IS バニシングトルーパー 017-018
兵士達は舐め切った態度で赤髪男を見下ろすが、赤髪男は顔色一つ変えない、逆に余裕たっぷりに口元を吊り上げて、
「さっさと来い」
両手を拳にして構えて、指招きして挑発する。
「てめえ、ふざけんじゃねえぞ!」
前の方に立っている男はとっくに赤髪男の態度が気に入らなかったらしく、挑発されたらすぐに赤髪男に殴りかかった。
動作はかなり乱暴なアレンジを加われているが、一目でそれがボクシングの動きだとイルムは分かった。しかも拳速も姿勢も悪くない、多分かなりの訓練を積んだのだろう。
それも珍しいことではない。軍人なら、格闘術のひとつやふたつ、身につけておくべきだ。
しかし、赤髪男の方が一枚上手のようだ。
パァンっ!!
「うわぁぁあ!!」
悲鳴を上げるのと同時に、ボクシング男の図体が空に舞い、やがて木製のテーブルにぶつかり、大袈裟なスロー演出で地面に落ちる。
右腕が上へ振り上げていることを除いて、赤髪男の姿勢はまったく動いてなかったように見えた。
(ほう……やるな)
兵士どもは目を大きくして対視して、赤髪男がいつ動いたのかすら分からない顔しているが、イルムだけはその男の動きを何とか見切れた。
あの赤髪男は後手に動いたのも関わらず、ボクシング男のパンチが自分に届く前に、電光石火のスピードで相手をアッパーで打ち上げた。
「次、さっさと来い」
まるで満足してないような顔で、赤髪男は挑発を続ける。
ふつうなら、一人倒したらさっさと退散すべきだが、どうやらこの男は本気で全員の相手をする気らしい。
「くっ、くそ、舐めやがって。野郎ども、こいつをぶっ殺せ!」
「「「「おぉぉぉ!!」」」」
これもまだベタな王道パターンが出てきた。リーダーの号令で、兵士たちは素手で、或いは割れたビールの瓶を持って、全員一斉に赤髪男を襲い掛かり、小さな酒場が一瞬で乱闘の場になった。
「そうこなくてはな!!」
十人以上の兵士を相手に、赤髪男は嬉しそうに吼える。まるでこの場面を望んでいたように。
「砕け散れ!! 白虎咬!」
まず一人の兵士が赤髪男にぶっ飛ばされた。しかも空中で白泡を吐いて、飛行機雲みたいなものを作った。中々にシュールな光景だが、端から見ればやはり気持ちが悪いだけ。
「青龍鱗!! せぃや!」
イルムがそのシュールな光景を眺めている間、赤髪男が兵士たちを飛ばし続けている。
赤髪男が使っている格闘術はかなり特殊な流派の様だ。目に留まらぬ素早い足運びで、拳や肘を用いて相手に強烈な連撃を加える所はまだいいが、技が今一胡散臭い。何だが波○拳みたいに気を撃ってるように見える。
(どこのストリートフ○イターだよ。というか今分身しなかった?)
コップに残っている半分ほどの酒を揺らしながら、イルムは心の中でつっこみを入れる。
本来ならさっさと退散するつもりだったが、意外とこの余興が面白いので、ゆっくり見物することにした。
「フ○ック! 」
見物してる間、イルムの足元に倒れている兵士が何とか地面からふらふら立ち上がって、ベルトに挟んでいる物を引き抜いた。
拳銃だった。
「て、てめえが、てめえがいけねぇからな!!」
銃口を赤髪男に向けて、兵士がやけになったように叫ぶ。
まだ若い顔立ちしてるあの兵士の声が震えていた。どうやら人を撃つのは初めてにようだ。
赤髪男もそれを見抜いたのか、その自分に向けている銃を一瞥して、軽蔑してるように笑いながら格闘を続ける。
「銃を抜いた後直ぐに引き金を引かなかったのが、甘ったれてる証拠だな、これが!!」
(まったく、その通りだな)
イルムも彼と同意見だ。こんな酔っ払いの喧嘩で銃を抜くこと自体が失敗だったが、既に抜いたら、直ぐに撃つべきだ。でないとただの晒し者にしかならん。
とは言え、さすがにこれを見逃すわけにも行かん。
「なっ、舐めやがって!!」
案の定、赤髪男の言葉に刺激された兵士は理性を失い、引き金を引こうとするが、
「そこまでにしろ」
「うわぁぁ!!」
引き金が引かれる直前に、手が激痛に襲われた兵士は、銃を手放す。
彼の手には、イルムが投げたアイスピックが突き刺さっていた。
「ふん、余計なことを」
それを見た赤髪男は礼も言わずに、鼻を鳴らす。まるでイルムが手を出さなくても、銃弾くらい自分で防げる自信があったような態度だった。
「お節介だったか。こいつはすまねぇな」
イルムの意に留めることなく、苦笑いして流す。あの赤髪男の戦いっぷりを見る限り、銃弾くらい本当に脅威にならなさそうだ。
しかし兵士たちはイルムに注目を向けてきた。
「てめえも仲間か! 纏めて殺してやる!!」
兵士の半分ほどがイルムの方に寄ってきた。
「やれやれ。だが丁度いい、憂さ払いをさせてもらう!」
ガラスコップをカウンターに置いて、イルムものりのりで乱闘に参加してきた。
「ジェットマグナム! ってな!」
顔面直撃のパンチで、相手は鼻血を噴きながら倒れる。
あの赤髪男みたいに気を撃つような非常識な真似はできないが、イルムもかなり格闘能力を持っている。元々仕事の性質上、荒事が慣れている彼にとって、これくらいの酔っ払い兵士など最初から相手にならない。
「手助けなど要らん!」
「べ、別にアンタのためじゃないんだからね! 勘違いしないでよ!」
「なんだその気持ち悪いフレーズ!」
「うちのハニーの真似だ!!」
勿論、リンはそんなこと言わない。所謂イルムの妄想である。
口ではふざけているが、ふたりの強さは規格外。残りの兵士もあっという間に片付けられて、酒場の隅に屍の山が出来ていた。
誰も死んではいないが。
カウンターの中、年寄りのマスターは相変わらずコップを磨いてた。さっきの喧嘩で店のテーブルや椅子は大変の事になってるが、不思議とカウンターの中は何一つ壊れていない。
「さて、これで終わりだな」
カウンターに残っている酒を口に運び、イルムは達成感満ちた笑顔で喧嘩の成果である屍の山を眺める。
「貴様、かなり出来るな」
目を細めてイルムを睨みながらも、赤髪男は賞賛の言葉を口にした。しかし、その口調は決して背中を合わせたことで生んだ友情とかを含んだものではなかった。
「いやいや、あんたほどじゃないさ」
相手が自分に敵意を向けたのを気付きながらも、イルムは軽いスマイルを崩さない。
「謙遜はいい。ゴミ共を片付いている途中から貴様とやり合ってみたかった……これがな」
「勘弁してくれないかな、明日はまだ仕事なんだよ」
「ふん、つまらん言い訳を。あんただって、こういうの嫌いではなかろう?」
酒を飲んでいるイルムを睨む赤髪男から、さらに濃厚な殺気を放出した。
正直言って、イルムも満更でもないと思っている。
目の前の男は強い。正直、ラブリーエンジェルであるリンたんがいない今、恋愛補正を貰えないイルムは勝てる自信がない。
だが、戦ってみたい。この強い男と拳を交わってみたい。自分の中にある男としての闘争本能の赴くままに。
作品名:IS バニシングトルーパー 017-018 作家名:こもも