IS バニシングトルーパー 021
チャンスを与えてくれた上司であるつぐみが切羽詰った顔で下っ端の自分に命令ではなく、お願いをした。
余程緊急的な状況だろう。正直敵の情報もないままの出撃は危険だが、恩人の頼みを無下にできるほど、アクアは恩知らずではない。
「……分かりました。直ちに出撃して、敵を撃退してアイビスさんを守ります」
「えっ?! でも……」
「増援が来るまで時間がかかりますし、基地まで後退しても被害を増やすだけです。よって敵を山地で食い止めた方が良いのかと。心配しないでください、これでも成績優秀だったんですから」
「分かったわ。でも無理はしないで。状況がまずくなったら直ぐに撤退して。アイビスも君も、うちの大事なスタッフだからね」
「……はいっ!!」
ハンガーのロックを解除して、横のウェポンハンガーにあるゲシュペンストMK-II改のメインウェポン・F2Wキャノンに手を伸ばす。
一回深呼吸して、覚悟を決める。
自分を認めてくれる人のために、戦う覚悟を。
「大丈夫。シミュレーション通りにやればいけるわ……ゲシュペンストMK-II改・タイプN、アクア・ケントルム、出撃します!!」
一方、アイビスは目の前の弾幕を突破できずに、手こずっていた。
「くっ! 切りがないよ!」
目に入ってくるのはミサイル、ミサイル、ミサイル、砲弾、砲弾、砲弾。
まるで土砂降りのように降り注いでくる爆薬。ハイパーセンサーの警告音がさっきから鳴りっぱなしで、アイビスの緊張し切った神経をさらに刺激してくる。
この爆発の嵐の中、アステリオンの機動性だけを頼りにして回避を専念していたが、それでもかなり被弾している。逃げようにもこの弾幕の潜り抜けないし、戦っても武器がない。
このままでは一方的に嬲り倒される。
「くそっ! 一体どれだけの弾薬を持ってんだあんたは!」
数千メートル先の地面にいる敵に向って、イラついた声を上げた。
まさに、真っ赤な移動弾薬庫だった。
装甲車両を連想させる分厚い装甲に、足部に見えるの無限軌道(キャタピラ)。バックパックの横から延ばした大型反重力翼の下にぶら提げている大量な多弾頭ミサイルポッド、手に持つ実弾を撃つヘビィリニアライフル。そして、後ろに背負っている二門のソリッドカノン。
重装甲の砲撃型ISであることは、明白だった。
現に、その全身に搭載している武装から出した無限な弾薬の雨を、アイビスに浴びせている。
パイロットはヘルメットを着用しているため、ISスーツの上から女であること以外は判明できない。
当たり前のことだが。
「チッ! このままでは向こうが弾切れする前に、こっちがやられるよ!」
一般ISの射程距離を遥かに越えた距離にいる敵の狙いは、まるで機械のように正確無比。この腕なら、例えアステリオンが実戦装備を持っていても自分の射程距離に持ち込めないだろう。
しかしここでアステリオンに何かあったら、αプロトの後に続くα、β、そしてΩが……全部が消えてしまう。
「夢を掴むまで、こんなところで、終わってたまるかぁぁぁぁ!!」
大声で叫びながら、疲れた心に再び気合を入れて、高度を上げる。
自分の夢、スレイの思い、フィリオの願望、そしてスタッフ達の期待。この機体は命に換えても、守ってみせる。
だが戦いは非情である。アイビスの動きは、既に敵に読まれた。
大量なミサイルが、アイビスの進路を塞いだ。前はミサイル、後ろもミサイル。
「しまっ……!」
バシューン!!
着弾を覚悟して、アイビスが目を瞑った瞬間、遠くから太いのビームがアイビスの目の前を通っていき、前方のミサイル全弾を撃ち落した。
ドゴォォン!!
次々と爆発していくミサイルの爆炎で、アイビスの目がチカチカする。
「その役目、私に任せて貰えないかしら?」
通信チャンネルから数日前知り合った新しい仲間の声が聞こえて、目を開けて状況を確認する。
「アクア!!」
自分のピンチを助けたのは、ロングレンジモードのF2Wキャノンを構えた蒼いゲシュペンストMK-II改と、操縦者のアクアだった。
ゲシュペンストMK-II改のメインウェポンである大型ビーム砲・F2Wキャノン(フォールディング・ツーウェイ・キャノン)は、砲身を畳んで連射性を重視するショートレンジモードと、砲身を展開して威力と射程距離を重視するロングレンジモードとを使い分けることができる。
さっきの一撃は、射程距離の長いロングレンジモードでの射撃だった。
「敵は私が引き受けるわ! 今がチャンス、離脱して!」
「りょ、了解! しかしアクアは……!?」
「わたしなら大丈夫よ! アイビスはさっさと帰還して! どうせ武器持ってないでしょ!」
「くっ……わかった! 気を付けて!」
開いてもらった道を全速で抜けるアイビスに敵は再びカノンを向けるが、その前に砲身を畳んでショートレンジモードに戻したF2Wキャノンの砲口が、火が噴いた。
「さぁ、貴方の相手は、この私よ!」
この頃、少し離れた所でアクア達の戦闘を見物している人間が居た。
しかも弾薬がいつ自分のところに飛んでくるのも分からないのに、車の中で呑気に酒の啜っている。
「ゲシュペンストか……因縁だな。どこの世界へ行ってもあいつが現れてくる」
「どこの世界でも湯を沸かすのはヤカンを使うのと一緒だな、隊長」
アクセル・アルマーと、W17だった。目の前に広がれている激しい砲撃戦に対して、二人は余裕的な態度を見せる。
「しかしこれはチャンスだ。ラーズアングリフ・レイブンがゲシュペンストにやられたら俺の出番がくる。ここでコアを手に入れたら、あの連中ももうデカイ面できない」
「新参者だからってデータだけ寄越せなどと、図々しい連中だ。ところで、隊長が言ってたサプライズとは、ゲシュペンストのことだったのか?」
「……さぁ、な。すこしウォーミングアップするから、お前はジャミング制御装置から目を離すなよ」
「了解した」
W17に指示を残して、アクセルが車から降りた。
「……まっ、頑張れ」
爆発が絶えない空を見上げて、不敵な笑みを浮かばせた。
視線を戦場の方に戻すと、アクアはまだ敵と苦戦中だった。
「相手は重装甲の砲撃型一機だけ……しかし、砲撃能力が半端じゃないわね」
敵の砲撃機は大量な実弾系武装と高精度のセンサーによって、アクアの射程距離外から砲撃を加えてくる。それと比べて、今のゲシュペンストMK-II改・タイプNの武装はF2Wキャノンと左腕のプラズマ・バックラーしかない。全距離への対応はできるが、さすがに遠距離の撃ち合いでは分が悪い。
「何とか格闘戦に持ち込まないと……!」
あの図体だ、どう見ても近距離得意には見えない。なら、距離さえ詰めればこっちのもの。
敵のミサイルと砲弾の残弾量は今だに底が見えないし、おまけに射撃精度も高い。さすがのアクアでも今では敵のミサイルをキャノン連射で撃ち落しつつ回避する一方。
圧倒的に不利な状況だが、勝利への筋書きは段々とアクアの中で明白になってきた。
作品名:IS バニシングトルーパー 021 作家名:こもも