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IS  バニシングトルーパー 020

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 「わかったよ、シャルロット」
 「うん!」
 クリスに本名を呼ばれて、シャルロットは嬉しそうに笑って、一瞬まだ泣きそうになった。

 「ねぇ、クリスのこと、教えてよ」
 「はっ?」
 シャルロットからの唐突な質問に、クリスは唖然とした。
 「クリスのこと、もっと知りたい」
 「……知りたいって、別に特別な人生送ってないよ。普通に生活して普通に会社に入って、そして普通にIS学園に入学した」
 ベランダの手摺に背を預けて、クリスはジュースのストローを口に含む。

 「じゃ、今は何人の彼女がいる?」
 「ぷう――!!」
 あまりに意外な質問に思わず吹いた。しかしシャルロットにとってはかなり真剣な質問だったようで、クリスの正面に回って上目遣いで彼の瞳を覗き込んだ。
 「何人いる?」

 「……一人もいないって。俺をどういう目で見てたんだよ」
 「嘘でしょ。セシリア達とあんなに仲いいのに」
 「本当だよ。本気で恋愛するとか、苦手だ」
 「へぇ~意外だね。どうして?」
 シャルロットの質問に、クリスは無言に顔を逸らした。


 ドイツでのとある経験で、クリスは恋愛に対して苦手意識を抱くようになった。それは彼の今までの人生において数少ない今でも引き攣っている出来事だった。
 「……今はシャルロットとデート中だ、他の女の話は止めにしない?」

 「デデデっ、デート!? も、もう~からかわないで!」
 真っ赤になった顔を隠すためか、シャルルは顔を逸らして怒ったように大声を上げた後、
 「……誤魔化さないで、教えてよ」
 真剣な表情して、クリスの袖を掴んだ。その潤った瞳から見える切なげな視線から、クリスは逃げることができなかった。

 「分かった。でも、言いふらすなよ」
 「うん!!」
 嬉しそうなシャルルにやれやれと苦笑して、クリスは自分の右手を見つめながら静かに語り出す。

 「……三年前、ヒュッケバイン起動実験前の話だった。当時の俺はまだ訓練中だ。うちではISの操縦はヴィレッタ姉さんが教えてくれるけど、基本の身体能力や戦闘術を訓練する施設はいないからな。そこで交流ということで、俺はドイツ軍の短期訓練を受けることになった」
 「ドイツ軍?」
 いきなりクリスが語り始めたことは、恋愛の話題とは程遠く聞こえる。

 「ああ。それが終わったら正式のテストパイロットとして、新型のビルトシュバインを俺に任せるって社長は言ってたから、当時の俺は必死だったさ。十周走れと言われたら二十周走るし、五分でやれと言われたら三分間で終わらせようとする」

 クリスという人間は決して天才ではない。ただヴィレッタに、イングラムに認めてもらいたくて必死で、人一倍の努力をしてきただけだった。

 「でも、叶わない相手が居た。どんなに頑張っても、どんなに練習しでも、俺より彼女の方が優秀だった」
 「……彼女?」
 「えぇ……ここは女子Aと名付けよう」
 「……」
 不満そうな顔で、シャルロットはぷぅと小さく頬を膨らませる。

 「女子Aは優秀だけど、周囲から浮いている。名門出身という原因もあって、近寄り難い雰囲気だったし、自分にも他人にも厳しかった。そしてそんな女子Aに、俺は興味を抱き、積極的に話しかけた」
 無言に睨むシャルロットの目がちょっと冷たいけど、とりあえず咳払いして話を続ける。

 「最初は相手もされないけど、会社先輩のアドバイスで何とか親密になり、やがてはよく一緒にいるようになった。女子Aは、大切な人を失った悲しみから目を背けなかった強い女の子だった。軍に志願したのも自分が望んだからだった。そして俺より、彼女の方がもっと頑張ってた」
 「そしてやがて恋人になった、と」
 口を尖らせたシャルロットの声は、とても不機嫌そうだった。

 「いやいや、当時はまだガキだったからな、恋愛とかそういうのあまり考えてなかった。ただの友達感覚だったよ」
 手を振って、シャルロットの言葉を否定した。

 「んで、いつの間にかこのことはイングラム社長に知られた。何か言われるだろうとは思ってたが、うちに勧誘して来いって言われるのは意外だった。でも社長の指示を無視するわけにもいかないし、休日に誘い出して『うちの会社に来ないか』って誘った」
 「断られたの?」

 「……投げ飛ばされた」
 まるで、あの日地面に叩きつけられた背中の痛みを思い出したように、クリス苦い顔して眉を寄せる。
 「えぇぇぇ? 仲良かったのに?」
 意外な展開に、シャルロットは目を丸くする。

 「女子Aは元々憧れの人の元で働きたかった。でも俺に誘われた時、女子Aは迷っていた。当時の俺もガキだった。嫉妬したか、それとも彼女を後押しするつもりだったかもよく覚えてないが、『なんで私を誘ったの?』って聞かれたら、『社長に言われたから』って答えた。そしていきなり泣き出されて涙拭こうとしたら、見事に背負い投げを決められたよ。訓練に柔道レッスンなんてなかったのに、一体誰から学んだんだろう」
 小さい頃から周りに敏感だったクリスも、別に鈍感でそんな風に答えたわけではない。しかし具体的な理由は、まだシャルロットに言うべきではないと判断した。

 「……当時女子Aに『アンタの顔なんて二度と見たくない』って言われた時、胸がすっごく苦しかった。その時に自覚したんだ……多分俺は、女子Aのことが好きだったんだ。しかしその後、電話も出ないし、話しかけても無視。そして訓練期間が終わった後別れも言えないまま、俺は本社に戻った」
 遠い目で海面を眺めているクリスの横顔に、どこかに寂しい雰囲気が漂っていた。

 「それ以来、何となくそういうのに苦手意識を抱くようになり、恋愛する気もなれなかった。これが、俺が恋愛苦手の理由だ」

 「クリス……」
 話を最後まで聞いて、シャルロットは彼にかけるべき言葉を見つからなかった。
 クリスの口から他の女子の事が好きって聞いた時、胸の奥が痛いほど締め付けられた。クリスの寂しそうな横顔を見て、嫉妬心が覚えた。そして二人が別れたと聞いた時、心の奥底にはほっとする自分すら居た。

 「要するに、俺はいつまで経っても過去から立ち直れない、情けない男ってことだ」
 自嘲するように、クリスは口元を歪めて笑った。
 「……なら」
 「うん?」
 「なら、私が立ち直らせてあげる!」
 決意したように、シャルロットはクリスを正面から見据えてそう言った。
 弱気なクリスを見て、シャルロットはようやく自分の気持ちをはっきり理解した。
 この少年の痛みを癒す存在になりたい。
 そして、この少年の優しい心が欲しい。
 これが、自分の素直な気持ちだった。

 「恩返しのつもりならよせ。お前に価値があると判断したからこそ、ヴィレッタ姉さんがお前を会社に入れたんだ。情けをかけたわけではない」
 「そ、そんなんじゃないよ! 私は……!」

 「本当だったら嬉しいだがね。シャルロットみたいな可愛い子に慰めて貰えるなんて」
 「かっ、可愛いって。もう~信じてないでしょ!」

 「もう遅いし、そろそろ帰ろう」