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IS  バニシングトルーパー 015-016

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 「隆聖! 外に臨時休業の札を出しておけ! 」
 「はい!!」
 声が響いたと同時に、バイト戦士隆聖が厨房から顔を出してきた。やはり厨房労働がメインなのか、彼も頭にタオルを巻いてあった。

 「今日はもう上がっていいぞ、楠葉もな。材料は好きに使っていいから、賄いは自分で作れ」
 「はい!」
 臨時休業の札を持て、隆聖は店の外に出た。丁度この時に楠葉はクリス達が注文したものを持ってきた。

 「お待たせしました」
 学生組のテーブルに注文した料理が次々と運んでくる。そして最後に、楠葉は大きなガラスコップ一つをクリスの前に置いた。

 「これってまさか……」
 コップの中にはとても形容し難い毒々しい色で、ゴボゴボと泡立てている液体が一杯に注いでいた。化学廃棄物しか見えないこのドリンクに、流石に本能的に危険を感じた。
 「はい、私の手作りドリンクです」
 「そ、そうか……」
 周囲に助けを求めると、何故か一夏、弾と鈴が無言に合掌してた。
 「援護なし!?」

 「よっ、来たか……って鈴じゃねぇか。相変わらずちっこいな」
 「うっさい! 殴るわよ!」
 丁度このとき、隆聖が厨房から出てきて、チャーハン二つをクリス達のテーブルに置いた。どうやらそれが隆聖が作った楠葉との二人の賄いらしい。
 「うん?どうしたよクリス、青ざめた顔して……っておい」
 クリスの隣に座った隆聖は、そのガラスコップを発見した途端に顔を引き攣った。
 「あっ、有難う、隆聖君」
 楠葉もエプロンを外して鈴の隣に座って、チャーハンを自分の前に引き寄せた。

 「……わりぃ、お前の退路を断っちまった」
 手を合わせて、隆聖はクリスに詫びを入れた。楠葉がこのテーブルに座った以上、クリスにはもう逃げ場がない。

 「やっぱこれ、やばいのか?」
 「……あの日飲んだ健康ドリンクの味を、俺達はまだ思い出せない」
 隆聖の言葉に共感したように、一夏、弾と鈴は一同に遠い目をした。
 「記憶が飛んだ!?」

 この後、楠葉の無邪気な笑顔に見守られて、クリスは止む無く楠葉の手作りドリンク(通称:楠葉汁)を一気に飲み込んだが、数時間の記憶を失った替りに肌がツヤツヤになって、鈴からの羨ましい視線を受けた。

 「この時期に日本に居るとは珍しいな、エルザム。女房の所に行ったか?」
 学生組たちも含めて店に居たお客が全部出ていた後、店主の開は奥から缶ビールとウーロン茶の箱を運び出して、ゼンガーとレーツェルの隣に座った。
 「……いえ、仕事が先ですので、まだ行ってません。父からは、花を供えるように頼まれていますが」
 開から受け取ったビール缶を開けて、レーツェルはサングラスを外した。その淡青の瞳は、憂鬱に曇らせていた。
 
 隣のゼンガーもバツ悪そうな顔して、ウーロン茶の缶を口元に運んだ。
 カトライア・F・ブランシュタイン、エルザムの妻だった女性。淑やかで優しい性格の持ち主でエルザムと互いに深く愛し合っていたが、数年前に発生したIS反対主義者のテロ事件で既に亡くなっている。葬式はドイツで行ったが、彼女の墓は実家である京都に建てているため、エルザムも毎年、日本を訪ねている。
 今回の仕事もマイヤー総司令の計らいでわざと滞在期間に一日ほどの余裕を与えられているが、まずは仕事を優先する所がいかにも自分に厳しいエルザムらしい。

 「そうか。お前も大変だな」
 「開さんこそ最近どうなんですか?娘さんは確か……もうすぐ高校生ですよね?」
 せっかく友人との酒、湿っぽく飲むのは避けたいと思って、レーツェルは話題を変えた。
 「ああ。相変わらず御転婆でな、高校はIS学園に行きたいとか。あそこって結構敷居が高いから俺もカミさんも止めたんだが、聞いてくれなくて困ってるんだ」
 「ふん、あの年頃の女の子というのは、変われば変わるものです。その内恋人でも出来たら、大人しくなりますよ」
 「冗談じゃない。うちの娘に手出しする奴が居たら、俺がぶん投げてやる」
 「……やれやれ」
 肩を竦めて、レーツェルとゼンガーは僅かに笑った。

 「にしても、開さん程の軍人が軍を辞めたなんて、実に惜しいです」
 ゆっくりと頭を振って、レーツェルは残念そうな顔でビール缶を揺らす。
 「……仕方ないさ。ISという存在の前に、俺のちっぽけな意地なんて無意味だ。若者に平和な生活を送らせるために、俺は軍人として十年以上生きてきた。しかし今この時代では、二十歳も満たない子供達があれほどの兵器の使い方を学校で学ぶ」
 軽くため息をついて、開は缶に残っているビールを一気に仰いだ。
 
 「確かに。だがこの先もずっとこのままとは限りません」
 「どういう意味だ?」
 「……開さん、これを」
 レーツェルはポケットからUSBメモリーを取り出して、カウンターに置いた。
 「なんだこれは?」
 開が手に取って観察すると、何の特殊な所もないただのメモリーだった。
 「そう遠くないうちに、また大きな変革が訪れるかもしれません」
 「変革……?」
 「はい」
 話がいまいち見えない開は戸惑っているが、彼を見据えるレーツェルの目は、真剣そのものだった。
 「……その時は、ぜひ開さんの力を貸して頂きたい」



 「あれっ、どこだここ」
 朦朧とした意識がようやくはっきりした時、クリスは自分が見覚えのない場所にいることに気付いた。
 今の自分は一緒に出かけた五人と一つのテーブルを囲んでいる。そして自分の目の前には、アイス コーヒーが置いてあった。周囲を見てみると、どうやらどこかの喫茶店のようだ。 
 「どうした?」
 対向席の隆聖が声をかけてきて、隣の一夏と弾も心配そうな視線を向けてきた。

 「いや、何が……あのドリンクを飲んでから今までのことが思い出せない」
 頭を振って思い出そうとするが、やはり何も思い出せない。

 「……やはりか」
 まるでこうなる事を予測したかのように、一夏は目を瞑って頷く。
 女子二人は色々と大漁だったようで、買ったばっかりの服を見せ合って熱く語っている。まったく覚えていないが、どうやら意識不明の間はいろんな所を回ったらしい。

 「何これ?」
 フッと気付くと、自分の手元にもCDショップのビニル袋があった。それを開けると、中にはCD一枚が入っていた。
 
 「ネージュ・ハウゼンの25thシングル?」
 CDのジャケットに写っている茶色のロングヘアの女性を見つめて、クリスは自分の記憶を探ってみたが、なぜこのCDを買ったのかまったく思い出せない。

 「アンタ、それ後であたしにも貸してよ?」
 クリスが持っているCDを見て、鈴が話をかけてきた。どうやらこの歌手が好きらしい。
 「好きなのか? ネージュ・ハウゼン」
 「まぁね。今月はちょっと厳しいから、買えないけど」
 服を買いすぎたからじゃないの?と思いつつも、それを口にするのを辞めた。
 「まぁ、CDを貸すくらい別に構わん。ところで」
 「うん?」
 「CDと言えば、この前鈴と一夏がアリーナでの甘酸っぱい痴話喧嘩を聞いたが……」
 「「ぷう――!」」
 「それって、どんな内容ですか?」