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IS  バニシングトルーパー 013-014

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 「その……すみません」
 「何だ? 藪から棒に」
 「いやその、今日は俺が現場に居ながら、一夏たちまで怪我させてしまった。本当に申し訳ありません」
 「……お前はまだ学生だ、そんなことは気にしなくていい。むしろそこまでやってくれて、感謝している」
 「でも、先生から一夏のことを頼まれているのに、俺は約束を守れませんでした」
 「……気にするなと言った。お前が居てからこそ、一夏達は打撲だけで済んだ」
 「しかし……」
 まだ納得していないクリスの言葉を聞いた千冬は立ち止り、クリスに正面を向けて彼の目を見据えた。
 その蒼い瞳から見えたのはいつもの自信ではなく、悔しさだった。
 そんな彼を見て、千冬は手を彼の肩に置いた。
 「……お前は、私との約束を十分以上に守ってくれた。……有難う、クリス」
 沈んで行くオレンジ色の夕日に照らされて、千冬はクリスに優しく微笑みかけた。彼女の綺麗な笑みを見て、胸の高鳴りと同時にクリスは自分の顔が熱くなったを感じて、思わず目を逸らして照れ隠しの言葉を口にした。
 「せ、先生でも普通な女みたいに笑えるんですね……っていたたたたた!! 間接が外れる、外れるから!」
 肩に置いてある千冬の手から急に怪力をかけられ、クリスが悲鳴を上げる。
 「口が災いの元だぞ、クリス」
 「分かりました、分かりましたから!」
 「まったくこの馬鹿者が。人が折角素直に感謝してやったのに」
 「すみません……」
 踵を返してまだ歩き始めた千冬をみて、クリスも彼女の後を追って移動を再開した。


 「うくっ……」
 暗い部屋の中、メキボスが意識を回復した。
 体に少し力を入れると、激しい痛みを感じる。
 「そうか、俺はあの時……」
 Gソードダイバーの止めを食らう直前に赤い光に包まれて、全身が浮いてるような感じがして、その後のことは思い出せない。
 「助かったのか? しかしここは一体……」
 閉じているカーテンの隙間から入り込んだ僅かな月光で、周囲の環境を確認する。
 明りから判断すれば、今はもう夜中。そして自分はベッドの上で横になっていて、着ているのは薄水色の病院服。狭い部屋の中には、ベッドの側にある小さな木製箪笥と金属点滴台以外に何もない。
 「どこかの医療施設か?……くっ!」
 身を起そうとすると、胴体に激痛が走って、再びベッドに倒れこむ。

 「……無理は止めた方がいいわよ。肋骨が何本か折ってるから」
 突然、部屋の扉の方から女の声がして、同時に部屋に明りがついた。
 「こんばんわ、異星人さん」
 足音が部屋に響いて、メキボスの視界に入ったのは、白衣を着ている赤色のウェーブロングヘアの女性だった。

 「ふん、医者よりも、ナースに来て欲しかったな」
 「あら、まだ冗談を言えるなんて、随分と余裕なのね」
 メキボスの冗談を聞いて、女性はくすくすと笑いながらメキボスのベッドの側まで歩いた。
 両手を白衣のポケットに入れたまま寝ているメキボスを見下ろすその女性からは、妖艶で落ち着いた雰囲気が漂っていた。
 「亡国機業の人間か?」
 天井に目を向けたまま、メキボスは彼女に質問した。
 「そうね、そこに所属しているの。今は」
 「曖昧な言い方だな。俺を助けたのはお前か?」
 「そうよ。一応お仲間になるわけだし、助け合わないとな。貴方から貰ったコアも、有効に利用させてもらってるわよ」
 「ただでやったわけじゃねぇ。それなりの見返りがなければ、返してもらうぞ」
 「あら、イケメンのくせにケチなのね。そんなだからハースタルの坊やにやられるのよ」
 「うるせえよ」
 痛いところが突かれて、メキボスは眉を顰めてイラついた目で女性を睨む。しかし、女性は怯むことなく彼の視線をそのまま受け止めた。
 「ちっ」
 相手の反応が気に入らないのか、先にメキボスが目を背けた。
 助けてもらった上に重傷で体も動けない。流石にメキボスも今では強気に出たくても出られない。
 「にしても、あの坊やってそんなに強いの?」
 妖艶な笑みを浮かばせて、女性はメキボスに問いかけた。そして目を背けたまま、メキボスは静かに語り始めた。
 「……あのヒュッケバインの派生機体を甘く見ていたよ。ブラックホールエンジンがないと聞いて欠陥品だと思っていたが、どうやらあの機体には特別な何かを秘めているようだ。それも、我々が提供した技術とは違う何かが、な」
 「そう。それで、これからはどうするつもり?」
 「やられっ放しってんのは性に合わん。今度は油断はしないさ」
 「あらら、熱いのね。でもあなたは機密任務で来てるでしょ?そんな派手なことをして大丈夫?」
 「大丈夫さ。この星を介入する口実ができれば、後は主戦派の連中が処理してくれる。場合によっては、あいつらをここに呼んでもいいしな」
 「それを聞いて安心したわ。我々も全力で協力しましょう」
 女性の協力的な言葉を聞いて、メキボスは不思議な視線を向けてきた。
 「分からんな。お前らも地球人だろう? なぜ我々に協力する」
 「……その方が都合がいいからさ。我々の理想の世界を作るために」
 指を頬に当てて、女性は妖艶な笑みを崩さない。
 「またしても曖昧な言い方だな」
 「くすくす、ごめんなさいね。ところであなた、お金を持ってる?」
 「はっ?」
 突拍子もない質問に、メキボスは一瞬その意味を理解できなかった。
 「お金よお金。マネーよ。医療保険はないでしょ?」
 「待て、金を取る気か?」
 「当然でしょ?治療費だってただじゃないんだから」
 「あっ、いやでも」
 「お金ないなら、ゴミ捨場に捨てるわよ?」
 「げっ、マジで?」
 「マジよ。金を払うか、金目の物を担保にするか、どっちかにしなさい」
 「た、担保? でも俺、金になるような物は何も……」
 「いやだな~ちゃんと持っているでしょ」
 手をベッドにつけて、女性は顔を近づけてきてメキボスの瞳を覗き込む。
 「……まだ使ってない、もう一つのコアが」
 顔に笑みが浮かんでいる彼女の目を見たメキボスは、思わず寒気を感じた。 
 冷酷な色が滲み出ているその瞳には、とても読めない混沌に満ちていた。
 「ふん、分かったよ。おっかねぇ女だな……俺はメキボス、お前の名は?」
 目の前にいるこの女に興味が湧いてきたか、今の自分に拒否権がないのを悟ったメキボスは、彼女の名を尋ねた。
 「いけないわよ、私には恋人がいるから」
 「そんな気はねぇよ。いいから教えろ」
 「ふふふ」
 メキボスのベッドから離れて、女性はまるで自分の悪戯心が満足したように笑い声を漏らす。
 「レモン・ブロウニング。それが私の名よ」
 「……覚えとくよ」
 「ふん。じゃ、おやすみなさい」
 電気を消して、女性は部屋から出て行った。
 再び暗闇に戻った部屋の中、メキボスは瞼を閉じた。
 「やべっ、腹減った。そういえば朝から何も食べてないし。ああでも、お金が……」
 全身の痛みと空腹感に襲われ、メキボスが眠りについたのは、二時間後のことだった。