IS バニシングトルーパー 020
軍事的価値が有るからだ。反重力デバイス技術・テスラ・ドライブ。この技術をさらに昇華すれば、理論上では推進剤を使わずに亜光速航行を実現できる。アメリカ軍部はその可能性をかけて、プロジェクトに資金を注いだ。しかし現状では、ある程度の成果を上げたものの、目標とまでまだまだ程遠い。
だが、例え予算が削られようと、配分されたコアが減らされようと、プロジェクトTDのスタッフは諦めようとしなかった。
いつか、星の海へ旅立つ日が来ることを信じて。
朝九時、デキサス州の山奥にあるヒューストン基地研究所の廊下に、足音が響き渡る。
来往の同僚達と挨拶を交わしつつ廊下を進む、長いウェーブヘアを後ろに纏めた知的女性一人が居た。彼女の名は、高倉つぐみと言う。日本血統の彼女は今、プロジェクトTDのスタッフとしてヒューストン基地で研究している。
しばらく歩くと、「所長室」の札が貼られたドアの前に彼女は立ち止って、ドアを叩いた。
「所長、私です」
「ああ、つぐみ君か。入ってくれ」
「はい」
入室許可を得て、彼女はドアノブを回して入室した。
「所長、ラドム博士から預かっている『ゲシュペンストMK-II改』、昨日の夜に組み立てが終わりました」
手に持っている書類を机に置いて、彼女は机の向こうに座っている中年男へそう報告した。プロジェクトTDのメンバーと言っても、軍の研究施設である以上、別の仕事に回されるのも別に珍しいことではない。
「ご苦労。余計な仕事を増やしてしまって、すまないね」
所長と呼ばれる人物が報告書を手に取り、ページを捲る。
ジョナサン・カザハラ。それがこのヒューストン基地の研究施設の所長を勤めている人物の名前だ。
余談だが、数日前この基地の近くの町で喧嘩をして、一昨日から風呂入ってないというジョナサンの息子の性格は、完全に父譲り。
息子が十八の時親子のナンパ勝負に負けて報復として息子のパンツに両面テープを貼った以来、息子と会うたびに喧嘩してしまう。息子が自立して家を出た後も数ヶ月にメール一回以外連絡取ってないし、どこに就職したかも知らない。
「いいえ、気にしないで下さい。噂のラドム博士の作品を関与できて、光栄に思っています。ただ、なぜラングレーではなく、このヒューストン基地に組み立てを依頼したのかは今でも分かりません」
「ああ、そうか。君には言ってなかったな」
つぐみの質問を聞いて、ジョナサンは苦笑して答える。
「二ヶ月ちょいで二機の専用機仕様ISを設計図から実機に仕上がる、という重労働を強要されたせいで、ラングレー研究所のスタッフの大半は今病院に居る」
「二機の専用仕様……ゲシュペンストMK-IIIとMK-IVですか。設計図から実機まで二ヶ月だけだなんて、無茶をしましたね」
「ああ。しかもラドム博士とMK-IVのパイロットは日本へ行く準備してるから、それで仕方なく量産試作のMK-II改をうちに回したのさ。ついてに起動テストもやってくれって頼まれたんだけど、スレイとアイビスのどっちかが今日は空いてるか?」
スレイ・プレスティとアイビス・ダグラス。どっちもプロジェクトTDのテストパイロット。彼女達なら簡単なテストくらい問題なくこなせるだろうと、ジョナサンは判断した。
しかし、つぐみから出たのは、ジョナサンと違った意見だった。
「そのことに関しては、先日ここへ配属したばかりの新人パイロットに任せてみたいのですが……」
「新人? ああ、あのケントルム財閥のお嬢様か……しかし大丈夫か? てっきり財閥の宣伝材料のためにバカンスしに来たと思ったが」
「いいえ、本人は自分の実力を認めて欲しいと言ってきています。いい加減な人には見えませんので、チャンスくらいは与えるべきかと」
「そうか。つぐみ君がそう言うなら、任せるよ」
「ありがとうございます」
「ああ、お嬢ちゃんのISスーツ姿を期待していると伝えてくれ」
「所長……セクハラですよ?」
「おっと、すまんすまん。つい本音を。あははは」
「ハァ……」
まったく反省の色が見えないジョナサンの笑顔に、鶫は大きなため息を付いた。
「では、私はこれで」
「ああ、αプロトも含めて、午後のテストは俺が立ち合うから、フィリオには休んでろと伝えてくれ」
「素直に聞くような人ではありませんが……伝えておきます」
強がっているような笑みを浮かばせて、鶫は一礼して退室した。
つぐみを退室を確認した後、穏やかな笑みを一気に引き締った表情へ変え、ジョナサンはため息をついて窓の外へ目を向けた。
「つぐみ君を泣かすような真似だけは、してくれるなよ……フィリオ」
独り言のように、そう呟いた。
こうしてヒューストン基地研究所のスタッフ達が午前の業務をこなしている今頃、ヒューストン基地へまで続くの山道に、ジープ一台が高速で走っていた。
車の中には二人が乗っている。運転中の一人は白いジャケットを着て、耳に大量なアクセサリーを付けている赤髪垂れ目男、もう一人は緑色の迷彩服を着た緑髪の女。
先日イルムが酒場で出会った男女ペア、アクセル・アルマーとW17と呼ばれる女だった。
「見えてきちゃったりしちゃいましたね。隊長」
軍用双眼鏡を覗き込みながら、W17はアクセルに話しかけた。双眼鏡のレンズの向こうには、ヒューストン基地の全体が映っていた。
「敬語はやめろ。後、連中に定時連絡を入れて、パーティーに遅れるなと伝えておけ」
「……嬉しそうだな、隊長」
「ふん」
W17に指摘されるまでもなく、アクセルは自分が浮き足立っていることを自覚している。
「当たり前だ。こっちに来てからずっとストレス溜ってんだ。W10のデータを元に開発した俺の専用機、思う存分暴れさせてもらう」
「しかしただの強奪作戦、情報ではそれほどの強敵でもないし、隊長の出番もないまま終わる可能性が高いと思うよ」
「いや、違うな」
シートの側から酒を取って、喉へ流し込む。口元に残った酒を指で拭いた後、アクセルの瞳から興奮の色が滲み出てきた。
先日、酒場で出会った男から貰った酒だった。
「今日のパーティーはサプライズ付きだ、そんな予感がするぜ……これがな」
アクセルの言葉の意味を理解できずに、W17は首を傾けた。そしてやがてW17から出たのは、アクセルにとって興冷めする言葉だった。
「……隊長、運転中酒を飲まないで」
「うるせい!」
「レモン様に報告するぞ」
「うっ、うるせい!」
話を日本IS学園側に戻す。
「これは一体……」
目の前に立っている、タキシードを着た執事風の老年の男に、シャルルは戸惑っていた。
今は日曜日の午後四時。シャルルはクリスに強引に校門の前まで連れてこられたが、なぜか高そうな黒塗りの車と執事が居た。
「へぇ~社長が貰った招待券だから凄いだろうとは思ったけど、ここまでサービスしてくれるとはね」
作品名:IS バニシングトルーパー 020 作家名:こもも