IS バニシング・トルーパー 009-010
「あ、ああ、分かったよ。お前もその……頑張れよ」
「分かってるよ」
起動を完了した箒は打鉄を動かして、素振りしている一夏の元へ向った。
「……ちょっと目を離した隙に、篠ノ之さんとは随分と仲良くなりましたわね。あんな顔をしているクリスさんは初めて見ましたわよ」
箒が離れて行ったのを見て、セシリアはライフルを構えたまま、クリスの方へゆっくりと歩いてきた。
「いや、単に世間話をしただけだって……」
「そうですか?ならなぜ顔がそんな赤いですの?」
「……夕日のせいじゃないか?」
「まだ四時ですわよ?」
「あっ、いやでも……」
「もう問答無用ですわ! 行きなさい! ブルーティアーズ!」
「くっ、やむを得んかっ! デッド・エンド・シュート!!」
一夏の訓練をそっちのけで、結局はセシリアとクリスとの激しい模擬戦が繰り出されていた。
「おっ……もう来たのか。さすがだな」
晩御飯の後、部屋に戻ってシャワーを済ませたクリスはノートPCのメールをチェックをしてみると、朝に請求した凰鈴音のデータが既に本社から届いた。
「中国の第三世代IS・甲龍。燃費と安定性重視か……持久戦に持ち込まれたら、燃費最悪の白式じゃ分が悪そうだな」
ファイルを開けて見ると、そこには凰鈴音の基本個人データと所有している専用機の詳細分析データが記載されていた。
白式の最大にして唯一の切り札「零式白夜」は、相手はエネルギーシールドを無視して直接IS本体にダメージを与えると同時に、自分のエネルギーを消耗しなければならない諸刃の剣である。
「ピーキーの上に安定性も悪い。基本スペックは高いが、全体的に考えたらとんだ欠陥品だ……うちでなら計画の段階で却下されてしまうな。以前カーク先生の奥さんが設計したISの方がまだマシだよ」
白式に対する辛辣な批判を口にしながら、クリスがマウスを操作して、甲龍の詳細情報を閲覧する。
「弾丸も砲身も見えない射撃武器か、ちょっと厄介そうだな。……ってあれ?」
かれこれ考えながら机の隣にある小型冷蔵庫を開けてみると、何と空だった。
「あれ、いつ切らしたっけ?」
どうやら気付かないうちに、クリスのドリンクのストックが尽きたようだ。
「……仕方ない、今夜は販売機に頼るか」
補給は早くても明日になるが、今の渇きはどうしようもない。小銭何枚を握って、クリスは部屋を出た。
寮の中にも販売機はあったが、目当てのジュースは既に売り切れていて、仕方なくクリスは寮の外の販売機まで行く羽目になった。
「ふう……やっぱこの時期の夜はまだちょっと寒いな」
四月の夜はまだ少し肌寒く、寮の外まで出たクリスは思わず一瞬身を縮めた。
今夜の夜空は中々に明るい、見上げると満天の星々が輝いているのをよく見える。しかしロマンチックな光景を目にしたクリス、軽くため息を付いた。
「そういえば、フィリオさんはまだ元気かな……」
寮の裏にある販売機へ歩きながら、クリスは以前アメリカで出会った優しい青年のことを思い出す。
「帰ったらメール送ってみるか……うん?」
ボタンを押してドリンクを取り出したクリスは、近くにいる人影に気付いた。
「あれは……」
良く見ると、小柄のツインテール少女一人が、花壇の側にあるペンチに座っていた。
「……凰鈴音?」
片脚を両手で抱えて、顎を膝に乗せて虚ろな目で星空を見上げている少女は間違いなく今日転入してきた中国代表候補生・凰鈴音だった。今は既に夜だが、彼女は未だに制服を着ていて、そして彼女の隣には大きなスポーツバッグが置いてあった。
「よっ」
明らかに様子が変だった彼女をなんとなく放っておけないと思って、クリスは近くまで行って声をかけた。
「……っ!」
どうやら何かを考え込んでいたようで、鈴は話をかけるまでクリスの接近に気付かなかった。
いきなり人の声を聞こえた彼女は慌てて手で目を拭いた。その時クリスがやっと気付いたのは、彼女の目尻には僅かに光る雫が溜めていたことだった。
「……誰だよ、あんた」
クリスを警戒しているように身構えたが、彼女の声は昼の時の様な元気がなく、明らかに落ち込んでいた。
「クリストフ・クレマン。一年一組の生徒だ」
「……何の用?」
「部屋で寮の裏から怖い泣き声を聞こえたのでな、ちょっと確かめに来た」
「な、泣いてないから!」
「ほら、これでも飲んで、泣いた分の水補給しておけ」
クリスは彼女の隣にジュース一本を置いた。
「だから泣いてないって!」
否定しながらも、鈴は遠慮することなくジュースを手に取った。どうやら喉は本当に渇いているようだ。
鈴が豪快に大量のジュースを喉に流し込んだのを見て、クリスはもう一度話をかけた。
「……一夏と喧嘩したのか?」
「ぷっ!!」
図星に突かれたか、ジュースを飲んでいる鈴は噴いた、
「ななな、なんで!? まさか見てたの!?」
明らかに動揺した鈴は、裏返った声でクリスに聞いてきた。
「……図星か。気の強い君が本当に落ち込んでいる時、十中八九は一夏のせいだ。隆聖達が言ってた通りだな」
「えっ、隆聖? 隆聖って、あの馬鹿隆聖?」
「……どの馬鹿隆聖かは知らんが、伊達隆聖の事だ」
「あの馬鹿だ……あんた、あいつと知り合い?」
「昨日知り合ったばかりだ。でも君のことも彼から色々と聞いたよ」
「あの馬鹿がなんて言ったのよ?!」
「……聞きたいか?」
「……やっぱ聞きたくないからいい」
「賢明な判断だな」
「それで、こんなところで一人で泣いてた原因は、やっぱり一夏か?」
飲み終わった空き缶をゴミ箱に突っ込んで、クリスは再び鈴に問いかける。
「あ、あんたと関係ないでしょ?」
クリスに対して、鈴は顔を逸らしてあくまで拒絶的な態度を取る。
「……まっ、初対面だし、そこまで打ち明けてくれるとは思ってない。気が向いたら言ってくれ、相談くらいは乗るよ」
これ以上絡んでも意味がないと判断し、クリスは大人しく引き下ることにした。しかしクリスの言葉を聞いて、再びクリスの方へ向けた鈴の顔は不思議そうな表情をしていた。
「何で初対面のあたしにそういうこと言うのよ」
「目の前に泣いている女が居れば、放っておくわけにはいかない。会社の先輩からそう教えられている」
「だから、泣いてないってば!!」
「……そういうことにして置くよ」
「ムカつく奴ね、あんたは」
ややムキになった鈴は両腕を組んで、頬を膨らませてクリスを睨む。
「んじゃ、俺は戻るから。まだちょっと寒いし、家出は程々にな」
鈴からのキツイ視線を受け流して、軽く手を振ってクリスは踵を返した。
「待って」
背を向けて帰ろうとするクリスを、鈴は呼び止めた。
「何?」
「……あたしも戻るから」
ペンチから立ち上がって、鈴はスポーツバッグを肩にかけた。
「行こう」
クリスの返事も待たずに、鈴は歩き始めた。そして彼女の小さな背中を見て、クリスもやれやれと、肩をすくめて後を追った。
「ねえ、楠葉は元気?」
「はっ?」
作品名:IS バニシング・トルーパー 009-010 作家名:こもも