黒と白の狭間でみつけたもの (7)
タッくん、テリム、ヒヤリンは、よほど水遊びが楽しいのか、さっきよりは激しくないものの、噴水の池をつついて、波紋を作ったり、葉っぱを浮かべたりして、3匹元気にまだ遊んでいる。
トウコは、近くのベンチに腰かけると、タッくん達を見守りながら、湿っぽい服を乾かした。
「ずいぶん、濡れちゃったなぁ」
体半分、プールに入った後みたいだ。
髪はびしょぬれ、肩まで服も濡れてしまっている。
くっついてくる服を上から押さえるように拭き取って、タオルで髪を乾かしていると、テリムがとことこやってきた。
「テリ~……」
ぐぎゅ~っというテリムのお腹の音が、はっきりと聞こえた。
そういえば、テリムだけは朝ご飯がまだだった。
「はい、お疲れ様」
トウコがそう言って、ポケモンフードをわたすと、テリムはがつがつ食べ始めた。
匂いにつられて、さっきのミネズミ達が、顔を覗かせた。木の隙間からこちらの様子をうかがっている。
ポケモンフードは、野生のポケモン達を引き寄せる、おいしい匂いがするようだ。
マメパトが再び飛んできて、テリムの隣に降り立った。
テリムが食べる様子をじいっとのぞく。
腹ぺこテリムは、そんなことお構いなしにぺろりと、あっという間にご飯をたいらげてしまった。
そして、再びタッくん達のもとに駆け寄った。
マメパトは、テリムが食べ散らかした、ポケモンフードのおこぼれをもらおうといそいそと歩く。
そして、嬉しそうに口に入れようとした時だった。突然、勢いよくやってきた真っ黒な影に驚いて、あわてて飛びたってしまった。
ばさばさと羽音が響いた後に、そこに現れていたのは、野生のヨーテリー。
しかし、すぐさまその姿はぼやけた。
「!?」
姿が変わる。黒っぽいポケモン。
テリムとも違うけれど、黒いヨーテリーのような小さなからだ。
黒っぽい小さな2つの耳をピンとたてて、ふさふさのしっぽもたっている。
4つの足先と、頭の上にはえたふわふわの毛先は、鮮やかな赤色をしていた。
マメパトを追い払ったそのポケモンは、テリムがこぼしたポケモンフードのおこぼれをぺろぺろとなめていた。
見たことがないポケモン。
トウコがポケモン図鑑を開くと、ようやく名前がわかった。
【ゾロア わるぎつねポケモン:人や他のポケモンに化けて、相手を驚かせる。正体を隠すことで、危険から身を守っている】
姿を変えられるなんて、不思議なポケモン。
不思議な昨日の、夢の幻をみせるムーシャナを思い出した。
「ゾロア?」
トウコが声を掛けると、ゾロアはびくりと体を震わせた。
一気に警戒するゾロア。
「そんなに恐がらないでよ。ほら、残り物じゃなくてこっちを食べたら?」
ポケモンフードを手に、トウコが手を近づけると、ゾロアはうなりながら後退し、トウコを睨んだ。
「ガウウゥッ!」
警戒心が強い。
ひどく拒まれている。恐がられてるんだ。
「タジャ!」
「だめよ!タッくん」
様子に気づいたタッくんが駆けつけてくるのが見えて、トウコは急いで制止した。
タッくんに睨まれでもしたら、きっとますます恐がってしまう。
「…大丈夫だから」
後ろで見守っているタッくんを気にしながら、トウコは手に持っていたポケモンフードをゾロアの前で、ひと欠け食べてみせた。
ゾロアはじいっと見てくる。
興味はあるんだ。
トウコは、持っていたフードのひとつを、少し距離をあけてゾロアの前に置いた。
ゾロアは警戒しながらも、そこにゆっくりと近づく。
そして、匂いを嗅いで安全だとわかったのか、ぺろりとなめたあと、ようやく一粒口にした。
食べてくれた!
嬉しくて、トウコは笑顔になった。
今度は、ポケモンフードを持った手を差しだしてみる。
ゾロアはトウコの手をみて、すぐに後ずさりしたが、何もしないとわかると、ゆっくり近づいてきた。
匂いを嗅ぎ、何度か、トウコとフードを交互にみる。
そして、ようやくトウコの持ったポケモンフードをぺろりと舐めた。
食べてくれるかも!とトウコは期待した。
しかし、ゾロアは、ひょいと体をひるがえすと、トウコを振り返ることなく反対側へ走っていく。
ああ、だめか……。
そう思いながら走り去っていくゾロアを目で追っていくと、ゾロアはしっぽをふりながら、誰かに飛びついた。
若草色の緑の長い髪。
黒いキャップ。
腰には見覚えのある、金色のキューブがつり下げられている。
あれは…。
「N…?」
声を掛けると、彼はゾロアを抱えたまま、トウコを見た。
「やあ、また会ったね」
驚く様子もなく、Nはにっこりと微笑んだ。
ゾロアはうれしそうにしっぽを振りながら、Nに体をすり寄せている。
あんなに警戒していたゾロアが懐いている。
やっぱり、ポケモンを大事にしている優しい人みたいだ。
昨日、泣きそうな顔で去っていったNが気がかりだっただけに、元気そうにしている彼の姿を見て、トウコは少し安心した。
それとは逆に、タッくんは少し警戒しているようで、すぐ側でじっとNを様子をうかがっている。
「その子、Nのポケモンなの?」
「そう、ボクのトモダチ。すごいね。君はゾロアの気持ちを簡単に開かせたみたいだ。ゾロアは言っているよ。『珍しく優しい人間と出会った』とね」
またポケモンと話したみたい。
内心、どこかでまだ信じられない気持ちもあるけれど、できれば信じたい。
ゾロアのうれしそうな表情をみれば、嘘じゃないと思うもの。
「すごいのはあなただわ。あんなに恐がってたゾロアが懐くなんて」
「ゾロアは、小さい頃からボクのトモダチだからね」
ゾロアをなでるNは、優しい顔をしていた。
古くからの友達なんだ。それじゃあ、かなうはずがないわ。
ゾロアの鳴き声に反応して、Nは頷いたり、笑ったりしている。
あんまり楽しそうだから、トウコもつられて笑顔になった。
「何を、話しているの?」
「トウコの持っているそれを、今度食べたいからボクに買ってくれと言っているよ」
ポケモンフード…、なんだ、気に入ってはくれたんだ。
ちょっとうれしかった。
「Nはいいわね。そうやってポケモン達と話せるんだもの」
「君だって、気持ちはわかるんだろう?話せるんじゃないのかい?」
言われてドキリとする。
はじめて会ったときもそうだったけれど、Nは直球ストレートに言葉を投げかけてくる。
それでも、嫌みを感じない。気づくと、受け入れてしまっている。
「そうだけど…。私は、ほんとに近くでポケモンに触れないとよくわからない。目を閉じてようやく気持ちや声が伝わってくる感じだから…。そんなに簡単にできないのよ」
不思議と、Nには話しやすかった。
今まで内緒にしてきたことなのに、Nに話しやすいのはどうしてだろう。
「それでも、君はポケモンたちの声が聞ける。ボクと変わらないじゃないか」
そう言われて、心の中がほんわかと温かくなった。
うれしいのかもしれない。
こんな話しをするのは、はじめてだから。
こんなこと、自然と話せる人なんて、今までいなかったから。
「そうなのかな…」
不思議でたまらない。
作品名:黒と白の狭間でみつけたもの (7) 作家名:アズール湊