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IS  バニシングトルーパー 021

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 後を追おうとするつぐみを、フィリオは呼び止めた。

 「僕が小さい頃からスレイを甘やかしすぎたのがいけなかったんだ。いずれにせよ、これくらいの挫折を自力で乗り越えないようじゃ、βを任せられない」
 「フィリオ……」

 「アイビスは装着を急いで、すぐにテストを始めるから」
 「……分かりました」
 「心配しなくても、スレイは必ず戻ってくるさ。たとえ時間が掛かってもね」
 飛び出したスレイの心配をしているアイビスの肩に手を置いて、フィリオは彼女に安心させる言葉をかけた。
 「テスト、頑張って。アイビスなら、きっと星の海へ行けるさ」
 「はい!」


 「では、これからαプロト「アステリオン」のテストを始める。アイビス、準備はいい?」
 通信チャンネルから、つぐみの声を聞こえる。
 「コンディション・オールグリーン。いつでも行けるよ」
 呼吸のリズムを整えて、前方を見つめる。

 今のアイビスは新しい白い翼を身に付け、青空から基地周辺を見下ろしている。
 起動完了のアステリオンの乗り心地が最高だ。そんな形で再び空へ舞い上がれたことに、普通なら感動して涙が出るところだが、今のアイビスの頭の中では、スレイのことで一杯だった。
 「待ってるよ……スレイ」

 「先ほど説明した通り、まずはアステリオンで設置したチェックポイントを通過して、加速性能を測る。分かっているわね?」
 一応、アステリオンはISとしての基本戦闘能力を持っているが、今回は戦闘能力を測るのは目的ではないため、実弾すら装填してない。

 「了解」
 雑念を後回しにして、レーダー画面に点滅しているポイントで最短ルートを考慮しつつ、アイビスが返事を返した。
 ようやく手にいれたチャンスだ。満足の行く結果を出さないと。

 「スタート!!」
 ひゅう―――――!!
 刹那、アステリオンが閃光と化して白いラインを描き、空気を切り裂く甲高い音だけを残して空の彼方へ消えた。

 「凄い!! βプロトより遥かに上だ!」
 ツイン・テスラドライブのよる推進補助効果が絶大でも、現状では未だに噴射エンジンを必要としている機体だが、停止状態からの瞬間加速、それだけならアステリオンを超えるISは数えるほどしかない。驚嘆な声を上げたアイビスはメータの数字をチェックしつつ、進行方向を微調整して数千メートル先にある最初のチェックポイントへ向かう。

 ビィビィビィビィ――
 「最初のチェックポイント通過! 凄い数字です! しかもまだ上昇中です!」
 研究所のモニター室にいるつぐみは、顔に興奮の色を隠せずにコンピュータに示したデータを後のフィリオとジョナサンに見せる。

 「ほう~すごいな、フィリオ。このデータなら上層部にもコアを返して貰えるんじゃないか?」
 「返してもらわないと困ります。「β」、そして「Ω」のことを考えると」
 「気持ちは分かるが、焦りすぎるなよ……フィリオ」
 ジョナサンの気遣うような言葉に、フィリオは苦笑するしなかった。
 フィリオ・プレスティの体は不治の病に冒され、残りの時間ももう少ない。だが彼はそのいつ倒れてもおかしくない体で、このプロジェクトTDの成果を残すために文字通り命をかけて研究している。
 「……焦らずにはいらせませんよ、僕は」
 でないと、星の海へ旅立つ日を見届ける前に、僕の体が。

 「最初のUターン! まずは、PIC出力をマニュアルで調整して……ブレークっ!!」
 繊細かつ丁寧な操作で、アイビスは回転動作を決める。超高速移動中のUターンをPICのマニュアル操作こなすのは、決して簡単ではない。毎日シミュレーションを欠かさずにしてきた努力が、ここで実った結果を見せる。
 「よしっ! 次のポイントは……うん!?」

 <警告! 前方二千メートル先に所属不明機影出現、数一、機種識別不能> 
 簡潔なメッセージで、AIはアイビスにアクシデントの発生を知らせる。
 そして、アイビスに思考の時間を与えるほど、相手は紳士的ではなかった。

 <所属不明機にロックされました、ミサイルの発射を確認>

 「ミサイルだとっ?!」
 ドドドドォォン!!
 前方の視野を確認すると、AIに赤いマークを付けられたミサイル、全部八枚が飛んできた。
 正確にアステリオンの進路を予測した弾道だった、このままでは直撃コース間違いなし。それをはっきり理解したアイビスは推力ベクトルを変えて高度を上げて直撃を避ける。

 「うわぁぁぁ!!」
 しかしミサイルはホーミングタイプのようで、途中で進路を変えてアイビスの後を追跡してきた。チャフすら持ってないアステリオンに、逃げる以外の選択項は存在しない。アイビスはさらに加速して基地へ戻ることに決めた。
 「くそっ!! テロリストか?!」

 アイビスがイレギュラーの出現で慌てている頃に、ヒューストン基地研究所にいるスタッフ達も異変に気付いた。
 「通信が途絶えただと? ジャミングか!?」
 「おそらく。すでに基地のレーダーで確認するように要請しました」

 しかし山の向こうに見えた爆炎は、結果を待つ必要が無いことを教えてくれた。
 ドゴォォン!!
 明らかに爆薬の炸裂による音が響いた。しかも、爆発の場所はアイビスがいる方向。

 「爆発っ?! そんな……一体何が起こったと言うの!!」
 アステリオンは重量を減らすために、ミサイルなどの武装を一切装填してないはず。だとすると答えは簡単だ。

 「……襲撃だろうな。迂闊だった。こっちが手薄の時にαプロトを狙って……」
 ISを倒せる力を持つのはISだけ、となれば十中八九はテロリスト、それもあの亡国機業の仕業。事態の深刻さに気付いたジョナサンは、手を顎に当てて苦い表情になった。
 フィリオもいつもの笑顔を収めて、すでにノイズしか映らないモニターを深刻な顔持ちで凝視している。
 ここでαプロトとアイビスに万が一のことがあれば、プロジェクトTDは大きく挫折する。アイビスが無事なら機体が破損しても直せばいいが、もし機体ごと奪われて責任問題を問われたら、プロジェクトTDそのものにストップが掛かる可能性まで出てくる。
 
 「……つぐみ君。ケントルムのお嬢ちゃんは何をしているかね」
 「アクアですか? 格納庫で待機してますが……まさか」
 「ああ、実戦装備を持たせて、様子見に行って貰え。無茶しないで、アイビスが戻れるようにすればいいと伝えろ! 俺は近くの基地に増援を要請してくる!」
 「はい!」
 事が一刻も争う。ゲシュペンストMK-II改ではアステリオンの機動性にはついていけないし、テストパイロットのアクアも実戦経験がないが、アイビスを一人にするよりはマシだ。そう思って、つぐみは格納庫への通信ボタンを押した。

 「実戦、ですか?」
 格納庫で待機しているアクアは状況を聞いた後、自分の動揺を隠せない。初めてのテスト仕事が、いきなり実戦となった。養成学校から出たばっかりの彼女にとって、銃を持って殺し合いことは遠い存在だった。

 「今動ける戦力はあなたしかないの! アイビスを援護して一緒に基地まで後退してくれればいい! お願い!」