黒と白の狭間でみつけたもの (10)
あとは、ゾロアを信じるしかない。
いきなり、足をくじいたから助けてくれなんて頼んだら、きっと驚くよね。
でも早く、プラズマ団を追いかけないと、逃げられてしまうかも知れない。
せっかく見つけたのに、アロエさんの大事な展示品が、取り返せなくなっちゃう。
みんな、頑張ってるのに…。
もう夜になったちゃった。
真っ暗な森。
レンジャーの人にもらった懐中電灯がなかったら、きっともっと暗いだろう。
白っぽい、電球を見つめる。
心細い気持ちが、少しだけ楽になる気がした。
ガサガサと再び草むらが揺れた。
Nが来てくれたんだろうか?
ほっとしながら見ていた暗闇から現れたのは、巨大なホイーガだった。
フシデの進化形。どくをもったポケモン。
座り込んでいて、姿が見えていなかったのか、トウコに驚いたホイーガは興奮していた。
どくばりを向けられる!
うそ!?
あんなの当たったら死んじゃうかもしれない。でも、ここでボールをはなっても、どくばりはきっと飛んでだろう。それを避ける足が今はない!
「キュイイイ!!」
ホイーガが、興奮した声を上げる!
どくばりがギラリと光る。
ダメだ!当たる!
トウコは目を閉じた。
「ガウウァーー!!」
大きく吠える声が聞こえたのはその時だった。
目を開けると、ゾロアがホイーガに吠えたてていた。
声に驚いたホイーガが、慌てて逃げ出していく。
「トウコ!」
Nの声を聞こえて、ほっと息をついた。
助かった…。
ゾロアの後を追いかけて、やってきたNは、息が切れていた。急いでやってきてくれたみたいだ。
ホイーガからも間一髪、助けられ、感謝し尽くしても足りないかも知れない。
「ほんとにありがとう、N…」
こんな暗闇の中、ここまで来るのも大変だったに違いない。
ゾロアはつんとした様子で、とことこと、トウコの周囲を歩くと、物言いたげにちらりと見た。
「ゾロアもありがとうね!」
お礼を言うと、ゾロアはつんとすましながらも少ししっぽを振った。
少し心を開いてくれたようでうれしかった。
「足を怪我したって、ゾロアから聞いたよ。動けないのか?」
心配そうにNが言った。
「ちょっと、1人じゃ厳しいの。N、悪いけれど手をかして」
手を伸ばしたトウコの手を、Nが引っぱっる。
勢いにまかせて右足に体重をかけると、なんとか立ち上がることができた。
そこから、左足を踏み出してみるが、激痛に顔が歪んだ。
痛っ!…一歩でこれじゃあ、高台に上がるまで、どれだけかかるんだろう。
「足、ひどく腫れているね」
屈んだNが、トウコの左足に触れた。
足首を曲げられると激痛が走った。
「N! いたっい!」
「歩かない方がよさそうだ」
そう声が聞こえた瞬間、かくんと膝の力が抜けて、体が軽くなった。
「?」
急に視界が変わった。
森の上を見ている。空が見える。Nの顔が近くに?!
トウコが気づいた瞬間、いわゆるお姫様だっこという格好になっていた。
ぼっと顔が火照る。
「ちょっと、ちょっと! こんなにしなくていいって!」
「大丈夫、トウコは思っていたより軽い」
焦るトウコに、Nはにっこりとそう言った。
何気に失礼なことを言ってくれている。
そんなことより、恥ずかしくて落ち着かない!
「いいよ、頑張って歩くから!肩を貸してくれれば十分よ!」
「ダメ。そうやって怪我がひどくなるんだ」
そうもっともな事を言って、Nは下ろしてくれなかった。
やっぱり……Nってけっこう大胆よね。
「ありがとう…」
上を見上げると、星が見える前にNの顔が目に入る。
目があうと、にっこりと微笑み返してくるから、どこに目線をやっていいやら困ってしまった。
トウコが落ち着けない中、Nが歩きだした方向は、高台とは全く正反対だった。
違う…そっちじゃなくて…。
遠ざかっていく高台に、トウコは少し焦った。
「……N、あのね…」
「…君がやらなくてもいいんじゃないのか」
話し出したトウコの言葉を、Nが遮った。
まるで知っているかのような口ぶりに、トウコは目を丸くして黙り込んだ。
冷めた声。冷たい眼差し。
声色も表情も変わらないはずなのに、なぜだかいつもよりNが冷たい人に見えた。
「その足、どうしてくじいたんだい?」
「これは…。あの高台から突き落とされたのよ、プラズマ団に」
トウコの言葉に、Nは少し視線を泳がせたように見えた。
「なんで君が……プラズマ団に?」
「シッポウシティの博物館で、展示品のドラゴンのホネが、プラズマ団に盗まれたのよ。私は、ジムリーダーと一緒に、盗んだプラズマ団を追っているの!N……、あそこの高台の先にそのプラズマ団がいるようなの!お願い、連れて行って!」
トウコの言葉に、Nは黙り込んだ。
そのまま、まっすぐ、急ぎ足で歩き続ける。
「N!!」
トウコが見ても、Nは視線を合わせてくれなかった。
「そんなことより、早く足の怪我を見てもらった方がいい。体だって傷だらけじゃないか」
いつもより口調が強い。怒っているようにも見えた。
「お願い、N! 勝手なのはわかっているけれど、どうしても取り返したいの!大切にされていたものなの!犯人の居場所がわかるのに、それを見て見ぬふりをするなんてできないよ!」
トウコの言葉に、Nが立ち止まる。
明らかに困惑した表情を浮かべている彼に気づいて、トウコは思った。
そうだよね、突然こんなこと言われても困るよね。Nを事件に巻き込むことはいけないよね…。
プラズマ団を追いかけようって決めたのは私だ。
Nを巻き込んでまですることじゃない。
「…無理言ってごめんね、N。ここで下ろして」
トウコが言っても、Nは下ろしてはくれなかった。
どこか遠くを見て、黙っている。
そして言った。
「いいんだ。……君のせいじゃない」
何かを決意したような、そんな表情だった。
Nは、急に逆方向へ向きを変え、歩き始めた。
N…?
「あの高台まで、行ければいいのかい?」
「…うん」
頷くトウコに、Nは黙って高台まで歩いてくれた。
空洞になった大きな古木の橋を抜けて、高台にたどり着くと、さっきのプラズマ団員はいなくなっていた。
逃げられたのだろうか。
仲間と合流したのかも知れないと、少し不安になった。
「この先だろう?君が目指している場所は」
「うん。でもありがとう、ここまででいいよ」
トウコがそう言って、体を動かしたが、Nは首を横に振った。
「かまわないよ。この先に行こうが、未来は変わらない」
そう言って、さきほど突き飛ばされて渡れなかった、古木の中をNは進んでくれた。
また、不思議なことを言っている。
いったいどういうことなのか、さっぱりわからないけれど……。
「…ありがとう」
さっきから、お礼をいうことくらいしかできていない。
ずっと体を預けたままだ。
何もできない、もどかしさを感じた。
古木の中、Nとゾロアの足音が響いた。
真っ暗な古木の空洞は、懐中電灯で照らしても、足下くらいしかよくわからなかった。
作品名:黒と白の狭間でみつけたもの (10) 作家名:アズール湊