黒と白の狭間でみつけたもの (4)
青年は、早口にそう言うと、トウコの腕をつかんだ。
「ちょっとっ!」
突然のことに驚いて、腕を振り払おうとしたが、彼は離してはくれなかった。
「カラクサタウンに行こう。今日は演説があるんだ。君にも聞いてもらいたい」
そう言って、ほとんど強引に引っぱられた。
演説?
理由がわからないまま、トウコは仕方なく謎の青年に引かれてついていく。
なんだか、さっきから、彼に振り回されっぱなしだ。
カラクサタウンに入ると、彼は一直線に広場へと向かった。
町の中央広場、よくお祭りの時なんかに出店がでたりする場所だ。
そこには、すでにたくさんの人だかりができていた。
何か始まるようだった。
「何がはじめるんだー?」
「さぁ?」
「んじゃ、ちょいと行ってみるかね」
そんな声が聞こえた。
謎の青年は、その人だかりの側で立ち止まると、ようやく手を離してくれた。
どうやらこの場所で、演説とやらがあるらしい。
「トウコ!」
声がして、振り返るとチェレンがいた。
人が集まっているのをみて、駆けつけてきたようだった。
「何だよこの人だかり!いったい、ここで何があるんだ?」
「演説、らしいよ…」
自分でもよくわからないまま、発音した。
「演説? なんの? ところでその人は?」
謎の青年を見たチェレンが言った。
不思議な雰囲気を持つ青年に、少し警戒しているようだった。
でも、誰と言われても……。
「わかんない」
「わかんないって!?」
「はじまるよ」
謎の青年が静かに言うと、中央広場の壇上に、派手な集団が現れた。
銀色の同じコスチュームを身につけた7~8人。
その集団に守られながら、中央に現れたのは、ひときわ目立つ紫のローブをまとった人だった。
若くはないが、年をとりすぎてもいない、黄緑色の長髪をした壮年の男性。
右目だけが、赤い石がはめ込まれた眼帯に覆われている。隻眼の男。
胸の中に、もやもやとわだかまりのようなものが広がった。
なぜだろうか、直感的にこの人は恐いと思った。
その男は、集まった群衆に向かって、かしこまったお辞儀をすると、落ち着いた口調で話し始めた。
「わたくしの名前はゲーチス。プラズマ団のゲーチスです。今日、皆さんにお話しするのは、ポケモンの解放について、です」
なに?プラズマ団?…ポケモンの解放って?
トウコも疑問を感じたように、周りの人からもざわざわと声が上がった。
「え?」
「なに?」
「ポケモンの……」
「解放……?」
チェレンをみると、彼もよくわからないといった顔をしていた。
ちらりと、謎の青年の様子をうかがうが、まっすぐと目の前の団体を見つめているだけだった。
「我々、人間はポケモンと共に暮らしてきました。お互いを求め合い、必要としあうパートナー。そう思っておられる方が多いでしょう。 ですが、本当にそうなのでしょうか?我々、人間がそう思いこんでいるだけ……そういう風に考えたことはありませんか?」
ゲーチスの言葉に、ざわついていた、群衆が少しずつ沈黙する。
聞き触りのよい声に、自然と耳を傾けていた。
いつの間にか、ゲーチスという男を無視できなくなっている。
「トレーナーは、ポケモンを好き勝手に命令している……。仕事のパートナーとしてもこき使っている……。 そんなことはないと、誰がはっきり言い切れるのでしょうか?」
ゲーチスの言葉に、ドキリとした。
再び、ざわつきはじめる人達。
みんな、この人の意見に動揺しているんだ。
「そんな」
「わからんよ」
そんな声が上がった。
トウコもよくわからなくなった。
ポケモンが絶対に、人間を嫌がっていないなんて言い切れないから。
それでも、ポケモンが好きな気持ちは変わらない。一緒に側にいたい。
タッくんは、私の側で笑ってくれる。
これっていけないことなの?
「いいですか、みなさん!」
再び、語り出すゲーチス。
とたんに、ざわめきは治まった。
「ポケモンは人間とは異なり、未知の可能性を秘めた生き物なのです。我々が学ぶべきところを数多くもつ存在なのです。そんなポケモンたちに対して、わたくし達、人間がすべきことはなんでしょうか」
人間のすべきこと…?
いったい何を言ってるの?
トウコは胸の中の、もやもやとした嫌な気持ちが大きくなっていくのを感じた。
不安と恐怖がいりまじったような。
大きくどよめき、言い合う群衆の中、声が聞こえた。
「なぁに?」
「解放?」
誰かのそんな一声が上がった時だった。
ゲーチスは一段と声を大きくして、言い放った。
「そうです!ポケモンを解放することです!! そうしてこそ、人間とポケモンは、はじめて対等になれるのです。 みなさん、ポケモンと正しく付き合うために、どうすべきかよく考えてください。 というところで、わたくし、ゲーチスの話しを終わらせていただきます。ご静聴、感謝いたします」
そう言って、ゲーチスという男は、深々と一礼した。
演説が終わると、ゲーチスは再び銀色のコスチュームに身を包んだ、プラズマ団という団体員に囲まれて、壇上を後にした。
「今の演説……。私たちはどうすればいいんだ?」
「ポケモンを解放って、そんな話ありえないでしょ!」
ゲーチスの姿が見えなくなるなり、口々に意見が上がった。
ざわめく広場。
誰もが戸惑っているようだった。
集まっていた人達は怒ったり、首をかしげたり、ほとんどが不満を言いながら、散りちりになって、帰っていった。
広場には、トウコとチェレン、そして謎の青年が残された。
「何言ってるんだ、そんなのできるわけないじゃないか!」
チェレンは言った。
トウコも同じ意見だった。
ポケモンを解放? タッくんや、テリムと離れる?
考えるだけで嫌だった。
せっかくできた絆を断ち切るなんて!
そう思っていたとき、ガタガタとモンスターボールが揺れた。
タッくんのボールだ。
怒ったように、ボールの中で何か叫んでいる。
もしかしたら、タッくんも同じことを思ってくれたのだろうか。
「トウコのポケモン、今 話していたよね……」
にっこりと微笑んで謎の青年は、トウコに言ってきた。
またもや突然に、突拍子もないことを言い出すから、トウコは驚いて目をぱちぱちさせた。
チェレンが警戒しながら、青年に言い寄った。
「……ずいぶんと早口だな。それにポケモンが話した……だって?おかしなことを言うね」
チェレンの言葉に、青年は意味がわからないといった様子だ。
「ああ、話しているよ。そうか、君にも聞こえないのか……かわいそうに。君もトウコのように、ポケモンの心がよめればいいのにね」
「!?」
チェレンは驚いた顔して、トウコを振り返り見た。
トウコは何も言わなかった。
突然、こんなことを言われるなんて思ってもみなかったから、何も言えなかった。
なんで?……なんでそんな大事なことを勝手に言ったの?
ただ、ただ、呆然と立ちつくす。
「ボクの名はN。君は?」
N、これがこの人の名前。
作品名:黒と白の狭間でみつけたもの (4) 作家名:アズール湊