黒と白の狭間でみつけたもの (10)
見えづらくなってきた周囲に、目を凝らしながら歩く。
草むらの間に、途中、途中、見つけられる足跡。
走ったのか、力強く踏み込んだあとが残っている。
足跡を追いかけると、ようやく道らしい場所に出た。
草むらに四方を囲まれた高台。
そこに向かって、巨大な古木が橋のようにかけられている。
空洞のあいた、古木の中を懐中電灯で照らすと、まだ濡れた泥の付いた足跡が残っていた。
きっとここを通ってる。
中に入り、トウコも急いでよじ登ると、空洞を抜けた出口で、待ちかまえている人影があった。
高台の上で待っていたのは、プラズマ団の男だった。
「ここまで来たか!ほめてやるぜ。だがな、仲間が逃げられるよう、ここで足止めしてやるよ!」
ミネズミをくりだしてきた。
また勝負…。
先を行っているプラズマ団を考えると焦ってきていた。
「ヒヤリン!おねがい!」
「ヒヤー!」
「ヒヤリン、いわくだき!」
ノーマルタイプのミネズミに、すぐ勝負をつけるつもりだった。
しかし、ヒヤリンの攻撃は防がれた。
けらけらと笑うミネズミ。
「みきりだ。知らないのか?」
得意げに言うプラズマ団。
トウコは息を吸いなおした。
焦っちゃダメだ。
「ミネズミ、かみつけ!」
「ヒヤリン、避けてみずでっぽう!」
「ヒヤヤー!」
先走ったミネズミの攻撃を上手く避け、ヒヤリンが相手の後ろを取った。
力を込めたみずでっぽうが当たる!
ミネズミは、そのままプラズマ団の男につっこんだ!
ミネズミは目を回し、男は尻もちをつく。
「何て奴だ!我らとお前とではルールが違うのだ。あのホネはすでに我々の物。なぜそこまでして奪い返そうとする?」
本当に勝手なことをいう。
「何が、ルールが違うよ! 人の物を盗んでいいはずがないでしょ!」
眠そうなヒヤリンをボールに戻し、トウコは言った。
「盗んだ物はどこ?」
「さぁな」
「まだ、とぼける気なの!?」
苛立つトウコに、団員は笑い始めた。
「おれは時間稼ぎのためだけにここにいたのだ。おまえとの勝負で、仲間を逃がせられた。早く追いかけないと、俺達の仲間、逃げちまうぜ!」
嘲笑うプラズマ団。
こんな奴らに翻弄されているかと思うと、腹が立つ。
プラズマ団の男の先には、高台をつなぐもう一つ橋となった古木がかかっていた。
向こう岸の高台とを真っ直ぐ結んでいて、空に浮かんだ倒木が不思議な感じだ。
この男も持っていないのならば、この先の男が盗んだ骨を持っているはずだ。
早く行かなくちゃ!
すっかり辺りも暗い。
トウコは、笑う男を無視して歩み出した。
そして、もう一つの巨木の空洞に入ろうとした瞬間、背中に衝撃を感じた!
「おっと、悪いがそっちには行かせられないな!!」
男の声が響く!
トウコの体は、傾いて、道から逸れた足場のない場所に浮かんでいた。
「!?」
押された!?
声を出す間もなく、地面が迫った!
とっさに頭を抱え込んだ。
衝撃と共にザザッと滑り出す音が聞こえた。
高台の木々に体を打ち付けながら転がり、気づくとトウコは草むらの中に寝そべっていた。
渡ろうとしていた大きな木の橋が、暗い影になって空に見えた。
あんなところから落ちたんだ。
なんてことしてくれたんだろう。
まさか、突き落とすなんて…。
「もう…信じられない…」
体中が痛い…。
ゆっくりと上体を起こして、座り込む。
木や、草がクッションとなったのか、ぬかるんでいた土がよかったのか、そこら中にすりきずはあるけれど、骨は折れていないみたいだ。
他に怪我もなさそう。
鞄も無事。
タッくん達のボールも無事。
泥だらけなのは最悪だけれど、あそこから落ちた以外、無くしたものはなくてほっとした。
「絶対許さないんだから!」
ここは、さっき来た、高台へ続く道の途中みたいだ。草むらを回り込んでいけば、またあの高台の場所にたどり着けるはずだ。
これ以上、逃げられるのはゴメンだわ。追いかけなくちゃ!
トウコが立ち上がろうとした瞬間、激痛が走った!
「いった…!」
立ち上がれずに座り込む。
左足がおかしい。落ちたときに捻ったのかも知れない。
何度か、立ち上がろうとするが、足に力が入らなかった。
「どうしよう……」
くやしさで、目に涙がじわりと浮かんだ。
ガサリ…、ガサリ…。
カサ、…ガサガサ…。
何かが、草むらをかき分ける音がした。
虫ポケモンだろうか。
森には、どくのあるポケモンもいる。
縄張り意識の強い野生ポケモンは、人を襲うこともある。
緊張が走った。
トウコは息をひそめ、懐中電灯を片手に、ボールに手を伸ばしながら、音の正体を待った。
がさり…、がさり…。
…ガサガサ。
草をかき分けて出てきたのは、青い2つの眼光。
近づいてくるその目に襲われるかとギクリとしたが、すぐに見慣れた姿だとわかった。
真っ黒な小さな体に、赤い手足と毛先。
「ゾロア…」
トウコが声をかけると、ビクリと身体を震わせた。
臆病なゾロア。Nと一緒にいたあの時のゾロアだ。
トウコを目の前にして、戸惑っているようだった。
近くにNの姿は見えない。
でも、ゾロアがいるってことは、近くにいるはずだ。
足がこうなった以上、プラズマ団を追いかけるのは1人じゃ難しい。
Nなら助けてくれるかもしれない!
「ゾロア、お願いがあるの! Nを呼んできてほしいの! 足を怪我して動けなくて…、図々しいかもしれないけれど…助けて欲しい」
必死で呼びかけるトウコ。
ゾロアは逃げはしないが、トウコと距離をあけて、座り込んでいる。
こちらの様子を伺っているようだった。
「お願い!ゾロア!」
「ガウゥ…」
ゾロアは小さく鳴いて、トウコをじっと見つめた。
もしかして、何か言ってる?
でも、私はNみたいにわからない。どうすればいいだろう。
トウコが黙りこんでいると、ゾロアは小さくため息をついた。
そして、ジャンプする。
ゾロアの姿が消えたと思った瞬間、トウコの頭上に衝撃が来た!
どうやらゾロアが頭に飛び乗ってきたらしい。
帽子がとれて、髪の毛がくしゃくしゃになる。
ちょっとやめてほしい…。
「ちょっと、ゾロア!?」
頭の上でもぞもぞするゾロアに戸惑うが、ふと何かが聞こえてくる感覚がした。
これは…何かを伝えようとしている?
トウコは目を閉じた。
『話せないとは面倒だ。こうすれば、おまえでもわかるんだろ? 1回だけだぞ、おまえの言うことを聞いてやるのは。物を頼むんだから、何か礼をくれ。この前の食べ物は美味しかった。あれがいい』
少し偉そうな、ゾロアの声が聞こえた。
私の声を聞いてくれた!
「ありがとう、ゾロア! 今は少ししかないけれど…」
鞄から取り出したポケモンフードを取り出すと、ゾロアは地面に降り立った。
袋ごと出したポケモンフードを、ゾロアは口でくわえると、草むらをかき分けて走っていく。
音は遠くなり、聞こえなくなる。
Nのところまで、たどり着いただろうか…。
辺りはほとんど暗闇で、何も見えない。
作品名:黒と白の狭間でみつけたもの (10) 作家名:アズール湊