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IS  バニシングトルーパー 017-018

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 だが仕事を疎かにするわけにはいかない。それだけがイルムに頭を横に振らせている。

 「素直にならないなら、俺が手伝ってやろうか?」
 そう言って、赤髪男が拳を握る。
 「やれやれ」
 どうやら見逃してくれそうにない。
 コップをカウンターに置いて、イルムはさっさと退散しなかったことに後悔し始めた。

 「……隊長、レモン様からの連絡です」
 この一触即発な空気の中で、赤髪男と一緒だった女が何時の間にか入ってきて、無表情に彼へ携帯電話を差し出した。

 「ちっ」
 水を差されたことにかなり不満のようで舌打ちをするが、それでも男は携帯を受け取って耳に当てた。
 「レモンか? 俺だ。何だよ、今丁度楽しんでる所なのに」

 (ふう~さっさと帰れ、女房の言うことを素直に聞かない男は長生きできないぞ)
 心の中でほっとしたイルムは財布から紙幣数枚をカウンターに置いて、そしてカウンターの中に置いてある未開封の酒二本を手に取った。

 「毎度」
 気の抜けた声で、マスターは反応をした。
 イルムが置いた金の金額は、酒二本の値段を遥かに超えている。その中には、壊した店の家具の弁償料も入っているのだろう。

 「ちっ、何だよレモンの奴。俺の母さんかっつうの」
 愚痴を零しながら、赤髪男は乱暴な動きで携帯を女に返して、イルムに向き直して、
 「運がよかったな、貴様。じゃな」
 とだけ言い残して、踵を返して店から出ようとする。さっきまで悪鬼だった男が、今では親に早く帰って来いと催促された子供のようだ。
 
 「まあ、待て」
 「うん……?!」
 イルムに呼び止められて、赤髪男は振り返って、そして目の前に飛んできた物を掴む。
 さっきイルムが買った未開封の酒だった。

 「憂さ晴らしの参加料金だ、持っていけ。俺の名はイルムガルト・カザハラだ、イルムと呼ばれている。アンタは?」
 赤髪男の目をまっすぐに見据えて、イルムは相手の名を尋ねる。

 赤髪男も手元の酒の瓶を揺らしながら、相変わらず挑発しているような笑みを浮かばせた。
 
 「アクセル・アルマー。これが俺の名だ」



 イルムがアメリカの田舎で暴れている夜に、クリスはIS学園の寮の自室でパソコンと向き合っていた。
 週末の時は快晴だったのに、月曜から既に雨が三日続いている。幸いアリーナはバリアがあるから、雨で訓練を中止になることはなかったが、こうも降り続けると、さすがに鬱な気分になる。
 冷蔵庫からヨーグルトを取り出して一口食べる。
 今宵は珍しく静かだ。聞こえるのは、雨が樹葉と地面を洗っている音だけ。
 パソコンの時計に目をやると、今はまだ八時であることが分かった。

 「今から提出しても、学年トーナメントには間に合わないだろうな……」
 スプーンを口に銜えて、クリスが天井に向けてため息をついた。 
 今クリスが作っているのは、エクスバインの新型パッケージ「AMサーバント」の設計プラン。
 セシリアのビット武装「ブルー・ティアーズ」を参考にして考案した、複数の遠距離操作可能なシールドで構成される装備。さらにシールドの内部に武装を内蔵することで、攻防両方に使える。
 バックパックの排除と、遠距離同時操作が脳への負担は機体本体の反応を鈍らせる可能性が高いが、装着すれば機体を全方位からカバーでき、さらにオールレンジ攻撃が可能となる。
 もうすぐ学年トーナメントの時期が来る。絶好のテストチャンスだが、時期からして完成は間に合えそうにない。

 「まっ、やれるだけやってみるさ」

 前回メキボスとの戦いはエクスバインボクサーとウラヌスシステムのお陰で何とかなったが、所詮は一時の運。あの後クリスは何度も試したが、やはりウラヌスシステムが安定して発動した状態でないと、Gソードダイバーを使えるほどの念動力値を叩き出せない。

 「やはりサーバントの内蔵武器は実弾の方向で……ガトリングガンとか? しかし弾薬は……」
 安定性を考慮して実弾を優先に考えたが、ガトリングガンだと一瞬で弾切れになりそうだ。

 かれこれ考えてる途中で、ドアを叩く音がした。
 「……開いてるぞ」
 「お邪魔するぜ」
 ドアが開いて、入ってきたのは一夏だった。

 「よっ、どうした手ぶらで」
 クリスの言うとおり、一夏のばいつもの様にお風呂道具を持っていなかった。
 「いや、実はその……箒は別の部屋に移した、ついさっき。だからシャワー室も自由に使えるようになった」
 「へえ~まっ、当たり前だな。引き止めなかったのか?」
 「引き留めてどうするのさ」
 「それもそうだ……ヨーグルト食べるか?」
 冷蔵庫からもう一個のヨーグルトを出して、一夏の方へ投げる。それを受け取った一夏は部屋の中まで歩くと、クリスのパソコンに映ってる設計図が目に入った。
 「へえ~仕事熱心だな、お前」

 「この間の襲撃事件もあるし、何時までものんびりやってる訳にはいかんよ」
 プリントアウトした資料をホッチキスで留めて、クリスはパソコンを閉じて一夏と向き合う。
 「……今度まだ敵が現れたら、誰一人も怪我人を出さない」

 今の言葉は、クリス自身への戒めでもあった。自分以外の怪我人を出したことで、彼は今でも自分を責め続けている。

 「お前は、強いな」
 クリスの決意に満ちた目を見て、一夏は苦笑いして、空いている方のベッドに倒れこんだ。
 「俺なんか、全然歯が立たなかった」
 天井を見つめて、一夏は悔しそうな口調でそう言った。女子達の前では何事もなかったように振舞ったが、やはり彼もまた、あの時のことで落ち込んでいる。

 「当たり前だ。俺が本気を出したら、今のお前じゃ勝算は10%以下だ」
 しかし落ち込んでる彼に、クリスはあえてキツイ言葉をかけることにした。

 「おい、身も蓋もないな」

 「伊達に何年もやってないってことだ。だがお前も十分凄い。三月の時のお前なら、勝算は1%以下だな」

 「貶してんのか褒めてんのか、わかねぇよ」

 「飲み込みが早いって事だ。俺の訓練もちゃんとついて来てるし、十分だよ。数ヶ月でお前に追い越されたら、俺の立場はどうなる」

 「そうか。それを聞いて少し安心したよ」
 一夏は以前、一度誘拐されたことがある。当時は自分の姉が大事な試合を放り出して助けに来たが、姉の顔を見た時に感じたのは、安心感より悔しさの方が大きかった。
 そして今回も、危機を前にしてクリスに助けてもらった。
 自分の無力さが嫌になる。

 「俺、ちゃんと前に進んでるのか、不安だったんだ」
 「安心しろ、ちゃんと進んでるよ。まだまだ俺には遠く及ばないが」
 「……ほざけ。そのうちお前のエクスバインも切ってやる」
 「やれるもんならやってみろ」
 睨みあう二人の顔が、一瞬で笑いに変えた。
 「ははは……」
 「ふん」
 一夏の曇っていた顔も、幾分か晴れた気がした。それを見たクリスは、一瞬安心したように微笑んだ後、再び口を動いた。

 「一夏は……将来について考えているか?」
 「えっ?」
 クリスの唐突な質問に、一夏は一瞬反応できなかった。