、椅子に座り込んだ千冬は怒る気力も失った。
 「はあ……やれやれ」
 
 「ところでクレマン、お前が初めてISを使ったのはいつだ?」
 再び顔が上げた千冬は、先ほどとまったく違う、鋭利な視線を向けてきた。
 「……大体三年前からです」
 「そんなに前からISを使えたお前は、なぜ今更この学園に?」
 「基礎を学び直すためです」
 「建前はいい」
 「……それ以外の答えはありません」
 千冬の鋭利な視線に、クリスは目を逸らさずに見つめ返す。やがて千冬はそれ以上聞いても答えは出ないと悟り、視線を下ろした。
 丁度視界に入ったのは、クリスの黒い右手袋だった。
 「…もういい、お前にも事情があるだろう。だがどうであれ、ここに居る以上君は私の生徒だ。学生の分を弁えて貰う。いいな?」
 「わかりました」
 「では付いて来い。朝のホームルームの時間だ」
 「はい」
 千冬が椅子から立ち上がり、教員室から出て行く。それを見て、クリスも和菓子を千冬の机の上に置いて、千冬の後を追った。


 「ハースタル機関から来たクリストフ・クレマンです。よろしく願いします」
 無表情で一年一組の教壇の横に立って、クリスは自己紹介を済ませる。
 「じ、実は先生も初耳ですが、クレマン君は男性でありながら、既に何年前からISの起動に成功しています。これからは同じクラスメイトとして皆さんと一緒に勉強しますので、仲良くしてあげてくださいね」
 隣にいる副担任の山田真耶先生は、困ったような顔でフォローを入れる。しかし真耶の話を最後まで聞いた女子生徒は居なかった。
 「きゃ――!!またしても男の子!しかも銀髪美少年!」
 「ハースタル機関ってことは、年収が高いってことね!」
 「そしてその知的な雰囲気がいい!!萌えるわ!」
 「皆、静かに、し―ず―か―に!」
 黄色の歓声を上げる女子達と、手をバタバタして生徒を静める山田先生だった。
 その間に、クリスは自分のクラスメイトを一通り観察する。
 見事に女子だらけ。目の前の席に座っている男を除けば。
 「質問~!」
 好奇心の豊かな女子は、早速手を挙げた。
 「織斑くんより先にISを起動したのなら、なぜ今まで報道されなかったの?」
 当然な質問だな。
 「私が所属している研究機関は性質上機密度が高いためです。俺の存在自体も原則上企業機密扱いなので、報道規制をしていました」
 女子生徒の質問に、淡々と答えた。
 「じゃ、今はもういいの?」
 「そうですね。ここにいる以上、存在を隠しません。が、規則上基本的に存在をアピールすることもしません」
 一人の質問を回答したところで、もう一つの手が挙がってきた。
 「なんで一日遅れてきたの?」
 「五月病」
 「はいっ?」
 「五月病と言ったのです」
 「…初日なのに?」
 「そうです」
 「……」
 教室中がさわめく。副担任の山田先生が更に困ったような顔で教室を静めようとさらに腕をバタバタさせる。
 「質問はそこまでにしろ。ホームルームの時間はなくなる」
 さっきから教室の隅の方に座っていた担任先生、織斑千冬が口を開けた。
 一瞬で、教室からさわめきが消えた。流石に千冬に逆らうほどの命知らずはこのクラスに居ないようだ。
 「クレマン、お前はもう席につけ。これから連絡事項を伝える」
 「はい」
 千冬が指差した、教室の後ろの席に付くと、クリスにとっての初日の授業が始まった。

 IS関連授業は至って簡単な内容で、普段研究者たちの手伝いもしていたクリスにとって、少々退屈な授業だった。
 だが休み時間になるたびに、周囲の女子達から妙な空気を感じる。まるでヴェロキラプトルに包囲されているごとし、いやな汗がかいてしまう。
 そして二時限目が終わったところで、やっと一人の男が話を掛けてきた。
 「よっ」
 無論、クリス以外の男、このクラスには一人しかいない。ISを起動させて、世界の注目を浴びている少年、織斑一夏。
 「ああ、君が織斑一夏くんか」
 「あはは、やっぱり知っているのか?」
 「そりゃ、有名人だからな」
 「お前の方が先だろう……とりあえず、俺のことは一夏でいいよ」
 「なら、こっちもクリスで構わない」
 気軽に互いの呼び方を決めて、男子二人は早速打ち解けた。
 「ところでクリス」
 「うん?」
 「さっき言っていた五月病って、本当なのか?」
 「あれは嘘だ」
 「やっぱりか。んで、本当のところは?」
 「ホテルで映像ソフトを見てて時間を忘れた」
 「はぁ~?」
 意外な返事に、一夏が頓狂な声を上げる。
 「面白い映画が多いのでな、つい」
 「へ、へえ~それでよく千冬姉に殺されなかったな」
 「…ああ、そう言えば、織斑先生はお前の姉だったな」
 クリスは一夏が誰を言ってるのか分からなかったが、すぐに自分の担任先生の名前を思い出した。
 「まあな。学校でそう呼んだら殴られるけど」
 「そりゃな、先生としてのケジメがあるだろうし」
 「千冬姉みたいなことを言うなよ。まあ、兎も角これからは男同士、互い助け合おうぜ」
 そう言って、一夏が握手しようと、右手を差し伸べた。
 一夏の手を見て少し迷った後、クリスも自分の右手を出して、一夏の右手を握った。
 「これからはよろしくな。一夏」
 「お前、この手は……」
 手袋越しの無機質物感を感じて、一夏の表情は固まった。
 「昔のことだ、あまり気にしないでくれると助かる」
 一夏が固まったのを見て、クリスは彼の肩を叩いて、軽く微笑んだ。そんなクリスを見て、一夏も笑ってクリスの手を握り返した。
 「ああ、よろしく。クリス」


 午前の授業が遅滞なく進み、あっという間に三時限目が来た。
 「今日の授業の前に、先ずは再来週のクラス代表戦に出る代表者を決めないといけない」
 三時限目から教壇に立っているのは、織斑千冬先生だった。
 「クラス代表とはそのままの意味だ。対抗戦だけでなく、生徒会の開く会議や委員会への出席・・・まあ、クラス長だな。因みにクラス対抗戦は、入学時点での各クラスの実力推移を測るものだ。今の時点では大した差はないが、競争は向上心を生む。一度決まると一年間変更はないからそのつもりでいろ」
 学園生活の経験が少ないクリスでも、さすがにクラス長という単語を理解できた。
 「私、織斑くんがいいと思います~!」