IS バニシングトルーパー 013-014
stage-14 天才たちのティータイム
「ご苦労だったな。タイプRVの乗り心地はどうだったか?」
来客室のソファで優雅にティータイムを楽しみながら、イングラムは入室して来た黒コートの男・ギリアムに声をかけた。
「……完璧な仕上がりだ、第三世代のISとも互角以上に渡り合えそうだな。さすがだと言わせて貰おう」
質問に返事をして、ギリアムはイングラムと対向して腰を下ろした。目の前のテーブルには、すでに彼の分のケーキと紅茶が置いてあった。
「それは何よりだな。それで、確認は出来たか?」
「ああ、間違いない。あの正体不明なISは確かに俺が居た世界で地球を侵攻してきた異星人勢力、インスペクターの機体だった。サイズは違うがな」
ギリアム・イェーガーの言葉から分かるように、彼は元々この世界の住民ではなかった。実験フラスコとして作られた世界・惑星エルピスから解放されてから、エルピスで犯した罪を償うために無数の平行世界の彷徨った結果、彼はこの世界に辿りついた。
「それで、協力する気になったか?」
パインケーキを平らげたイングラムは口元を拭いて、ギリアムの目を見据える。しかし、ケーキを一口食べたギリアムは眉を顰めて、フォークを置いた。
「タイプRVの件については感謝しているが、君という男はまだ信用できんな」
「ふん、用心深いな」
「まあ、な。君は俺の事を色々知っているが、俺にとって君は不透明すぎる」
「そうか? 困ったな……君の力はぜひ手に入れたいところだが」
わざとらしい残念そうな表情で、イングラムは両手を挙げて、ソファから腰を上げた。
「……ついて来い。君の知りたいことを教えよう」
とだけ言って、イングラムは部屋の出口へ向った。やれやれとカップを皿に置いて、ギリアムも彼を追って部屋から出た。
廊下に出てエレベーターに乗って、イングラムはB16のボタンを押して地下へ向った。
「そういえば、クリスは相手を仕留め損ねた様だな」
低い動作音しか響かないエレベーターの中、二人の沈黙を打破したのは、ギリアムに背を向けているイングラムの声だった。
「……反応が消えたのは一瞬のことだった。どういう方法で脱出したのかはまったく見当もつかん」
「……そうか」
とだけ言って、イングラムは深く追求しなかった。
チンと音が響いて、エレベーターの扉が開く。エレベーターから出るとそこに見えたのは、分厚い金属製の扉だった。扉の前まで歩いて、イングラムが虹彩認証装置に近づいて目を当てると、扉は音立てずに開いた。
「我々ハースタル機関の極秘ラボだ。入ってくれ」
「随分と広いラボだな」
イングラムの後について、ギリアムもラボの中に入った。室内は足元の道を照らす照明しかないが、足音の反響から察するに、かなり広い空間だというのが分かる。
「研究スタッフの方は少ないがな」
しばらく歩くと、イングラムは立ち止ってた。
「ここだ」
近くにある端末を操作した後、イングラムはギリアムに正面を向き合った。その顔に、不敵な笑みが浮かんでいた。
「さあ、見るがいい。“天使の残骸”をな」
「……!」
突然、天井から円柱の光が降りてきて、イングラムの背後にある大きな影を照明した。
「あれは……」
その影の正体を見たギリアムは、まるで幽霊でも見たように目を大きく開き、その顔は驚異に満ちていた。
「黒い……天使?!」
イングラムの後ろにあるのは、大量のケーブルで吊り上げられた黒き機械人形の姿だった。
正確には、黒い機械人形の残骸だった。二本角のある頭部、血色のラインが走る胴体、そして片方だけ残っている骨状の翼しかない上に、まるで激戦した後のように酷く破損しているが、全体に禍々しいオーラを纏っている。無力に傾けいているその真っ黒な残骸の大きさから推測するに、本来の大きさは3メートル前後のIS標準サイズだったはず。
「数年前に、俺の元に現れたものだ」
まだ驚きが抜けてない様子のギリアムに向けて、イングラムが静かに語り始めた。
「オーバーテクノロジーの塊だったよ。本体自体に解明できない技術も多いが、内部の記録装置にある技術データのどれもこの世界の技術を遥かに先行している。この数年間をかけて解析を進めたが、解明できたものは全体の三割も達していない」
「なぜそんな物が……」
「……流石にそこまでは分からん。案外、平行世界から流れ着いたものかもしれんな」
「そんなことが……」
イングラムの冗談めいた発言を、無数の平行世界を彷徨ったギリアムは否定できなかった。
「そして、記録装置にあるデータは技術だけではなかった」
「……なるほど」
「そう、君の想像通り」
後にある残骸に手を置いて、イングラムはギリアムの考えを肯定した。
「念動力に異星人、色々と記録されていたよ……勿論、イレギュラーである君とゲシュペンストのこともな」
「……だから君は異星人の到来を警戒していたのか」
「少し違うな。一先ず休憩室に行こう。この時間なら、彼が居るはずだ」
頭を押さえているギリアムの返事も待たずに、イングラムは薄く笑って歩き出した。軽くため息をついて、ギリアムも彼を追って壁にある金属階段を登って、上の方にある部屋の案内された。
「おや、見学はもういいんですか?」
部屋に入ると、中には既にソファに座ってコーヒーを飲んでいる青年一人が居た。
明るい紫色でさらっとしたウェーブヘアに、切れ長の目を持つ美青年だった。口元に浮かぶ薄い笑みから、青年の絶対的な自信を垣間見える。
「……っ」
ギリアムはその青年の顔を見た途端、僅かに動揺して唇が一瞬動いたが、結局なにも言わなかった。しかし、彼を真っ直ぐに見つめる青年の目は、その一瞬を見逃さなかった。
「私のことをご存知でしたか。自分ではそれほど有名になった覚えがありませんが」
「シュウ・シラカワ……」
自分にしか聞こえない小さな声で、ギリアムが呟いた。今目の前に居るこの青年はかつての世界で自分に立ち向かった者の中、最大な脅威ともいえる男だった。
「一応自己紹介をしておきましょう。私の名前は白河愁、このラボでISコアの解析を担当している」
そっと手を胸に当て、愁はギリアムに自己紹介を済ませてから、棚から二つのカップを取り出して、コーヒーを注いだ。
「白河博士は二十一歳という若い歳で、既に十以上博士号を持っている。彼が居なければ、解析作業もここまで進めなかったのだろう」
「買い被りすぎですよ」
イングラムの補充説明に、愁は謙遜な態度で笑い流して、二人分のコーヒーをテーブルに置いた。
「さっき君が言った、違うというのは一体……?」
先程イングラムの言葉が気になって、ギリアムは彼に問いかけた。そしてイングラムは愁と一瞬目を合わせた後、答えを口にした。
「……異星人の到来は、十年前だ。あの残骸が俺の元に来る前にな」
「十年前……ということは……」
「そう、篠ノ之博士がISを公表した直後だ。あの時異星人は国連と接触したが、国連からは何も公表しなかった」
「裏で何か取引があった?」
作品名:IS バニシングトルーパー 013-014 作家名:こもも