黒と白の狭間でみつけたもの (9)
「ヒヤリン、ふるいたてる!」
ヒヤリンは次の攻撃に備えて、力を蓄えた!
ここで、ドッコラーのがまんが弾ける!
「ドッコラー攻撃だ!」
Nのかけ声とともに、ヒヤリンめげけて、ドッコラーの強力な攻撃が当たった!
ヒヤリンはふらふらになりながら、なんとか立ち上がる。
「もう一度、みずでっぽうよ!」
「ヒヤー!」
勢いよく当たったみずでっぽうが、ドッコラーに当たり、体力を弱める。
しかし、体力が減っていたヒヤリンの攻撃は弱くなっていたようだ。
ドッコラーは、最後の力を振り絞って、ヒヤリンにけたぐりを当てた!
「ヒヤン!」
くるくる目を回して、ヒヤリンが倒れた。
「よく頑張ったわヒヤリン。ありがとう」
ヒヤリンがボールに戻ると、ドッコラーも尻もちをついた。
すでにふらふらだ。
どうやら相打ち。
つかさず、Nがボールに戻し、次のポケモンをはなつ!
「オタマロ!」
「マロマロ~!」
トウコも後ろのタッくんと目を会わせた。
「いっけ~!タッくん」
オタマロは水ポケモン。
一気に決めてみせる!
「タッくん!グラスミキサー!」
「タジャ!」
緑のつむじ風。
植物と風の刃が炸裂する!
「マロ~!」
オタマロはあっという間に、倒れた。
タッくんは、ガッツポーズだ。
「お疲れ様、タッくん」
ボールに戻して、Nを見ると、彼もオタマロをボールに戻しているところだった。
「君の勝ちだ」
そう言ってトウコを、憂いに満ちた瞳で見つめた。
あの時と同じだ。
カラクサタウンの時と同じ。あの瞳。
今にも泣きそうな、思いつめた顔をしていた。
どうして、こんなにポケモンバトルをした後のNは苦しそうなのだろう。
こっちまで、勝ったというのに悲しくなる。
「まだ未来はみえない……。世界は決まっていない……」
Nはそう言う。
未来…?
Nは未来が見えるとでもいうのだろうか。
世界を変えたいって、なんでそんなことを思うの?
あなたは何に悩んでいるの?
「Nは、なんで世界を変えたいの?」
ふと、でた疑問。
あなたがそんなに悲しい顔をする理由は何?
トウコの言葉に、Nは言った。
「人はポケモンを傷つける。それをなんとも思わない。ボクはそれが許せない!傷つけられた君ならわかるだろう? 人間がどんなに傲慢で愚かなことか。ボクはそれをやめさせたい。そんなことがない世界をつくりたいんだ!」
はじめてきく、少し口調が強まった、Nの声。
悲しい言葉。
Nは、人間を憎んでいるの?
どうして?
人間は、そんな人ばかりではないのに!!
胸の中がぎゅっと締め付けられる。
熱くなった思いが、頬にこぼれた。
「……どうして泣くの?」
Nの言葉に、涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。
止めようと思っても、止まらなかった。
泣き出すトウコに、Nは困った様子だった。
「君を泣かすつもりじゃなかったのに…。泣きやんでよ、トウコ」
Nはトウコをぎゅっと抱きしめた。
慰めようとしてくれてる。
こんなに優しい人なのに…。
温かいNのぬくもりに、よけいに涙が止まらなくなる。
Nはきっと、知らないんだ。
チェレンやベルみたいに、優しい人がいることを知らないんだ。
いくらポケモンと話せても、大好きなポケモンに囲まれていても、優しい人間を知らないんだ。
そう思うと、悲しくて仕方がなかった。
「Nは、かわいそう…」
「かわいそう?」
Nは、トウコの言葉の意味がわからないようだった。
まっすぐな瞳からは、困惑の色が見えるだけ。
わかってほしい。
そんな人ばかりじゃないって…!
「確かにポケモンを傷つける人間もいる。でも、大事にしてくれる人だっている。優しい人間は、いるよ。私を助けてくれた友達だって……」
「…そんな人間は、いない。人はみんな嘘つきだ」
トウコの言葉を遮るように、Nが言った。
頑なな、寂しい心。
Nには届かないのだろうか。
溢れ出した涙が、ポタリと、また頬を伝った。
Nがその涙を指でぬぐった。
「君に泣かれると、嫌な気持ちになる」
泣かないでと言われても、心が痛い。
人を信じられない…それを寂しいと、Nは思わないの?
「トウコ、ボクは世界を変えてみせるよ。でも、今のボクのトモダチとでは、ポケモンを救い出せない……世界を変えるための数式は解けない……。ボクには力が必要だ……誰もが納得する力……。君にもわかってもらえるような……」
Nがわからない。
ポケモンを救い出す力…。
それを求めてどうするのだろう。
彼が求める力って…。
「必要な力はわかっているんだ。英雄と共にこのイッシュ地方をつくった伝説のポケモン、…ゼクロム!ボクは英雄になり、キミとトモダチになる!」
Nの声が静かに響いた。
ゼクロム…?
英雄…?
嘘や偽りのない、まっすぐな眼差しを空に向ける、N。
あなたは何を見ているの?
Nの目指すもの……私にはやっぱりよくわからない。
涙はいつの間にか止まっていた。
けれど、悲しい気持ちは消えない。
胸の中にわだかまりをつくる。
「もう、大丈夫みたいだね」
トウコが泣きやんだ様子を見て、Nが安堵したように微笑んだ。
優しい笑顔。
純粋で、まっすぐな、小さな少年みたい。世の中の罪とされることを何も知らないような。
本当に、わからないのだろうか。
こんなに優しくて、温かい人なのに、Nは人間を信じていない。
きっと、誰からも愛されるような人なのに、どうしてそんな悲しい考えなのだろう。
何を背負い込んでいるんだろう。あの悲しい顔をみると、胸が締め付けられる。
この人が苦しんでいると思うと、ひどく切なくなるのはどうしてだろう。
「N…」
少しでも、あなたが苦しく思うことを、軽くできたらいいのに…。
「そんな顔をしないで……トウコは笑っていた方がいい」
再び泣いてしまいそうなトウコを見て、Nは言った。そして、トウコを引きよせると、頬をすり寄せた。
ぎゅっときつく抱きしめられる。
Nの鼓動が聞こえる。
温かさも伝わってきて、トウコはふと我に返った。
Nが近い。
というか、こんなにくっついて…!?
そういえば、いつの間にか抱きしめられていた。
いつから!? いつだっけ?
自覚した瞬間、パニックになった。
「うわぁあ!?」
一気に顔が熱くなる。
あわててNから離れようとするが、しっかり抱きついていて離れない!
なんでこんなに密着してるの!?わたしー!!
「トウコ?」
「わぁーっ!もう、離れてー!」
トウコの取り乱しように驚いて、Nが腕の力を緩めた。目をパチパチさせている。
なぜトウコが取り乱したのか、よくわかっていないみたいだった。
初めて会った時もそうだった。Nはなんというか、大胆だ。
動悸が……、おかしくなりそう。
Nの腕から逃げ出すように飛び出したトウコは、必死で気持ちを落ち着かせた。
そんなトウコの様子をみて、Nはくすりと笑っている。
「トウコは、おもしろいね。元気になってくれてよかった」
元気になったわけじゃないのー!
作品名:黒と白の狭間でみつけたもの (9) 作家名:アズール湊