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IS  バニシングトルーパー 020

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 「はい、ご予約されたクリストフ・クレマン様とシャルル・デュノア様でございますね? 今夜はこの私、ショーン・ウェブリーが心を込めて、お二人様にお仕えさせていただきます」
 クリスの言葉に応じて、老人は手を胸元にそっと当てていかにも執事っぽい仕草をして自己紹介を済ませた。
 
 クリスの横にいるシャルルは、未だに状況を理解してない顔して目をぱちくりさせて反応に困っている。

 「じゃ、早速行こう。ここからはちょっと遠いって話だしな。シャルル、車に乗って」
 「えっ、えぇぇえ~?」
 「ではお嬢様、こちらへ」
 車のドアを開けて、ショーンがシャルルへ微笑みかける。

 「ほう~凄いな。シャルルのことを見抜いたか」
 「あはは、仕事ですから」
 今のシャルルは男性制服を着ている上に、胸の膨らみを隠している。なのに執事のショーンは一目でシャルルの性別を見抜いた。

 「えっ? ちょ、ちょっと待て、車に乗って何処へ行くの?」
 「レストランだよ。 今日はお祝いだ。」
 「お祝い?」
 「そうだよ。お前が自由になった、お祝いだ」
 首を傾けているシャルルに、クリスは手を引いて車の中へ連れ込んだ。二人が車に入ったのを確認した後、ショーンはドアを閉め、自分が運転席に座りハンドルを握った。

 「では、参ります」
 黒塗りの車が、低いエンジン音を立てながらスピードを上げていく。IS学園の校門から離れ、周囲の住民区を抜け、高速道路に上がる。
 
 「シャルル」
 「うん?」
 落ち着かない様子で窓外の景色を眺めているシャルルに、クリスは話かけた。
 「これ」
 制服のポケットから一枚のカードを出して、シャルルへ差し出す。

 「これって……!」
 クリスからのカードを受け取りその上に書いてある文字を確認すると、びっくりしたシャルルは口元を押さえた。

 「お前の銀行口座カードだ」 
 「どうして……」
 「デュノア社は、本日を持って我々ハースタル機関の傘下企業となった。これを機に、社内人員はすべて再配置され、シャルルはハースタル本社の社員として登録されることになった。その銀行口座には、お前がいままでテストパイロットとして働いた分の給料が入っている」
 「えっ、えぇ?」
 突然に訪れた変化に、少し混乱しているシャルルはただ目の前に優しく微笑みかけている少年の顔をじっと見る。

 「分からない? つまり、今からお前は俺の同僚だ。よろしくな」
 「あっ、よろしくお願いします……でも、そんないきなり、どうして?」
 「次世代量産型ISの生産工場が欲しかったんだよ、うちは。デュノア社の買収計画は前々から進んでいたが、お前のお陰で話が大分簡単になったよ」
 ハースタル機関はワンオフの機体を大量に開発したが、パーツ大量生産の工場を持っていない。今さらそれが必要となったのは、次期量産機トライアルの提出品が決まったからだ。


 「どういうこと?」
 「要は、お前の父に『てめえの娘のことはネタ上がってんだ。ばらされて処分を受けて滅亡するか、うちの傘下に入って生き残るか、三十秒やるから好きな方を選べやコォォラ!!』って脅迫したら、すぐ書類にサインしてくれたよ」
 「えぇぇぇ!!!」
 「まっ、別にサインしなくても問題ない。その時は力ずくで潰すまでだな。どうせ量産工場以外は要らないし」
 「顔が怖いよ!」

 「まっ、そんな話はどうでもいい。とにかく後は退社申請を出せば、お前は自由になる。新しい個人資料が、こっちが用意するから」
 「じ、ゆう」
 まるで信じられないように、シャルルは自由という単語を反芻するように呟いた。

 「そうだ。自由だよ、お前は。好きな学校へ進学してもいいし、故郷へ戻ってもいい。勿論、そのままうちで働いても構わん」

 「……」
 言葉も発せずに、シャルルの大きな瞳から雫が零れて、頬を伝わって手の平にあるカードの上に落ちる。

 この学園に来る前に泣いた記憶は、母の葬式での一回だけ。
 見知らぬ父に冷たい目線を向けられた時には怖かった。
 父の本妻に罵られた時は悔しかった。
 先が見えない未来から逃げ出したかった。
 でも、泣かなかった。なのに目の前に居るこの少年の前では、まるでいままで溜めた分一気に吐き出すように、よく泣いてしまう。
 しかし悲しみは感じない。少年は自分のために考えてくれた、助けてくれた、そして自由を与えてくれた。
 この涙は、とても暖かい。
 「ありが、とう……」

 「泣くな泣くな。女の涙に弱いんだよ俺は。大体俺は姉に頭を下げてわがまま聞いて貰っただけだ、礼ならヴィレッタ姉さんに言ってくれ」
 こうして、暖かい左手で頭を撫でてくれる。自分が傷付いてるのに、周囲に気を遣ってくれる。距離を保ちながらも、周囲のために動いてくれる。
 そんな彼に、自分は何をしてあげられるの?

 「ああ、まったく、顔がぐちょぐちょだぞ。ショーンさん」
 「はい、なんでしょ」
 クリスの呼びかけに、運転中のショーンが反応を示した。

 「うちのお姫様の身なりを整えたいんだが、どこかお勧めの店はないか? チョイスはショーンさんに一任するが」
 「畏まりました。お任せを」
 「あと、時間も時間だから、あまり遠いところはアウトな」
 「ご安心を」
 魚が水を得たように嬉しそうな笑声を漏らしながら、ショーンは力一杯アクセル(隊長ではありません)を踏み、車の速度を最高峰へ押し上げる。
 
 「この私が完全習得した『送迎最速理論』を持ってすれば、これくらい、造作もございませんよ……!」
 「一体何者だお前は!!」
 段々暮れていく空の下、黒塗りの車が閃光と化す。


 「ふぁ~満足したぜ……」
 「想像以上に美味しかったね」
 二時間後、シャルルとクリスはレストランで食事を済ませ、ベランダで夜景を眺めていた。

 海を臨んだこのレストランのベランダで、ゆっくりとしたテンポの波音をBGMに、遠くにある町並みできらめく灯りを眺めていたら、悩み事などすべて忘れてしまいそうだ。
 
 「そうか? なら連れてきた甲斐があったな。他に要望があったら言ってくれ」
 少し離れているところで待機しているショーンさんを一瞥して、クリスはそう言った。
 執事までいるくらいだから、当然と言うべきかもしれないが、このレストランはなんと一日五組のお客しか招待しないし、料理の味も一流だ。昨日の夜で予約したのによく取れたものだと、今ではそう思う。

 「ううん……十分だよ。服までもらって、これ以上望んだら罰が当るよ」
 今のシャルルはIS学園男子制服姿ではなく、大人っぽい黒いドレスを身に纏っている。時間があまりないからという理由で、手軽にさらさらとした金髪をポニーテールに纏め、薄いピンク色の口紅を唇に塗っているだけだが、それだけでやや童顔なシャルルは今では十分成熟した魅力を放っている。

 「気にするな。ここの招待券は社長からの貰いもの、言わば会社からシャルルへのお祝いだ。服は俺個人からのお祝いだと思ってくれて構わない」

 「……シャルロット」
 「うん?」
 「シャルロット。それが母が私に付けてくれた本名。二人きりのときはそう呼んでくれる?」